give and take



部屋の中で金髪の青年が一人、本のページをめくっている。
部屋の扉を開けて、緑髪の青年が飲み物入ったグラスをお盆にのせ入ってきた。
「王子は紅茶でよかったよな?」
「……僕は王子ではありません、「つよし」というちゃんとした名前がございます」
金髪の青年が顔を上げ、緑髪の青年を恨めしそうな目で見る。
「だって俺も「つよし」なんだからしょうがないじゃん?」
緑髪の青年がそんな視線など気にしていないかのように笑いながらグラスを手渡す。
金髪の青年はあきらめたような顔をして、グラスを受け取りながら小さくため息をついた。



この外見も性格も正反対な二人、名前を共に「つよし」と言った。
二人が初めて出会ったのは大学のゼミの顔合わせの時。
あろうことか苗字まで一緒の二人、その二人が同じゼミに配属されてしまったのである。
困ったのは先生及び周りのクラスメイト達である。
そこで周囲の人間は二人にあだ名を付け、それで区別をつけることとした。
緑髪の青年はその趣味から「DJ」と呼ばれ、金髪の青年はその外見と振る舞いから「王子」と呼ばれ
ることとなった。


「……で、今日僕を呼び出したのは何の用があってのことでございましょう?」
「ん、新曲できたからさ、聞いてもらおうと思って」
DJが近くの机の上にあったMDとプレーヤーを王子に手渡す。
王子はそれを受け取るとヘッドホンを付け、プレーヤーのボタンを押した。


正反対な二人の共通の趣味、それは音楽。
クラブハウスでDJをつとめるDJとクラシックを聞いて育った王子。
音楽に対する深い興味を元に二人は意気投合し、DJが作った曲に対して王子が意見をし、曲を完成さ
せていくという構図が作られていった。
……そんな二人が惹かれあって行ったのは当然のことだった、のかもしれない。
今の二人の関係は、友人とも相棒ともくくれない関係になっていた。


王子がプレーヤーのスイッチを切り、ヘッドホンをはずす。
「結構自信作なんだけど、どうよ?」
「ふむ、なかなかよろしいのではないでしょうか……貴方にしてはずいぶんまったりとした曲でござ
いますね」
王子の言葉にDJがにかっと歯を出して笑う。
「へへっ、たまにはこういうのもいいかなと思ってさ、でこれに歌を入れようと思うんだ」
「歌もの……でございますか」
王子は珍しいこともあるものだ、と思った。
DJは今まで自作の曲や既存の曲のアレンジをライブで演奏してきたが、王子の記憶が正しければ今ま
で演奏されてきた自作の曲は全てがインストのはずである。
DJいわく、「俺は歌うより演奏していたい」ということらしい。
どういう風の吹き回しだろうか、王子はグラスの中に入っている冷えた紅茶に口をつけた。
「でさ、王子にお願いがあるんだけど……」
「何でございましょう?」
DJが言葉を出しにくそうに視線を泳がせる。
やがて、王子の方を向いて小さな声でつぶやいた。
「その……王子に歌って欲しいんだけど……駄目?」
「は?」
王子の動きが一瞬止まる。
「録音でもいいからさ、お願いっ!」
DJが両手を合わせて王子に頭を下げる。
王子はそんなDJを見てぽりぽりと頬をかいた。
「何で僕なんでございますか……」
「いや、その、王子のこと考えながら曲作ってたらさ、王子のイメージしか浮かばなくなっちゃって
……俺、王子の声好きだしさ……」
DJが慌てたように目線をはずしながら答える。
王子が慌てるDJを見て、くすりと笑った。
「僕をイメージして作った、曲でございますか……」
どおりでいつもよりスローテンポな曲なわけだ、と王子は思った。
「ち、ちげーよ!た、ただ、王子がよくこんな感じの曲聞いてたなーと思ってさ……」
DJが声を張るも、ほっぺたが赤くなっていて照れているのは一目瞭然である。
「歌ものという話ですが……歌詞はあるのですか?」
「いや、まだ……」
王子の発した「歌詞」という単語にDJが気を取り直すように答える。
その言葉を聞いて、王子が優雅な笑みを浮かべた。
「わかりました、歌わせていただきましょう」
「マジで?!よっしゃあ!」
DJがガッツポーズを取って喜ぶ。
子供のようなDJの姿に王子は再び顔に笑みを作った。
「ただし、歌詞は僕に作らせていただきますよ?」
「え、いいの?」
「ええ」
王子がDJに向けて笑みを作る。
その笑顔にDJの顔がまた少し赤くなった。
「王子、ありがとな!」
「……しかし、そうするとお礼をいただかなくてはなりませんね……」
「へ?」
赤い顔を悟られないように視線をはずした、DJの顔を王子がつかんで向きなおさせる。
困惑するDJの瞳を、王子の青くきらめく瞳が捉え、次の瞬間DJの体が王子の方へと引き寄せられた。
倒れこむDJ、重なる唇。
「……っ!」
濡れた音が響き、やがて舌が絡み合う。
まるで数時間もたったかと思われる数分間の後、互いの唾液で濡れた唇がそっと離れた。
「い、いきなり何すんだよ……!」
「おや、ギブアンドテイクは当然でございましょう?」
王子の指が濡れるDJの唇をなぞる。
「ラブにはラブでお返ししないといけませんからね」
王子は唇から指を離すと、にっこりと微笑んだ。
DJの顔が火をつけたようにみるみる赤く染まっていく。
「お、俺はっ……」
DJが微笑む王子から目線をそらす。
「あ、そうそうこれは作詞に対するお礼ですから、歌唱に関してのお礼はまた後日、きちんといただ
きますからね?」
「なっ?!」
DJが驚いて王子を見る。
頭が真っ白になって言葉が出てこず、ただ顔を真っ赤にして金魚のように口をぱくぱくと動かすDJ。
王子はそんなDJを見て「どんな風にラブをこめた歌詞を書こうか」と考え、固まったままのDJの髪を
そっと鋤いた。



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