指定席



よく晴れたある日、俺は今日も相棒と一緒に空の旅を楽しんでいた。
休憩時間を利用しての空の旅は普段、宇宙を飛び回っている俺達にとって最良の気分転換だった。
「今日もいい天気で気持ちがいいですねー」
『ソウダナー』
流れ行く雲と空を舞う小鳥を眺め、しばしぼんやりと暖かい空気に浸る。
しかし、それもつかの間。
しばらくすると空の向こうからけたたましいジェット音が聞こえてくる。
……いや、ロケット音って言ったほうがいいんですかね、はぁ。


−指定席−


しばらくして、俺のそばにあらわれたのは真っ赤な服と緑の髪が目に痛いおっさん。
「おいーっす、エフー元気してるー?」
「……たった今元気じゃなくなりました」
「あっはっはー、相変わらず冗談きついなぁ」
……冗談じゃないですって。
心の中で一つつぶやき、目の前のおっさんをにらみつける。
彼はサングラスの奥でへらへら笑いながら俺を見ていた。
ああもう。
「てかさ、そのロケット音やめてくれません?すっごいうるさいんですけど」
俺は彼が背負っている銀色のロケットに目をやる。
そのロケットはけたたましい音を立てながら下部から炎を噴出していた。
「いやー、だってこれ止めたら俺落ちるし?」
「落ちればいいじゃないですか」
「ひどいなぁ、エフってば」
……この目の前にいる彼の名前はロケット86。
明らかに本名ではないのだが彼は「俺の名前はロケット86だから」と言い張って聞かないからどうしよう
もない。
数週間前ほどから俺がこの近辺を飛んでいると出くわす、変なおっさん。
だいたいその背中に背負ったおもちゃみたいなロケットで空飛んでるとか、まじ信じられない。
もう一度奴の顔をにらみつけると、彼はさっきと同じ顔でへらへらと笑っていた。
「あっそうだ、俺をその列車の後ろに乗せてくれれば止められるよ?」
「嫌です!」
『ソウダソウダ!』
何が悲しくて、おっさんと二人乗りしなくちゃならないんですか。
どうせ二人で乗るんならかわいい女の子の方がいい。
見せ付けるように大きなため息をひとつつく。
それでも奴はへらへら笑っていた。
「けーち、けーち」
「……だいたいなんで俺がこの辺りにいる時にかぎって飛んでくるんです?」
「エフに会いたいからぁ〜?」
「……きもっ」
俺は目の前にいるおっさんに対して、心底嫌そうな表情を向けると空の旅を再開した。
「あっれー、どこ行くの?」
「あんたがいないとこ……ってついて来ないでくださいよ!」
「いいじゃんよー、旅は道づれだよー」
ああ、もう何言っても無駄だ。
俺は奴を完璧に無視することに決め込んだ。
ロケット音が耳に障るけどしかたない。


「なぁなぁエフー」
奴が話しかけてくるけど気にしない。
「エフってばー」
気にしない気にしない。
「エーフー」
気にしな……ああもううっとおしい!
「……何です」
「やっとこっち向いてくれたー」
奴はまだへらへらと笑ってこっちを見ていた。
「言うことないなら、話しかけないでください」
「いやー、俺ちょっと燃料やばくてさー」
は?
俺が聞き返そうとしたとき、彼のロケットから炎が消えた。
「あ、燃料切れたわ」
推進力を失ったロケットは、ただの鉄の塊に成り下がり重力に引き寄せられていく。
彼の体はみるみるうちに地面へと引き寄せられていった。
「あっはっはー、んじゃまたなー」
奴はへらへらと笑いながらどんどん小さくなっていく。
また?!いや、落ちてますし!
「相棒!」
俺は気がつくと手にしたハンドルを思いっきり傾けていた。


落ちる。落ちる。落ちる。
すごい速さで下降して行く、俺と相棒。
落ちていくおっさんに追いつく速さで、急降下していく。
いくらあんなやつだけど、目の前で死なれるなんて、寝覚めが悪くなる。
少しずつだけれども、彼の姿が大きくなってくる。
頼むから、追いついてくれ!
何とか追いつき、落ちてくる彼を相棒で受け止めようと視線を上げた瞬間、彼と目があった。
彼は、いつものようなへらへらした笑顔じゃなくて何かをあきらめたような表情をしてた。
けれど、俺と目があうとその顔は笑顔に変わった。
いつものへらへらした笑顔じゃない、嬉しそうな笑顔。
俺はその笑顔の意味を考える暇も無く、これからくるであろう衝撃にそなえた。
ただ、彼の顔だけが目に焼きついて離れなかった。


「……すいません、無茶させましたね」
『イイッテコトヨ』
俺はがんばってくれた相棒の頭をなでた。
ギリギリ、だった。
もう少し判断が遅れてたら、おっさんだけでなく俺達も地面に頭つっこんでたかもしれない。
俺は、自分の無茶を反省するとともに安堵の息を吐いた。
……それに引き換え、このおっさんと言ったら。
「エーフーありがとー!」
「抱きつくなぁ!」
……さっきまで死にそうな目にあってたっていうのになんなんだこのおっさんは。
俺は、能天気に笑いながらくっついてこようとする彼を跳ね飛ばしながら思った。
彼の顔を見るとまた能天気そうな顔をして、へらへらと笑っていた。
さっきの真面目な顔は幻だったのかと思うほどだ。
彼は笑いながら俺の顔をじっと見つめてきた。
「……何、俺の顔に何かついてます?」
「いやー、やっとエフの顔近くで見れたなって、やっぱ美人だな」
「男が美人とか言われてもちっとも嬉しくないんだけど……」
ああ、何が悲しくて、おっさんと二人乗りしなくちゃならないんだ。
だいたい彼が燃料の計算もせずに飛んでるのが悪い。
けれども、きっとまた奴は俺に会いに来るんだろう、背中のロケットをつかって。
……死にそうな目にあったって言うのにな。
またいつ落ちるかわかんないのかこのおっさんは……はぁ。
俺は大きなため息を一つつくと、地上に向けてゆっくりと相棒を動かし始めた。
後ろではまだ奴がへらへら笑っている気配がした。



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