「儂にサンタを?」

「はい、橘さんにこのようなお願いは
 まことに失礼だとは思いますが
 他に頼れる方も思いつけず……いかがでしょうか?」

竜鳴館館長・橘平蔵のもとを
古くからの知り合いである教会のシスターが訪れたのは
12月も半ばを過ぎた頃であった。

教会が運営する孤児院のクリスマス会で
サンタクロース役を務めるはずだった同じ教区の神父が
急な病で倒れてしまったのだという。

「儂のような無骨者でよろしければ、喜んでお引き受けしましょう」

平蔵は躊躇なくサンタ役を引き受けた。
普段頼み事をしてこないこのシスターがわざわざやってきたのは
よほど困った上でのことと承知していたからだった。

「まあ!ありがとうございます!
 ええ、大丈夫、橘さんならとても素敵なサンタさんになれますわ。
 後は衣装の準備ね、橘さんご立派な体格だから
 少しサイズを直さないとお召しになれませんわね」

「ふむ。この際、今からでも
 そちらにお伺いしてもよろしいかな?」

「それは助かりますけど、よろしいのですか?
 学校のお仕事もいろいろお忙しいのでは……」

「何、かまいません。では、参りましょうか」


平蔵は恥じた。己の不明を恥じた。
孤児院に着くまで、子供たちの暮らしぶりをなんとなく想像し
どんな遊びをしているか、自分がどんな遊び相手になれるかと
そんなことを考えていた。

実際には、誰一人遊んでなどいなかった。

ある子供は裏庭の菜園で働き
ある子供は鶏の世話をし、ある子供は洗濯をしていて
ほんの5、6歳程度の子供ですら
自分より小さな子供の世話をしていた。

「この孤児院は、みなさんの善意の寄付で運営されていますが
 こうして自給できるところは自給で賄い
 子供たちにも手伝ってもらって運営しています」

自然と厳しい表情になってしまっていた平蔵に
シスターが努めて明るく説明をする。
皆、生きるために働いているのだ。
まるで平蔵が子供だった頃の
いわゆる丁稚奉公のような暮らしぶりだった。

「さあ、橘さんはこちらへ。
 衣装を皆に見られないようにしないといけませんからね」

シスターの私室に通され、採寸をされている時に
平蔵は部屋の片隅に大きな布袋を見つけた。

「あれは、クリスマスのプレゼントですかな?」

「ええ、何とか人数分用意できました。
 当日は、これを橘さんに配っていただきます」


「失礼だが、中身を見せてもらってもよろしいですか?」

「は……はい。どうぞ」

ほんの少し躊躇いを見せてからシスターがうなずく。
平蔵はおもむろに袋の中身に手を伸ばした。

小さな体をさらに縮こまらせて
シスターがつぶやく。

「こんなつまらないものを配っていただくのは
 本当にお恥ずかしいやら申し訳ないやら……」

「……決してつまらないものではありませんし
 恥じねばならんのは、儂のほうです」

手編みのセーターやマフラー。厚紙でできた飾りもの。
廃品を再利用した手作りのおもちゃ。

おそらくはほとんど金のかかっていない
そしてその分だけ手間と労力がかかっているプレゼントが
シスターの愛情と一緒に袋に入っていた。

暖かく湿った感情とともに
腹立たしいような何ともいえない気分になって
平蔵は袋の口を閉じた。

何とかしたい。
何とかしなければ。

そして、そう思ったら必ず実際に何とかする。
それが、橘平蔵という人間だった。


12月24日。クリスマス・イヴ。
今日も子供たちが働く教会に
若い男女数名の来客があった。

「ごめんください。緑が丘カトリック教会はこちらですね?」

一行の中の輝くようなブロンドの髪の少女がにこやかにシスターに尋ねる。

「はい、そうですけど……どちら様、ですか?」

「私たち、竜鳴館生徒会のものです。
 今日は橘館長の依頼でこちらにお伺いしました」

「まあ、橘さんの教え子の方たち?
 それはどうも……
 あの、橘さんご本人は?ご都合がつかなかったのかしら?」

「いいえ、橘館長は必ず参ります。
 私たちはその準備のために参りました。
 レオ、子供たちを集めて。カニっちとなごみんはロープの設営。
 スバルくんとフカヒレくんはライトの設置よろしく」

てきぱきと指示を出していく少女に
唖然としていたシスターがおずおずと尋ねる。

「……あの、ライトとか何に?」

「準備です。サンタクロースを呼ぶための、ね」

「エリー、予定の時間だよ」

「OK、それじゃ、そろそろ始めましょうか!」


「皆さーん、こんにちはー!
 今日が何の日かは、知ってるわねー?」

中庭に集められた子供たちを前に並べ
少女がスピーチを始めた。

「そう、クリスマスイヴ。
 今日はサンタクロースが世界中の子供たちに
 プレゼントを配って回る日なの。
 世界中に配って回らないといけないから、サンタは大忙しね」

「……だから、ここにはこないの?」

一人の幼い子供がポツリとつぶやく。
一瞬、少女の眼が悲しげに曇るが
すぐに元の明るさを取り戻してまた声を上げた。

「さあ、どうかしら?
 ねえ皆、皆はサンタクロースに来てほしい?」

子供たちが顔を見合わせる。
ぼそぼそと何か囁きあう。
そして、一番年長らしい子供が代表するように答えた。

「サンタさんがお忙しいのなら、ボクたちはいいです」

少女の顔が悲しそうにきゅ、と歪んだ。
そしてまたすぐに持ち直す。

「そう……皆、いい子ね。
 でも!今日は特別に、少し早い時間にサンタさんが来てくれることになったの!
 だから、皆で呼んでみましょう!サンタクロースを!」


高いビルの屋上。
冷たい風の吹き抜ける中、一人の男が立っていた。
屈強な体を、白いエリのついた真っ赤な衣装で包み
長い髭と髪が風にあおられるのも
全く意に介さない風だった。
腕を組み、目をつぶり
じっと何かを待っている。

やがて、その眼がカッと見開かれた。

聞こえる。
自分を呼ぶ、子供たちの声が
乾いた風に乗って遙か遠く、眼下の町から。
最初はかすかに、やがて強く、ハッキリと。

男は傍らにあった布袋を肩に担ぐ。
自分がすっぽり入ってしまいそうなほどその袋は大きく
そしてぎっしりと何かが詰まっていた。

男が後ずさりを始める。

「誘導灯、確認!風向き、北北西3メートル!追い風です!
 館長……ご武運を!」

「うむ!」

傍らに控えていた少女が告げた声にうなずくと
男は目にも留まらぬスピードでフェンスめがけて走り出し
そしてビルそのものが揺れるほどの力でジャンプすると
フェンスを越え屋上から冬の空へと飛び出した。

「ぅうおおぉぉぉ!」


『サンタクロース!』『サンタクロース!』

子供たちは呼び続けていた。
待っていた。本当は、子供たちは待っているのだ。
サンタクロースが来てくれることを。

たとえどんな形であっても
たとえどんなささやかであってもいい。
自分たちが、見捨てられたわけではないと
まだ誰かに愛されていると、教えてほしいのだ。

「OK、乙女センパイ……
 みんな、サンタクロースを呼ぶのはもういいわ!
 それより、そろそろサンタがやってこないか
 耳を澄ませてごらんなさい!」

少女がかかってきた携帯電話で誰かとの通話を終え
子供たちに呼びかけをやめさせる。
キョロキョロとあたりを見回す子供たち。
少女はといえば、残りのメンバーに
慌ただしく指示を出し続けている。

やがて、一人の子供が空を見上げた。

「……なんか聞こえない?」「えー?」「どこからー?」
「ほら……上から、なんか……声が」

子供たちが一斉に空を見上げ、耳を澄ませる。
その見上げた空の彼方から
遠い雷のような声が、確かに聞こえた。

『……んんむぅぅぇぇえええるぃぃぃぃぃいいいいいい!!』


ズドォーン!!!

冬の空を突き抜けて
冷たい風を切り裂いて
それは空からやってきた。

着地の衝撃で立木を揺らし
もうもうと土埃を巻き上げて
それは孤児院の中庭に降ってきた。

やがて静まりはじめた土埃の中で
一つの、赤い人影が身を起こす。

「めるぃぃぃぃぃ!
 くりぃすまぁぁぁーーーす!!」

着地の衝撃に勝るとも劣らない大音声で
窓ガラスをビリビリと震わせて
赤い人影がおかしなアクセントで叫ぶ。
呆気にとられていた子供たちの間で
やがてささやき声が漏れ始める。

「……サンタ?」「……サンタだ」「……空から?」

ポカンとしていた表情に、驚きと、興奮と、喜びが混じり始める。

「サンタだ!」「サンタクロースだ!」「降ってきた!サンタが空から降ってきた!」
「スゲー!サンタ、スゲー!」「サンタクロース!サンタクロース!」

子供たちが張られたロープを乗り越えて、サンタクロースに駆け寄っていく。
子供たちの興奮のるつぼの中で
サンタクロースもまた、嬉しそうに笑っていた。


「先日は、本当にありがとうございました。
 子供たち、まだサンタクロースの話ばかりしてるんですよ」

「……ちょっと、登場が派手すぎましたかな」

数日後。
再び平蔵の元を訪れたシスターが
孤児院の状況を教えてくれる。
照れくさそうに、ぽりぽりと頭をかく平蔵に
シスターはにこやかに笑いかける。

「いいえ。貴方は、私があの子たちに与えられなかった
 大事なものを与えてくれました。夢、を」

「はて?生徒たちが各家庭から勝手に集めた
 使わなくなった物などはプレゼントにして袋に入れてありましたが
 そんな素敵なものを儂には送れたものかどうか……」

まだ照れている平蔵にシスターがさらに追い打ちをかける。

「今、子供たちが大きくなったらなりたいもののトップは
 『サンタクロース』なんですよ。
 皆、大きくなったらサンタクロースになりたい、ですって」

「あー、ウホン!これは、お借りしていた衣装です。お返しして……」

「橘さん……よろしければ、それはお持ちになっていてくださいませんか?」

拒む理由はなかった。

この年から、松笠ではサンタは空から降ってくる。いい子にしていれば、きっと貴方のところにも。


(作者・名無しさん[2006/12/30])


※関連 つよきすSS「聖夜に駆ける赤い風


Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!