朝起きる。いつものように起きて、気合を入れて髪を整える。
髪は乙女の命。中途半端は許されない。
鏡の前でにっこりと笑顔。うん、いい感じ。
朝ごはん。食パンにたっぷりとピーナッツバターをつけて、豆乳とともにいただく。
うん、力がみなぎってくる。
今日は10月10日。アタシの誕生日。
とっても嬉しい日。
そして、悲しい日。
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登校。
秋も深まりだして、枯葉が道に積もっている。
さくさくとする音が妙に心地いい、秋晴れの日。
クラスメート達が寄ってくる。
「おはよう近衛。誕生日、おめでとう」
「おめで、と」
「ナオちゃん、誕生日、おめでとう」
祝いの声をかけてくれる。
とっても嬉しい。いい気分。
「対馬、おめでとさん」
! ……対馬。
アタシと同じ日に生まれた、あいつ。
でも。
ほんの数十歩しか離れてないのに、それがとても遠く感じる。
「近衛、誕生日おめでとう」
鉄先輩。
憧れの鉄先輩から、祝ってもらったのに、どこか心が沈んでいる。
やっぱり今日は、悲しい日。
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放課後になった。
誕生日といえど、当然部活はある。
こういうときだからこそ、もっと気合を入れねば。
部室に向かう。
あ。
対馬。
向こうも気がついてるはずなのに、目を合わせようとしない。バカ。
まただ。心が沈みだしてる。
……わかっている。アタシは、あいつに祝ってもらいたいんだ。
そして、あいつを祝いたいんだ。
でも。
たった一言でいいのに、一言でいいのに。
その一言が、口から出ない。
畜生。
でも1番バカなのは、アタシ。嫌になる。意地っ張りな自分が、嫌になる。
でも。
あの時から、毎年そう。この1日が終わるまで、悲しい思いをしている。
そんな思いをするのは、もっと嫌。だから。
「……対馬」
搾り出すように、声を出す。
あと少し。
そう、その調子。一言でいい、一言でいいのだから。
今だけ、意地っ張りな自分を抑えて、心のままに。素直に。
「つし」
「対馬君!」
え?
「もうみんな待ってるよ。早く行こうよぅ」
この声。佐藤さん。
あ、対馬……。行っちゃった。
…………バカ。
やっぱり今日は、悲しい日。
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部活が終わった後、みんなが祝ってくれた。
村田や紀子、鉄先輩も来てくれて、ささやかだけど、楽しい時間を過ごせた。
楽しい時間は過ぎるのが早い。
もう暗くなっている。
家に帰れば、親がケーキとご馳走を用意してくれている。
早く帰ろう。
……え?
今のは。
見間違いかな。でも、確かに。公園に入っていった。
アタシは、公園内に足を進めた。
……いない。やっぱり見間違いか。
こんな見間違いをするなんて。なんだかいっそ笑えてきちゃう。
ふう、と溜め息をついて空を見上げる。
きれいな月ね……。
誰もいないみたいだし、叫んじゃおっかな。
「あ……」
見間違い、じゃない。
対馬。
いた。本当に、いた。
これって、運命、かな? それとも、ただの偶然?
いや、そんなのどっちでもいい。
これが、最後のチャンス。
言おう。一言、言おう。おめでとう、って。
心臓の動きが早くなってる。体が熱くなってる。
足が震える。のどがカラカラだ。口の中が乾いてる。
対馬が近づいてくる。行っちゃう前に、早く。
素直に、素直になって、ただ、一言。
対馬、誕生日、おめでとう、って!!!
……………………ハァ。アタシの、バカ。
風が、冷たい……。
「Happy birthday」
え?
今。聞こえた。
聞き間違いじゃない。確かに、耳に、体に、心に、響いてる。
対馬の声。
瞬間、アタシの心が弾けた。
「対馬!」
体の底から。心の底から。
自分の素直な気持ちを、想いを、対馬にぶつける。
「誕生日、おめでとう!」
聞こえたかな? 伝わったかな?
あ。
手を上げてくれた。右腕を軽く。
聞こえてた。伝わってた。
振り返りはしてくれないけど。それも対馬らしい。
なんだか、とってもいい気分。
さ、早く帰ろう。
今日は10月10日。
アタシの誕生日、対馬の誕生日。
今日は、とっても、嬉しい日。
(作者・名無しさん[2006/11/17])
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