おみやげ



ガタンゴトン……ガタン……。


真夜中の駅から最後の電車が走り去る。
終電車に乗ってきた人々がパラパラと改札を通っていく様子を、この駅の駅員である青木さん
は見つめていた。
(さて、そろそろ駅を閉める準備をしなくちゃな……)
人がまばらになってきたころ、青木さんは駅を閉める準備をしようと椅子から立ち上がった。
と、その時聞き覚えのある声が上から聞こえてきた。
「お疲れ様です、青木さん」
「ああ、オクターヴ君か、こんばんは」
オクターヴと呼ばれたその背の高い青年は青木さんに向かってにっこりと微笑んだ。
オクターブはヒゲランド交通と親交のある銀河鉄道の車掌をしている青年で、その肌の色と長
い耳がこの星の人間ではないことを示している。
なんでも、この辺りが交通に便利だとかで宇宙から引っ越してきたらしい。
おかげでこの駅に勤める青木さんと彼はよく話す、友人のような関係であった。
「今日はお一人なんですか?」
「うん、北口のほうにもう1人いるけどね、お茶でも飲んでくかい?」
「じゃあ、お言葉に甘えまして」
青木さんが備え付けの茶器セットを使い、オクターヴにお茶を出す。
緑茶のいい匂いが当たりに広がる。
「それじゃあ、僕はちょっと北口にいる彼と駅を閉めてきちゃうから、ちょっとここよろしく
頼んだよ」
「はい、いってらっしゃいませ」
青木さんとオクターヴはシフトが重なっているらしく、こんな会話ももう日常茶飯事である。
青木さんは「よっこいしょ」と掛け声をかけ、駅員室から出て行った。


駅のシャッターが降ろされ、駅から明かりが消える。
しばらくして、青木さんが駅員室に戻ってきた。
帽子を取り、勤務表にチェックを入れる。
「遅かったですね」
「うん、ちょっと酔っ払ってた人がいてね、その人の連絡先とか聞いてたら遅くなっちゃった」
青木さんが棚から愛用の湯飲みを取り出しお茶を注いだあと、オクターブの向かいの椅子に腰
掛ける。
「今日は駅の様子はいかがでしたか?」
「いつもどおり平和だったよ、家族連れが多いような気がしたけど今日って何かあったかな?」
「うーん、そろそろ世間は夏休みに入った頃だからじゃないですか?うちの電車も行楽地に行
く人々でごった返してましたよ」
ああ、と青木さんは思った。
「そうか、夏休みか…この仕事には夏休みなんてないから忘れてたよ」
青木さんがしみじみとそういうと、オクターヴは少し微笑んだ。
「私たちが休んでしまったら皆さん、出かけられませんもんね」
「はは、その通りだね」
ふと、青木さんが何かを思い出したように「あ」とつぶやき立ち上がった。
「どうしました?」
「いや、ちょっと思い出してね……」
青木さんは駅員室にある冷蔵庫を開けると下の段から箱を取り出した。
箱には「イルカサブレ」と書いてある。
「また、クモハ君がお土産を置いていったらしくてね、お茶請けにどうかな」
青木さんは箱からサブレを何枚か取り出して皿に並べて机の上に置いた。
クモハ君とは青木さんとオクターヴ共通の知り合いで、この駅を毎日利用しているサラリーマ
ンである。
どうやら、どこかに出かけるとついお土産を買ってしまう癖があるらしくこの駅ではよく何か
差し入れをしていく人で有名になってしまっている。
「ああ、やっぱり青木さんのところにもいらっしゃいましたか」
「オクターヴ君の所にもかい?どうやら海に行ったらしいよ、家族で」
「ええ、うちにも来ましたよ。まったくクモハさんのお土産癖にも困ったものですね」
「うちの冷蔵庫の一番下の段がそろそろクモハ君専用になりつつあるよ」
青木さんが笑いながら緑茶をすする。
「海か……ここ数年行ってないなぁ……」
青木さんが昔を思い出すようにつぶやく。
「そうなんですか?」
「うん、1人で行くものでもないしねああいう所は」
最後に行ったのはいつのことだったかと、青木さんの頭にうろ覚えの海の映像が浮かぶ。
「うーん、それじゃあ今度のおやすみの日に私と一緒に海へ行きませんか?」
「へ?」
予想もしなかった言葉に青木さんの思考が一瞬止まる。
「僕と、オクターヴ君でかい?」
「ええ、いかがです?」
オクターヴは相変わらずにこにこした顔で話しかける。
「いや…僕は別にいいけど、オクターヴ君こそいいのかい?仕事、忙しいんだろう?」
「私も地球の海というものを見てみたいんですよ、それに……」
「それに?」
「青木さんと一緒にどこかに出かけてみたいんですよ、外で会うことなんて今までなかったで
しょう?」
まったく、変わった青年だ、と青木さんは思う。
(こんなおじさんさそうより他に一緒に行く人がいるだろうに)
オクターヴはさっきと変わらぬ顔でこちらを見ている。
いつも嬉しそうなオクターヴの顔を見ていると青木さんまでつられて笑顔になってしまう。
(……でも、まぁいいか)
「それじゃあ、いつものお返しにクモハ君にたくさんお土産を買ってこようか」
「いいですね、それ!」
駅員室の中に笑い声が響く。
その夜、遅くまで駅員室の明かりが消えることはなかった。



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