「もしもし、乙女さん。
 よかった。帰ってたんだ。
 ・・・。
 ああ、終わった。うまくいったよ。
 ・・・。
 乙女さんの情報のおかげさ。感謝してる。明日からはいつも通り接してやってくれ。
 ・・・。
 ああ、それじゃ、また。」

俺は電話を切ると、そのまま着信履歴を呼び出した。
その一番上に表示された電話番号を見つめる。

掛け替えの無い誰か、とでも言うのだろうか。
お互いが心から望む関係。
変わらない平穏を与えてくれる、そんな誰かが欲しかった。

幼い頃から父親は酒におぼれ、母親に優しくされた記憶も無い。
親父の悪評は近所じゃ知られていたから、当然、皆俺を避けた。
俺の方から輪に加わることもなかった。
社会から憎まれているような気分だった。
その時俺は彼女に出会い、惹かれた。

彼女は子供だった。
自分がしたいことをする。生きたいように生きる。
そして心の最も基本的な部分に絶対的なやさしさを持っていた。
そんな彼女が俺は好きだった。


「大人になるってのはね。欲しいものの代わりをうまく見つけていけるようになるってことなの。」
高校生だった俺に、一晩だけの関係を持った女が言った。
俺は心の中で反発した。
それはあんたの理屈さ。
俺に押し付けるんじゃねえ。

俺は彼女の掛け替えの無い人間になろうとした。
でも彼女が見ていたのは俺ではなかった。
ずっと、そうだった。
あいつが、レオが東京に行っちまってからも、ずっと・・・。

ある日、突然彼女に呼び出された。
親と大喧嘩したらしい。
いつもの明るさは無く、ひどく落ち込んでいて、もう帰る場所が無いと言って泣いた。
お前は、俺のところに帰ってくればいいんだ。
そう言って俺は彼女を抱きしめた。
すすり泣きは止まなかった。

その夜、俺は彼女を抱いた。

次の朝、俺の腕の中で眠る彼女が夢の中で囁いたのは俺の名前ではなかった。
あの女が言ったことは本当だったのか?
お前も大人になっちまったのか?
俺の心は言いようの無い悔しさで溢れた。
彼女の寝顔を見つめた。
俺じゃ駄目なのか?
もう一度抱けば俺だけを見てくれるか?
心の奥のほうから湧き出てくる問い。
答えは与えられそうになかった。


これまでに感じたことの無い程の無力感の中で、俺に唯一出来ることは認めることだけだった。
今は代わりでいいさ。
いつかお前が心から望む存在になってやる。
きっと、なれるはずだ・・・。
そして手に入れる。俺がずっと求めていたものを。
俺は自分に言い聞かせた。
あれからもう4年。
俺たちは多くの時間を共に過ごしてきた。
でも二人の関係をはっきりと定義するようなことは徹底的に避けた。
それは暗黙の了解であり、お互いを守るためのルールだった。
たまにふと昔が懐かしく思える時がある。
あの頃、『未来』は俺たちが知る言葉の中で最も曖昧で、根拠の無い希望だった。
何があろうときっと未来が救ってくれる。そんな気がしていた。
目の前には数え切れないほどの道があるように思えた。
その時をただ生きていればよかった。
気づけば二人とも、既にそれが許されない歳になっていた。
道も数えるほどになった。
今日俺は彼女を、その分岐点の一つに連れて行かなければならない。

発信ボタンを押す。
最近彼女は2回目の呼び出し音で電話に出るようになった。
今回もそうだった。
その事実は俺を幾分、勇気付けた。


「俺だ。今から会えるか?
 ・・・。
 大事な話だ。
 ・・・。
 ああ、1時間後に駅前で。俺は車で行くから。
 ・・・。
 そうだな。それじゃあ後で、子蟹ちゃん。」

俺はダッシュボードに携帯を置いて、シガレットケースからタバコを一本抜き出した。
陸上をやめてから吸うようになった。
海辺で寄り添う二人をぼんやりと見やりながら火をつけた。

レオが姫と結婚するつもりなのは本人から聞いていた。
指輪を買ってあることも。

おめでとう、レオ。
お前に幸せになって欲しいって気持ちは嘘なんかじゃないぜ。
でも俺だっていい加減幸せになっていいだろ?

俺はどうしようもないガキさ。
最初の煙は右手の手首に吹きかける。
あの女が教えてくれた幸運のおまじない。
数時間だけの関係で特別な感情も無かったが、今だけは彼女の幸せを願わずにはいられなかった。

大丈夫、きっとうまくいくさ。

俺はゆっくりとアクセルを踏み込んだ。


(作者・inner sketch氏[2007/04/23])


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