線路は続くよ



「レールの上を進むような人生」

レールにだって切り替えポイントぐらいあるだろうが。

……さぁ、俺のポイントはいつ切り替わった?


-線路は続くよ-


それは、いつものようにバイトでレジに入っていたある日のことだった。
「すいません、領収書お願いします」
レジでぼーっと来週のライヴについて考えていると、分厚い眼鏡が印象的な常連の人がやってきた。
いつも経理宛の領収書をもらって行くところといい、スーツ姿といい、どっかのサラリーマンだろうか
などと思いながら、特に言葉を交わすことも無く軽く会釈をした。
「お名前はいつもと同じでよろしいですか?」
「あ、はい」
慣れた手つきで領収書を書きつつも、俺の頭は来週のライヴでいっぱいだった。
さて、ライヴで何をやろうか、先月はアレとアレやったし、ああ新曲どうしようまだ作詞終わってねーんだよなぁ……。
なんて考えながらやってたせいか、つり銭が地面に落ちる甲高い音とともに、意識が現実へと引き戻された。
「す、すいません!」
カウンターからでて小銭をすぐさま拾い集め、常連の人に手渡す。
「こちらこそすいません、受け取りそびれてしまって」
申し訳なさそうに小銭を受け取る常連の人。
顔を上げたその時、初めて間近で目があった。
分厚い眼鏡の奥から青い瞳がこちらをのぞいている。
俺が止まっているうちに、常連の人はまたこちらに頭を下げながら店を出て行った。
「ありがとうございましたー」
慌てて言葉を発すると、落とした小銭が残っていないことを確認し、またレジへ戻る。
接客中に考え事してちゃいけねぇよな……反省反省。
客のいなくなった店内。
俺の頭にはあの瞳の青さだけがやけに目に焼きついていた。
これが、3ヶ月前の話。


それは、いつものようにライヴステージで演奏を行っていたある日のことだった。
「あの〜」
熱気溢れるステージを終え、スポーツドリンクを片手に外で涼んでいると突然横から話しかけられた。
声のした方向へと振り向くと、常連のあの人が立っていた。
「あ、いつもの……」
常連の人は振り向いた俺の顔を見るとほっとしたような笑顔を見せた。
「よかった、やっぱり薬屋さんの人だ」
なんでこの人がこんなところに。
失礼だけど、見た感じライブハウスとかに行きそうな人に全く見えない。
「同僚の友人が参加するからチケット買ってくれないかって言われて見に来たんですよ」
俺はよっぽど疑問そうな顔をしていたんだろう、常連の人はそう答えた。
「そうしたら別のグループで君を見かけて……ええと、D君、でいいんですよね?」
「あ、はい、そうです」
「僕はその、こういう音楽はよくわからないんですけど、とても素敵でした」
嬉しそうに笑う常連の人。
つい、つられて俺の顔も笑顔を形作る。
「ど、どうもありがとうございます」
面と向かって感想を言われると何だか照れくさいな。
「おっと、お邪魔してしまってすみませんでした、それだけ言いたくて……では、失礼します」
そう言ってその常連の人は俺の前から立ち去ろうとする。
「あ、あの!」
反射的に俺は立ち去ろうとするその常連の人を引き止めた。
「はい?」
「え、えーと……そうだ、名前!」
「……名前? あっ」
そういうと常連の人はポケットから慣れた手つきで名刺入れを取り出し、俺に名刺を差し出した。
「そういえば僕ばっかり一方的にしゃべってしまってすみません、僕はツクバといいます」
「ご丁寧にどうも……」
俺は手渡された名刺を手にとってまじまじと見つめた。
先端科学未来シティ市役所……この人公務員だったのか。
俺達ロッカーとは対極的な位置にいる存在だなと、なんとなく思う。
「また買い物に立ち寄らせてもらうこともあると思いますが、よろしくお願いしますね、それでは」
そういって立ち去る常連の人こと、ツクバさん。
後には俺とツクバさんの名刺だけが残された。
「何言ってんだろ……俺」
名前だってどうでもいいじゃん。
俺は残ったスポーツドリンクを一気に飲み干し、名刺を財布にしまうと仲間の待つ控え室へと戻った。
これが、2ヶ月前の話。


それは、いつものようにバイト帰りの道を歩いていたある日のことだった。
スーツ姿に不釣合いなほど大きなビニール袋を両手に提げた後姿が見えた。
「ツクバさん」
俺は先を行く人影に声をかけた。
今思えば、これが俺からツクバさんに話しかけた瞬間だった。
「あれ、D君じゃないですか」
「ツクバさん、今帰り?」
「ちょっと買い物をしていたら遅くなってしまいまして、D君はバイトの帰りですか?」
「ええ、俺もちょっと遅くなってしまったんです」
「D君の家もこっちの方なんですか?」 「そうっすね、もう少し……あの角を曲がった辺り」
「えっ」
ツクバさんがものすごく驚いたように声を発する。
あの真っ青な目を真ん丸くして、ツクバさんは俺の方を向いた。
「どうしたんですか?」
「実は僕の家もその辺りなんですよ……実はすごくご近所さんだったんですね」
「へぇ」
もしかしたら気づかないうちにすれ違っていたのかも、とツクバさんが笑う。
「あ、俺の家ここです」
「へっ?!」
さっきとはまた違ったイントネーションの驚きの声があがる。
「……どうしたんです」
「い、いや、D君の家って実はすごい大金持ちだったんだなって、あはは……」
「そうか?」
確かに普通の家と比べればでかい家かもしれないけどそんなに驚くことか?
家にはまだ誰も帰っていないらしく、真っ暗だった。
ま、こんな時間に親父もお袋も帰ってるわけ無いか。
俺はかばんに手を突っ込んで家の鍵を取り出した。
「どうかしました?」
……否、取り出そうとしたけどあるべき場所に鍵は無かった。
「……鍵、家の中に忘れたっぽいです……」
バイト先で鍵を取り出した覚えがないところからすると部屋に忘れてきたらしい。
「ええっ、大変じゃないですか?!」
ツクバさんがまた驚いたような声をあげた、つーかたぶんこの人俺より驚いてる。
「いや別にそんな驚くことでも……」
「家の人が帰ってくる時間は遅いんですか?」
「……たぶん」
親父もお袋もあまり家には帰ってこない。
最悪、家政婦さんがくる朝まで俺は家に入れない。
ま、ファーストフードとか漫画喫茶で時間つぶすよ。
そう答えたら、ツクバさんは黙ってうつむいてしまった。
「んじゃ、ツクバさんまたね」
「ちょ、ちょっとちょっと待って!」
この前の俺みたいに今度はツクバさんが俺を引き止める。
「な、なんすか?」
「D君って未成年……ですよね?」
「そうですけど……」
ツクバさんが俺の方を見る。
「僕の家、この裏手のアパートなんです、で、もし良ければ家でご家族の帰りを待つって
いうのはどうでしょう?」
今度は俺が驚く番だった。
確かに給料日前であまり金もないし、願ってもない提案ではある。
しかし、この提案を受けてもいいものか俺も迷っていた。
いくら何度か話したとはいってもまだツクバさんと俺は顔見知り程度の関係だ。
そんな関係の人の家にいって迷惑ではなかろうか?
迷う俺を見ながらさらにツクバさんが言葉を続ける。
「……そして、一人じゃ食べきれないお惣菜を食べてくれると僕も嬉しい」
俺の様子を伺うようにしながら両手のビニール袋を持ち上げるツクバさんの行動に
俺は軽く噴出した。
「わ、笑わないでくださいよ! 安かったからつい買いすぎちゃって……」
恥ずかしがるように目をそむけるツクバさんの左手からビニール袋をひったくる。
「ちょ、ちょっとD君?」
「家にあげてくれるんでしょ? 荷物ぐらい俺が持つよ」
それだけ言うと俺は先立って歩き出す。
俺とツクバさんの距離は確実に近づいていた。
これが、1ヶ月前の話。


そして今。
「今日はD君の好きな鶏のから揚げにしてみたんですよ」
「やった、ツクバさんのから揚げうまいんだよなー」
どちらからともなく帰り道で話しかけては、ツクバさんの家で夕飯をいただく。
そんな奇妙な関係ができあがっていた。
「それじゃあ、いただきますしましょうか」
ツクバさんが腰を下ろそうとした時、玄関のチャイムが来客をつげた。
「誰だろう? ちょっと行ってきますね」
ツクバさんの家に来て、1ヶ月。
ツクバさんの家はとにかく来客が多い。
きっとあの日のビニール袋も来客を前提とした量だったんだろう。
二人きりで飯が食える日なんて週に1回あればいいほうだ。
……ふと思った自分の思考に気がついて俺は髪をかきあげた。

『2人きり』

「どこで切り替わったんだろうなぁ……」
ツクバさんに対する特殊な思い。
耳をすませばツクバさんと誰かが話す声が聞こえる。
「わっ、おいしそうなケーキですね! いつもすみません、今夕食にするところだったんです」
今日も誰かと3人で夕飯だ。
いや、3人ですめばいいな。
俺は1つため息をついた。
「ツクバさんのレールを俺の方に向けるのは力がいりそうだな……」
誰かが部屋にあがってくる音がする。
レールに乗った人生、その終着駅がツクバさんであればいい。
必要な力と勇気を考えて、俺はまた1つ息を吐くのであった。



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