寒暖差



「ナカジさん!」

夕方の商店街を歩いていると聞き覚えのある声に呼び止められた。
後ろを振り向くと、よく知った顔が笑顔で立っている。

「……マモルか」


−寒暖差−


「ナカジさん、今お帰りですか?」
マモルが俺の手にある学生カバンを見ながらたずねる。
「ああ……マモルは買い物か?」
俺はマモルの手に提げられた白いビニール袋を見る。
「はい、おつかいです」
「……そうか」
俺よりふた周りほど小さいマモルの頭にそっと手をかざしてなでる。
マモルはちょっと驚いた顔をした後、にこりと笑った。


夕暮れの帰り道を俺とマモル、二人で並んで家まで歩く。
日が傾くにつれて影は伸び、空がオレンジから紫へと変わっていった。
「今日はですね、ハンバーグなんですよ」
マモルが嬉しそうに笑いながら俺に話しかける。
「そうか、それはよかったな……ハンバーグ好きか?」
「はい、大好きです!ナカジさんはどうですか?」
「そうだな……普通かな」
雑談をしながら住宅街を歩く。
日が落ちた後の気温は昼間よりもぐっと下がり、冷たい風が辺りを走る。
「……っくしゅん!」
「……風邪か?」
「最近すっかり寒くなりましたね……」
寒そうに身を竦めるマモル。
よく見るとその服装は、いつもの半ズボンにパーカーというずいぶん薄着の格好であることに気がつく。
昼間は暖かかったからな……。
この季節は昼と夜の寒暖差が激しくて、油断していると痛い目にあう。
俺は今にも風邪を引きそうなマモルの姿を見て、そっと首に巻いているマフラーを解いた。
「……ナカジさん?」
足を止めマフラーを解き始めた俺を見て、マモルが不思議そうにこちらを見る。
俺はちょうどマモルの目線と高さが合うようにしゃがみこんだ。
そして、解いたばかりのマフラーをマモルの首に巻く。
「え、あ、ボク、大丈夫ですよ?」
「……今にも風邪をひきそうな格好の奴が言うセリフじゃないな」
「でもナカジさんが……」
大きな目が困ったような色を見せる。
俺は少しだけ顔に笑みを作ってマフラーを巻いた。
衣替えが終わったあとのこの季節、学ランは意外と外の寒さから身を守ってくれる。
少し首が寒くなるけど、それぐらいたいしたことじゃない。
「……ありがとうございます」
マモルが照れたように、礼を言う。
「別に、礼を言われるようなことではない……」
俺は照れた顔を見られたくなくて、帽子を深くかぶりなおした。
マフラーを二重三重にマモルの首に優しく巻きつける。
けれども、俺にとっても非常に長いそのマフラーはマモルの首に巻くと端っこが地面についてしまう。
しかし、地面につかないように全て巻こうとすると、マモルの顔がマフラーに埋もれてしまう。
……どうしよう。
困った。
顔を上げてマモルの顔を見ると、マモルも困ったように何かを考えていた。
……蝶結びにでもしてしまうしかないか……?
「あ、そうです!こうすればいいんですよ!」
俺がマフラーの両端を持ったまま、身動きが取れなくなっていると同じように困った顔をしていたマモル
が急に声をあげた。
マモルが手に持っていたビニール袋を地面に置き、マフラーを解く。
そして俺の手からマフラーの両端を取りあげると、片方を俺の首に巻いた。
「……それじゃあマモルが寒いだろう?」
「えっと、だからですね、ナカジさんちょっと立ってください」
マモルがもう片方の端をつかみ、笑顔で言った。
マモルが持っているほうのマフラーの端はずいぶんと余っている。
「……なるほど」
俺はマモルのたくらみに気がつき、腰を上げる。
地面についてもまだ余りそうなほど長いマフラーの端。
マモルは俺が立ち上がったのを見ると、横に立って残りのマフラーを自分の首に巻いた。
「これで、二人とも暖かいですよね!」
「……そうだな」
俺はかがんで、マモルが地面に置いた袋を拾い、手渡した。
「さ、帰るとしよう……親御さんも心配するぞ」
俺はそっとマモルのいる側の手を差し出した。
マモルが俺の手を握る。
そのぬくもりは、マフラーよりも暖かく感じた。


「また、ギター聞かせてくれますか?」
「……そのうちな」
とりとめもない話をしながら、また日が落ちた道を二人で歩き出した。
その帰り道は一人で帰るときよりも暖かく感じた。



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