もう今学年もあと少しという冬の日。
「起きろレオ。朝だぞ」
いつものように乙女さんに叩き起こされる。
「おはよう、乙女さん……」
「おはよう。レオ、今日は何の日かわかっているか?」
「今日……? ああ、バレンタインでしょ」
そう、今日は2月14日。とはいっても俺はそれほど意識してはいないが。
フカヒレあたりは1週間前から張り切っていたし、スバルは逃走ルートの確認とかしていたな。
「そうだ。だからピシッとしろ! 女の子達からチョコを貰えないぞ?」
そういうフカヒレ的な思考はどうかと思うが……。と、心の中でツッコんでおく。
それにしても……。
「♪〜」
乙女さんのご機嫌な態度がなんか怪しいと言うか……。
まあいい。とにかくカニを叩き起こして登校だ。
「……超ねみー」
「なんかお前昨日夜中に奇声を上げてたようだが……何してたんだ?」
「オイオイ、ボクのような華麗な蝶々の化身が昨日やることと言えば1つだろ?」
「ああ、昨日は新作ゲームの発売日だったな。徹ゲーしてたのか」
「ちげーよボケ! ……ハイッ、レオ!」
と、カニが俺に差し出してきたのは、一応ラッピングが施された、チョコ?
「なんで疑問系なんだコラァ!!」
「人の心の声を読むな! ……へえ、なんか去年よりでかくなったな」
「それはボクの愛がギュウギュウに詰まってるからさ」
「ま、アリガトな」
「おうよ、ホワイトデーは1000倍返しだかんな」
……もしかしてこれ手作り……じゃあないよな?
「よお、坊主、カニ」
お、スバルだ。オフシーズン中は一緒になることが多い。
「スバル、おはよう、ってどうした? なんか元気無いけど」
「わかってるくせに言うなよ。今日はオレにとっちゃ1年で1番嫌な日だぜ」
こういう台詞って、言う人が違うと意味も違ってくるよな……。
「じゃあ、そんなスバルを幸せな気分にしてやっか」
と、スバルにチョコ? を差し出すカニ。
「ああ、ありがとよ。おお、なんかでかいな」
「それはボクの愛が詰まってるからさ。あ、ホワイトデーは1000倍返しな」
「ああ、わかってるさ」
笑ってチョコを受け取るスバル。大人だねえ。
「よお、おはようさん!」
「よお、フカヒレ。なんか、臭うな」
「フカヒレ。……ウン、なんか臭うね」
「おはようさん。……やっぱ臭うな」
「なあ、お前ら。なんか今日の俺、いつもと違くね?」
「んー? ……いつもと変わらないな」
「よく見ろ。髪形とかメガネとかおしゃれな風に変わってるだろ? 香水も、高いやつに、変えたしよ!」
さっきから臭ってたのはそのせいか……。
「あんま気負ってると、ガッツいてんのがばれちまうぞ?」
「へっ、ただ、何もせず、待ってるだけじゃ、得られるものは無いんだぜ?」
「言ってることだけはカッコいいよね」
「へへ、数時間後にはもう、俺の両手はもうチョコでいっぱいになってるぜ!!」
そう言いつつ、フカヒレは勇んで校門へと駆けていった。
「カニはフカヒレにチョコやんねーのか?」
「一応5円チョコ用意したけど、あの臭いかいでやる気失せた」
…………………………………………
教室。
一部の女子はチョコを配っていた。
「ハイ、対馬君。チョコあげるネ。料理部のみんなで作たヨ」
「対馬! チョコやるでー! ホワイトデー、1000倍返しな!」
俺も何人かの女子から貰った。素直に嬉しい。
早くも男どもはうれしそうに微笑んでいるもの、負のオーラを発するものとに分かれていた。
「あ……? あ……? なぜだ? なぜ俺はチョコを貰えない? なぜだ?」
その原因の一端はお前から放たれている悪臭にあると思うな……。
「いーや、まだまだ1日は始まったばかり! 諦めたらそこで試合終了なんだ!」
「アイツ、まだ諦めてねーのか。さっさと諦めりゃーいいのにな」
「ま、それでこそフカヒレさ……。カニ、そういやスバルは?」
「オナゴに追い掛け回されて逃げ回ってる」
モテすぎるのも、考え物、か。
…………………………………………
「こ、これで、終わり!」
「ハーイ、ごくろうさま。アリガト」
「ありがとう、対馬君。助かったよ」
「ま、なんのこれしきですよ」
昼休み。
食後、姫と佐藤さんに頼まれて、俺は竜宮にダンボールを運んでいた。
中身は、姫宛てのチョコレート。
「これでしばらくお茶菓子には困らないわねー」
にしても、スッゴイ数……。女子なのに。
「それじゃあ、対馬クンにご褒美をあげましょうか。よっぴー、出して」
「うん」
「ご褒美?」
佐藤さんがバッグからなにやら取り出した。
「ハイ、コ・レ・あ・げ・る」
「いつもありがとう、対馬君」
2人から差し出されたのは、チョコ。
「え……、これを、俺に?」
「そ。いつも執行部とか頑張ってるからね。ご褒美」
「私とエリーで作ったんだ」
「あ、ありがとう!」
2人からの手作り……。マジで嬉しい。
「じゃあ、お茶にしましょうか。美容と健康のためには食後に一杯の紅茶よね。お茶菓子もたっぷりあるし」
「うん、対馬君も座って」
頑張ってれば、だれかが見てくれるんだな……。これからも頑張るぜ。
そのころ、スバルは逃走しており、フカヒレはいつのまにか姿を消していた。
…………………………………………
「対馬じゃないか」
「よお、ヒャッホウ!」
「もはや名前でもないじゃないか! 村田だ!」
放課後。廊下を歩いているとコイツと会った。
「対馬。お前は今日チョコを貰ったのか?」
「ああ、いくつかな」
「チッ、0だったら僕の12人の」
「スイマセン、お断りします」
「まだ最後まで言ってないぞ!」
「言わずともわかるわ! どうせならフカヒレに言ってやってくれればよかったものを」
「ああ……。僕がもう少し早く言っていれば止められたのかと思うと、胸が痛む。難儀だ」
フカヒレは自作自演がばれて、消えぬ汚名を手にしてしまっていた。
スバルはとうとうつかまり、紙袋6袋分のチョコを手にしてしまっていた。
「ところでお前は貰ったの? 西崎さんから」
「ななななななんでそこで西崎の名前が出る!?」
「どうなんだ? 貰ったのか? ん?」
「い、いや、ま、まあ、も、貰った、が」
「ニヤニヤ」
「お、おっと、僕は部活の時間だ。これから鉄先輩のチョコ争奪戦があるのだからな!」
まったく初々しいやつだ……。
…………………………………………
執行部。
みんないつものように仕事。
ただ1つ違うのは、フカヒレがいなかったくらいだが、もはやみんな誰も気に留めなかった。
仕事も終わり帰る。今日は俺が戸締りの番。鍵を祈先生に返しに行く。
「祈先生、鍵です」
「ハイ、ご苦労様です。……そうですわね、対馬さんにはこれを差し上げましょう」
「これは……、麦チョコですか。ありがとうございます」
「せっかくのバレンタインですから。これからも頑張ってくださいな」
役得、ってやつかな。
「ヘ、よかったな小僧。だが、調子に乗るんじゃないぞ。……ところで、乙女は我輩に何か用意してなかったか?」
「いや、まったく」
「貴様、こんなとこで長々と、何をしている? 鼠のように帰るか、我輩に突かれるか、どちらか選べい!!」
じゃ、帰る。
「……」
「じゃあな、椰子」
歩いていた椰子に声を掛ける。
「センパイ……。ちょうどいいか。センパイ、待ってください」
「? なんだ?」
「これをあげます」
「これは……板チョコ? お前が、俺に? しかもこんないっぱい……」
「マイマザーが店で配るやつを買い込みすぎまして……。今家がチョコで埋もれてるんです」
「それはそれは」
「誰かに引き取ってもらいたかったんですが……、センパイちょうどいいんで引き取ってください」
「フカヒレにあげたらよかったのに」
「フカヒレ先輩はキモイ勘違いをしそうなんで嫌です」
「俺ならいいのか」
「……やっぱあげません」
「待て待て! くれるんなら貰うよ。ありがとう」
「変な勘違いをしたら潰しますんで。それでは」
「ああ、じゃあな」
ぶっきらぼうに去っていく椰子。可愛げのないやっちゃ。
義理とはいえ、あいつが俺にチョコくれるとはね。入ったころと比べると随分進歩したものだな……。
「あ、つしまくん!」
お、西崎さん。
「こんにちは。今帰り?」
「これ、あげる」
これは……チョコ。
「あ、ありがとう」
ちょっとテレながらニコっと笑う西崎さん。
うーん……、こういう反応の女の子って可愛いよなあ。村田も幸せ者だ。
「じゃ、また明日」
「あ、ちょっと、ここで、まって、て」
そう言って西崎さんは、物陰へと入っていった。
「ちょ……りこ。なん……タシが」
「は、や、く!」
「なんでこういう時だけ強引なのよアンタは……」
あのチラチラ見えるツインテールは……。
「えいっ!」
「うわっ!」
飛び出してきたのは……。
「あ、つ、対馬……」
「近衛……」
冬風が、俺たちを撫でた。近衛のツインテールが揺れている。
「え、えと、その……」
「……なんだよ」
何か、近衛がたどたどしい。下を向いていて、顔も見えない。いつもものをはっきり言う近衛とは、別人みたいだ。
「う……、べ、別に何でも……」
そう言って踵を返そうとするが。
(ジーッ)
「う、紀子……」
物陰の西崎さんから物凄い視線を受けて、再びこっちを向く近衛。
「あ、あの、その」
「……なんだよ。何の用だよ」
「えっと、その」
何なんだ、いったい。
夕日が、俺たちを照らす。近衛が、顔を上げた。
「……こ、これを、あげるわ」
差し出されたのは。
「……これはチョコ? お前が、俺に……?」
また風が吹く。
「……え? マジ?」
「こ、ここここれは演劇部に配ってたやつで、そ、それが1つ余って、で、そ、そこに偶・然!
アンタが通りかかって、で、捨てるのももったいないから、仕方なく、アンタにあげるのよ! そ、それだけよ!」
まくし立てる近衛。……近衛の顔は、紅かった。それは、夕日のせいか。
「……」
「な、なんかリアクションしなさいよ!」
「近衛」
「な、何よ」
「ありがとう」
ジッと目を見て。
「ありがとう、嬉しいよ」
「あ、う……、い、言っとくけど、完璧義理、いや、義理以下よ! お、お情けよ!」
視線を外さず。
「それでも、嬉しいよ」
「あ、あ、う、あ……、ア、アタシ……」
──風が、落ち葉を舞い上げる。木が揺れて、唄を唄う。光が、2人を照らし──
パシャリ!!
いきなりフラッシュがたかれた。
「くーっ!(いい顔、ゲットですタイ!)」
「あ、あーっ! 紀子! 何撮ってんのよ!!」
「く!?(しまった、ついシャッターを切ってもうたですバイ!)」
「待ちなさい!!」
逃げる西崎さんと、追いかける近衛。あ、近衛がこけた。また、追いかけていって、いつしか視界から消えた。
「やれやれ」
前から思っていたが、近衛はこっちがマジになると弱いんだな。今のではっきりしたぜ。
今度から、この方法であしらえそうだな。
さて、帰るか。
……それにしても。
「……今日の近衛は、少し可愛かったな……」
…………………………………………
「カニめ……、ラッピングだけ立派で中身は安物のちっちゃいチョコじゃねーか」
昨日ドタバタしてたのはこれのせいかよ。つーかラッピングのほうが金かかってるだろ。
「レオー、降りてこーい」
「はーい」
乙女さんはテーブルについていた。俺も向かいに座る。
「何、乙女さん」
「レオ、今日は結構チョコを貰ったそうじゃないか」
「うん、まあ……」
「うん。それはいつもお前が頑張っているからだ。いつでも頑張っていれば、今日のようにこういう形で返って来るんだぞ」
「うん、そうだね」
「よし、そんなお前に、お姉ちゃんからもお前にチョコを用意した」
「もしかして、おにぎりにチョコが入ったやつ、なんてことはないよね?」
「はっはっは、そんなわけないじゃないか」
「そ、そうだよね」
「一応作ってはみたが、ひねりが無いからな」
作ったんですか。
「私のはこれだ!」
どん、と置かれたそれは。
「おお、大きいね」
これは、チョコ、つーか、塊。
「さあ、食べてくれ」
……大きい以外に変な点は見当たらないな。大丈夫そうか?
チラッと乙女さんを見る。
…………食わないと何されるかわからんな。
「じゃ、じゃあ、いただきマース。…………!? こ、これは……!?」
「逆に考えて、おにぎりをチョコでコーティングしてみた。斬新だろう?」
「あ、あ、甘……」
「どうした、照れるな照れるな、よし、食べさせてやろう。遠慮すること無いぞ、まだまだあるのだからな!!」
「うぐがあぁあああぁああああ!!」
こうして、例年よりも騒がしかったバレンタインは終わった。だが、騒がしい日は、まだ終わらないのである。
(作者・名無しさん[2007/01/07])
※関連 つよきすSS「獅子の白い1日」