『――事件の現場、松笠の竜鳴館学園の前からお送りします。
本日、二十四日の午後、竜鳴館に銃器で武装した十数人のグループが侵入、
多数の生徒や教員を人質に立て篭もりました。
竜鳴館は既に冬期休暇に入っていますが、
部活や補習のために多くの生徒や教員が登校しており、
当時校舎内にいたほとんどが人質にされてしまったようです。
犯人グループは、警察やマスコミ各社に対し、犯行声明分を発表しています。
その内容を読み上げます。

“我々は、校内にいる竜鳴館関係者を人質として、ここに要求する。
竜鳴館館長・橘平蔵は、本日二十四時までに、竜鳴館グラウンドにて自決せよ。
これが成されない場合、人質は全員、殺害する”

以上が声明の全文です。グループ名などはなく、彼らが何者なのかは未だ判っておりません。
警察の発表によると、人質はいくつかの教室に分けられていて、
それぞれに数人の見張りがいるようです。
そのため、無理な救出作戦では人質が危険に晒される恐れがあり、
また交渉の窓口もない事から、解決の目処は立っておりません。
なお、声明文に出てくる橘平蔵氏の所在については、
冬期休暇開始直後から松笠を離れている、という事以外、何も判っていないそうです。
事件発生から既に数時間、人質の安否が気遣われます。
以上、現場からでした』


携帯電話のディスプレイに映し出された男性アナウンサーを睨み付け、
目出し帽を被った男が舌を打つ。

「チッ…橘のジジィ、来ねーとよ」
「そう焦るなって。時間はまだあるんだ」


なだめるのは、マスクとサングラスを着用した男。
二人とも、右手には小型の拳銃を握っている。
ここは竜鳴館の美術室。
コンクールの〆切りに間に合わせるため、五人の女子生徒が顧問の指導の下、
キャンバスや石膏に向かい合っていた。
そこに乱入したのが、二人の男。
たった二人とは言え、銃器を持った屈強な男達に立ち向かえる訳がなく、
六人は教室の隅で震える事しか出来なかった。

「チッ…退屈で仕方ねぇ。暇潰しに女子校生でも犯すか。
おい、そこの巨乳。死にたくなかったらパンツ脱げ。
いいか!脱ぐのはパンツだけだ!間違ってもスカートは脱ぐなよ!!
もう一度言う!パンツを脱ぐのは許可するゥゥゥゥゥ!!
しかしスカートは許可しないィィィィ!!!」

銃口を一人の女子生徒に向け、目出し帽が凄む。

「ヒッ…!?」

青い顔の女子生徒は、突き付けられた凶器と狂気が理解出来ず、呼吸困難に陥ってしまった。
口をパクパクとさせるだけで一向に行動を起こさない女子に、
目出し帽が更なる怒声を上げようとした、その時。

「まって!」

男と女子の間に、美術部顧問が両手を広げて割り込んだ。

「わたしが、かわりに、ぬぎ、ます!」
「西崎、先生…」

息も絶え絶えに、かばわれた女子生徒が顧問の名を呼ぶ。
西崎紀子は肩越しに微笑み返してから、正面に向き直り、目出し帽の男をキッと睨み付けた。


「だから、この子たちには、手を出さないで!」
「へぇ〜、いいねぇ、教師の鑑だねぇ。しかも巨乳でスカート。
しかし、パンストか…脱がすか、自分で破くか…ぬぅ…
すまん、ちょっと考えさせてくれ」

拳銃を向けたまま、目出し帽が唸り声を上げて首を傾げる。
その間も手を下ろさず、睨み続ける紀子の背中へ、女子生徒が涙声を掛けた。

「ごめんね、先生…私の代わりに…」
「だい、じょうぶ。みんなは、わたしがまもる、から。
それに、ね」

言葉はたどたどしいが、その声に怖れはなく。

「せんせいは、しんじてる」

細い体は震えているが、瞳の輝きは揺るがない。

「クリスマスには、きせきが、おこるよ」

葛藤に決着が付いたのか、目出し帽の男が口を開きかけた、刹那。


美術室に、赤い風が吹いた。


開け放たれた窓から、真冬の夜気が流れ込む。
床には、二人の男が伸びている。
その傍らに立つのは…

「さんたく、ろーす?」


赤い帽子。赤い服。赤いズボン。そして、白くて豊かな髭。
恰幅がいいとは言えず、大きな袋も持っていないが、見た目は確かにサンタクロースだ。
音もなく窓から侵入したサンタは、男二人に断末魔を上げる暇すら与えず仕留めてしまった。
人質だった生徒達は、この状況を飲み込めずに目を白黒させるばかり。
サンタは室内を見渡し、他に見張りがいない事、人質に怪我がない事を確認すると、
廊下に繋がるドアへと駆け寄った。

「まって!」

紀子の叫びに、サンタが足を止める。

「よー、へー?」
「…メリークリスマス、西崎」

振り返らずにそう呟いて、サンタは廊下へ飛び出していった。


時は同じく、所は変わり、竜鳴館・道場にて。

「大丈夫か、えーと…久遠寺?」
「その間違い方、ひどくない!?村田だ、村田洋平!
…っと、こんな事をしている場合じゃ…グッ!?」

立ち上がろうとした洋平が、苦悶の表情で蹲った。
白い拳法着に身を包んでいるが、右大腿の部分だけが赤く染まっている。

「無理すんなって。足、撃たれたんだろ?」

心配そうに眺めるのは、やはりサンタクロース…の格好をした、若い男。
白い付け髭は既に外してあるため、洋平はこのサンタの正体を、既に悟っていた。


「…隙を見て取り押さえようとしたんだが、気付かれてこのザマだ。
しかし、弾は抜けているし止血もしてあるから問題ない。後は気合でなんとかなる!」
「流石、竜鳴館で体育教師をやってるだけあるな。
でもさ、そんなに焦らなくていいって。
…ん、もしかして、誰か気になる人が校舎にいるのか?」
「ににっ、西崎は関係ないだろう!?俺が心配なのは生徒達でだな!!」

自ら『西崎』という名を絶叫する洋平に、サンタがニヤリ、と嫌らしく微笑む。

「ああ、西崎さんね。そう言えば、美術教師だったっけ。
相変わらず、不器用な生き方してるんだな…アナスタシア?」
「日本人ですらなくない!?村田だ!村田洋平!
…まったく、お前も相変わらずだな、対馬」
「おぉっと!今の俺は『鉄(くろがね)レオ』だぜ?
それに、あの頃よりは結構成長したと思うけどな」
「そうだったな…うん、そうだ。貴様は、強くなったよ」

洋平が視線を向けた先では、武装した男達が泡を吹いて転がっている。
負傷しながら、なおも隙を狙っていた洋平の目でも、何が起こったのか捉え切れなかった。
どうにか認識出来たのは、赤い何かが道場に入ってきた事だけ。
気が付けば、拳銃を構えていたはずの男達が床に伏せ、
代わりにサンタの格好をした何者かが立っていたのだ。
間もなくサンタが号令を掛け、人質だった拳法部員達は道場の外へと逃げ出した。
当分の間、意識がお花畑から帰って来なさそうな男達はいるものの、
道場内は実質、サンタと洋平の二人きり。
足の負傷と、正体不明のサンタへの警戒で動けない洋平の前で、
「ま、お前なら黙っててくれるだろ」と付け髭を外すまで、
洋平はその人物がかつてのライバル、レオだと気付けなかった。
悪党達の傍らに佇むレオの背中は、かつてリングで拳を交わした男のものではなく、
どう足掻いても勝てそうにない、武道を極めし漢のものに見えたのだから――


「しかし、それとこれとは話が別だ。
俺には竜鳴館教員として、生徒達を救いにいく義務があるんだ」

まだ校舎には、銃器に怯える人質が大勢残されているはずだ。
そして、今日は美術部も、顧問の指導の下で活動を…
痛みを堪え、再び立ち上がろうとする洋平を、レオが苦笑して押し留める。

「だから、もういいっての。校舎はあの人に任せておけば。
…今宵のあの人は怖いぞー?
姫の呼び掛けで、かつての生徒会の面子が集まってクリスマスパーティーを開いてたんだが、
その最中にニュースを見て、飛び出して来たからな。
ケーキがオアズケになって相当気が立ってた。
正直、俺も事が終わるまで近付きたくないのでここに居させて下さいオネガイシマス」
引き攣った笑顔の表面に、見て判るほどの脂汗を浮かべるレオ。
更には、体も震えている。暖房がよく効いている道場内だ、寒さの所為ではないだろう。
「あの人?…まさか、あの人って、あの人?」
「そ。クール…いや、ホットでイナセなあのお人」


竜鳴館を、赤い風が吹き抜けた。
闇を裂き、遍く教室を渡り。
肉を切り、骨を断ち、時には臓物さえも砕きながら。
人質には、聖夜の奇跡を与え。
悪党には、正義の鉄槌を下す。
風の名は、鉄乙女。
歴代最強、古今無双の風紀委員。


人質だった者達が、校門目掛けて我先にと駆けていく。
入れ違いに、紺色の服を着た人々が校舎へと押し寄せる。
その様子を記録しようと、カメラのフラッシュが瞬き続けている。

「…ふぅ」

屋上のフェンスの傍から下界の喧騒を眺め、乙女が軽くため息を吐いた。
それを臨戦態勢の解除だと判断したレオが、背後から恐る恐る声を掛ける。

「乙女さん、お疲れ様」
「来たか。道場の方はどうだった?」
「顧問の村田が名誉の負傷。でもまぁ、大した事はなさそうだったよ。
他に怪我人はいないし、俺も無傷であります!」

事件の解決と、乙女の態度に安堵して、微笑みながら敬礼をするレオ。
それに対する乙女は、同じく微笑んではいるものの、気配に憂いを帯びている。

「私も、美術室で西崎と会ったよ」
「へぇ、やっぱりいたんだ。村田が心配してたから、俺も気になってたんだ」
「なぁ、レオ。私は、男に見えるか?」
「…は?」

突拍子もない質問に、レオが上手く切り返せないでいると、
まとわりつく何かを払うように、乙女が軽く首を振った。

「いや、なんでもない。…全部、この格好が悪いんだ。
正体を悟られないためとはいえ、何故私がこんな格好を…
さっさと帰って、着替えるぞ。返り血も臭くて敵わん」
「か、返り血!?気絶させるだけでいいのに?それって大丈夫なの?」
「心配するな。鮫氷には洗って返すさ。
まったく、怒りで八つ当たりとは、私もまだまだ未熟だな」
「いや、俺が心配なのは…」


犯人達の命だよ、と言い掛けたレオを置いて、乙女がフェンスから距離を取った。
それを助走の準備だと悟ったレオは、慌てて乙女を追い掛ける。

「警察やマスコミに捕まる訳にはいかないからな、跳ぶぞ。
――――付いて来い!」

再び風になろうとする赤い背中に、軽くため息。
それでもすぐに満面の笑みとなり、力強く答える。

「わかった、付いていくよ」

貴女が、背中を任せてくれる限り。
どこまでだって、付いていく。
何とだって、戦える。
…貴女以外となら、ね。
心の中でそう付け加え、レオは脚に力を込めた。



そして、二つの赤い風が、聖夜の松笠を駆け抜けた…



181
名前:聖夜に駆ける赤い風
投稿日:2006/12/30(土)
11:24:44
ID:Rit0ad6C0 『………昨日発生した“松笠・竜鳴館立て篭もり事件”は、
怪我人を出しつつも、謎のサンタクロースの活躍により、解決に至りました。
犯人のほとんどが意識不明の重体ですが、一部軽傷の者もいるため、
容態が落ち着き次第、事情聴取が始められる模様です。
なお、警察は乱入したサンタクロースについても、
立て篭もり犯への傷害、あるいは殺人未遂の容疑で捜査を進める、としていますが、
手掛かりは乏しく、正体解明は難航を極めそうです。
また、竜鳴館周辺の住民から、事件解決前後、
屋根伝いに空を往くサンタクロースを目撃した、
との証言が多数出ていますが、事件との関連性は不明です。
…続いてもう一つ、別のサンタクロースにまつわる話題です。
ここ数年、恒例となっていますが、クリスマスである今朝、
北は北海道から、南は沖縄までの日本全国各地の児童養護施設で、
プレゼントの詰まった大きな袋が相次いで発見されました。
昨年までと同じく、幾つかの施設では、サンタクロースの格好をした大柄の男性が、
袋を残して去っていく姿が目撃されています。
このプレゼントに、施設の子供達は「サンタクロースが来てくれた」と大喜びです。
サンタの正体に関しては、各施設を一晩で行き来するのは物理的に不可能なので、
志を同じくする複数のボランティアが行っているのではないか、との説が有力ですが、
「顔に傷があった」「野太い声で『めるぃぃぃぃぃ』と叫んでいた」等、
目撃証言があまりに似通っており、施設の職員達でさえ、
「実は同一人物の仕業で、本物のサンタクロースではないか」と首を傾げています………』


(作者・名無しさん[2006/12/30])


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