運命とは何をもって運命となるか



朝、友人らと挨拶を交わしながら教室に一歩足を踏み入れる。
視界にタローが入ったとたんに一言。
「おはよーナカジ! 突然だけど運命の出会いってあると思う?!」

突然すぎるだろう、貴様。


-運命とは何をもって運命となるか-


時間は流れて昼休み。
俺とタローは屋上で弁当を食べていた。
「……で、運命の出会いがどうしたって?」
「ほぉあぇ?」
タローが紙パックのカフェオレを口にしながら実にアホっぽい声で答える。
「朝言ってただろう、運命の出会いがあるかどうかって」
「そう! そうなんだよ! 俺もしかしたら運命の出会いしちゃったかもしれない!」
タローが紙パックを握りつぶしながら叫ぶ。
「気のせいだ、運命の出会いなんてあるわけがない」
「うわっ、ナカジ冷たい!」
そして俺はそのタローの言動をばっさり切り捨てる。
「そんなナカジだって俺のした出会いの話をすれば運命感じちゃったりするかもよ!」
……運命の出会いがあると思ってるじゃないか。
俺はその矛盾をさらりと流し、茶をすする。
当のタローは俺の様子など知らずに、身振り手振りを交えながら話を始める。
俺に拒否権は無しか。そうか。
「でさ、でさ」
タローの話は長い、そのくせ中身が薄い。
一通り話を聴いた上で中身を整理する。
タローがある天気の悪い日にサーフィンに行って、
うっかりミスしておぼれかけて、
目を覚ましたらその人の顔が目に入って、
どうやら人工呼吸とかしてくれたらしくて、
浜までおくってくれたその人にタローは胸キュン……らしい。
とりあえず天気の悪い日にサーフィン行くなとかいろいろ突っ込みたいことはあるが、
突っ込み始めるときりが無い上に、全て流されるから俺は何も言わなかった。
「もーこれ絶対運命だよ! 少女漫画の黄金パターンじゃん!」
そんな黄金パターンしるか。
周りに花が舞うようにきらきらとした目で語るタロー。
「……まぁよかったな、しかしずいぶんと屈強な女だな」
このでかさだけは一人前のタローを荒れる海から救い出すなんてどんな女だろうか。
タローがやっと夢の世界から戻ってきたように俺の方を向く。
相変わらずアホ顔だ。
「へ、俺その人が女だなんて一言も言ってないよ」
「は」
そのタローの一言で眼鏡がずり落ちる。
「その人、洋次郎さんっていうらしくてさー、お礼に何かプレゼントしたいんだけどいいアイデア」
「ま、まてまて、まてまてまて!」
思わずタローの言葉をさえぎる。
洋次郎? 
女だったらなんということだ、親の顔が見てみたい。
「……何、その……お前、ホモ?」
「違うよ! たまたま運命の出会いしちゃった人が男だっただけで俺はホモじゃないよ!」
ずり落ちた眼鏡を軽く指で押し上げる。
男が好きなことがホモじゃないならなんていうんだ? ええ?
「あんね、日焼けしてて、サングラスかけてて」
タローは呆然とした俺など気にもとめないように洋次郎とかいうやからの特徴を語る。
「でね、俺と同じぐらい海が大好きな人なんだ!」
タローが全開の笑顔を俺に向ける。
その顔を見たら、なんだか全てがどうでもよくなってきた。
「なぁ……なんだ、そいつのこと好き、なのか?」
「うーん、好きとは何か違うかなぁ」
俺がそいつに興味を示したことが嬉しかったのだろうか、タローの瞳が再び輝く。
「目を覚ましたときすっげードキドキしてさ」
この顔が恋をしていない奴の顔だったら、いったい何を恋と言うのか。
「あの人、洋次郎さんにもっと近づきたいと思ったんだ」
恋する乙女のようにもじもじとするタロー。
正直言って大男がする動作としてはキモい。
けどそうやって率直な思いをぶつけることのできるタローがうらやましくも思えた。
「……そうか、がんばれよ」
「ナカジ、俺のこと気持ち悪いとか思う?」
さっきまでの嬉しそうな顔はどこへやら、しゅんとした顔で俺を見るタロー。
「……いや、タローがいいんなら別に俺はなんとも思わん」
タローの顔がぱっと明るくなる。
「……よかったー、俺、こういうこと誰に相談していいかわからなくてさ」
「ま、恋愛は自由だ」
こんなまっすぐな気持ちを受け止める奴というのはどういう気持ちだろう。
「でさ、何かプレゼントしたいんだけど何がいいと思う。
さきほどまでのしょんぼり顔はどこへやら。
タローがにこにこと笑って俺を見る。
「……うん、やっぱり笑ってる方がいい」
「ほえ? 何か言った?」
「いや……眼鏡とかどうだ」
「眼鏡かー、あっサングラスとかいいかも!」
俺はまた運命の出会いについて語るタローを見て、空を見上げる。

できることなら運命の出会いでありますように。
このまっすぐな気持ちを受け止めきれる奴でありますように。

「……ふっ」
自分の想像に軽く皮肉めいた笑顔を作る。
「もー、ナカジ聞いてる?!」
「はいはい、聞いてる聞いてる」
「でさー……」
今日は波も穏やかだろう。 こいつならサーフィンのようにどんな波でも乗り越えていける。
根拠の無い空想が、俺の頭を飛行機雲のように飛んでいった。



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