ベクトル



視線を感じるようになったのはいつからだっただろうか。


「シルヴィー、どうしたの?」
急に立ち止まったボクに、ボゥイが話しかける。
「……視線を感じる」
「まったまたー、いつもの自意識過剰じゃないの?」
「いや、今確かに……って、いつものってどういう意味だ!」
もうおなじみと言っても過言ではないポップンパーティの会場内。
ボクに向けられる視線に気がついたのはいつのことだっただろうか。
ボクが会場内を歩いていると、どこかから投げられてくる視線。
おそらく同一人物であろうその視線の主はいつも見つける事ができなかった。

「べ〜つに〜、あっヒグラシさんだ!ヒーグラーシさーん!」
「あっ、おい!」
走り出したボゥイを追いかけていくと、そこには二人の人影があった。
「こんにちは、ヒグラシさん!」
「あ、ボゥイ君にシルヴィー君じゃないですか、お久しぶりです」
「……どうも」
いつみてもひょろ長い人だ。
そしてもう一人、隣にいるのは……。
「やぁ、ボゥイにシルヴィー、元気そうだね」
「ローズさんもこんにちは!」
いつみても派手な人だ。
ローズさんとヒグラシさん、この二人は仲がいいのか一緒にいる姿を見ることが多かった。
「あっ、そうだヒグラシさんこの前言ってたゲーム持ってきたよ!」
「本当ですか?うわー、ちょっと気になってたんですよね〜」
ボゥイとヒグラシさんが楽しそうに話を始める。
……ボクだけが知っている、ボゥイはヒグラシさんのことが好きなんだ。
だからあんなに必死でアプローチしているんだ。
まったく、男が男を好きになるなんて不毛だ、不毛すぎる。
……そしてもう一つ。
ローズさんが、ボゥイのことを敵意を込めて見てるのも知っている。
きっとこの人もヒグラシさんのことが好きなんだろうな、たぶん。
そしてボクは一人蚊帳の外、観察するようにローズさんを見ながら人は何故、不毛な感情を持つのか
について考えている。
……どうやら答えが出る日は一生来なさそうだ。
ボクからローズさんへ、ローズさんからボゥイへ、ボゥイからヒグラシさんへ。
この視線の一方通行はいつまでも続いている。
ふと、ローズさんがボクの方を向き目が会った。
ローズさんはボクに向かって柔らかな笑みを浮かべた。
何故ボクにそんな顔を向けるのか不思議で、ボクの心にその笑顔が焼きついた。



……これがこの前のポップンパーティまでの話。
そして、現在。



「ねぇ、ヒグラシさん明日は暇?」
「特に予定はありませんけど……」
「じゃあさ、明日どこかに出かけようよ」
「あ、いいですね〜明日はお天気もよさそうですし」
ソファーでいちゃつくオレンジ頭に狙いを定めて、近くにあったスリッパを振りかぶる。
乾いた音を立てて、オレンジ頭が前につんのめる。
「いったぁ、何すんのさ!」
「リビングでいちゃつくな!いちゃつくなら部屋でやれ!」
このバカップルが!
……そう、この前のポップンパーティの後、ボゥイはヒグラシさんに告白。
そして今は……ごらんの通りの有様というわけだ。
「す、すいません……」
「やだもー、シルヴィーったら焼いてるの〜?」
「んなわけあるか!」
コート掛けに掛けておいたコートを羽織り、背を向けて玄関に向かう。
「あれ、どこかにでかけるの?」
「……ゲーセン行ってくる」
これ以上かまってられるか。
「いってらっしゃーい」
笑いながらボクを見送る声が背後から聞こえた。





いつものゲームセンターに行くも、何故か今日は人が多く、スコアの調子も良くない。
いらいらした気持ちを抱え外の空気を吸いに行くと、ゲーセンの前に真っ赤な車が止まっているのが目
に付いた。
見るからに高そうなこの車、こんな派手な車に乗るのはどんな人なんだろう。
そんなことを考えながら空を見上げると、太陽はまだ天高くに居座っている。
これからどうしよう……。
「シルヴィー!」
ふと、自分の名前を呼ばれたのに気がついて声のした方を向くと、さっきの真っ赤な車の運転席から体
を乗り出してボクを呼んでいる人がいる。
その人は、ボクがとてもよく知っている人だった。
「やぁ、シルヴィー」
「こんにちは、ローズさん」
何でこの人がこんなところにいるんだろう。
ローズさんはボクに笑いかける。
「ねぇシルヴィー、今暇かい?」
「暇……ですけど」
「それじゃあ、ちょっとドライブにでも付き合ってくれないかな?」
「ボクがですか?」
……どうしよう、この人の意図がわからない。
けど、今ボゥイの家に戻る気にもなれないし、ちょうどいい時間つぶしになるだろう。
「……いいですよ」
「よかった!それじゃ、行こうか」
助手席の扉が開く。
ボクはその中に引き寄せられるように座席へと座った。


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