「起きろ、レオ。朝だぞ」
朝。乙女さんに起こされて、眠い目を開く。いつもの光景だ。
でも、今日は少しばかし違っていた。
「誕生日おめでとう! レオ!」
パァン! とクラッカーが耳元で鳴る。
そうだ、今日は10月10日。俺の、誕生日だ。
「さあ、起きろ。せっかくの誕生日に遅刻して怒られたくは無いだろう?」
乙女さんの声に押されるようにして身支度を済ませる。
「今日は盛大に祝ってやるからな。朝はまあ、さしあたってこれぐらいで我慢してくれ」
降りてきた俺の目の前には、てんこ盛りのおにぎり。……朝からコレを全部食えと?
まあでも、その心遣いがうれしい。クラッカーまでわざわざ用意して……。乙女さんらしい。
「なあ、レオ」
食べていると、唐突に乙女さんが話しかけてきた。
「今日はお前の誕生日だが、もう1人誕生日の奴がいるんだ」
俺は、心が一瞬だけ凍りついたのを自覚した。
「近衛もお前と同じ誕生日なんだ」
そう、アイツも。俺と同じ日に生まれた。
でも、ただそれだけ。
「だから、一緒に祝わないか?」
乙女さんは俺とアイツの不仲を知っている。だから、だろう。……でも。
前々からクラスメートが祝う準備をしてくれている。それをいきなり計画変更ではみんなに悪い。
それに、アイツにも予定とかあるんじゃないか?
もっともらしい理由を並べる。でも、本当の理由は。
……俺は、アイツに会いたくないんだ。
「……そうか、そうだな。いや、すまない。急にこんなことを言って」
心底申し訳なさそうに、乙女さんが謝ってくる。
ああ、そんな顔をしないでくれ。こっちが悪いことをしたような気分になる。
……俺は今、どんな顔で乙女さんに向かっているのだろう。
ただ、同じ日に生まれた、それだけの、偶然。……嫌な偶然だよ、まったく。
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「よっ、誕生日おめでとう、レオ」
「オメーもまた1歩死に近づいたな」
「今日はオレの全てを懸けて祝ってやるからな」
登校。
幼馴染達が三者三様の祝いの言葉をかけてくれる。
……1人バカがいるが、まあカニなりの祝いなのだろう。多分。
「対馬君、おめでとネ」
「対馬、おめでとさん」
同級生達も祝いの言葉をかけてくれる。
さわやかないい気分になる。今日1日、こんな気分で過ごしたいものだ。
「ナオちゃん、誕生日、おめでとう」
ふと、後ろからそんな声が聞こえたような、気がした。
……振り向くな。俺には関係無い。
話したところで、お互いが、憂鬱な気分になるだけなのだから。
自分に、そう言い聞かせる。
言い聞かせる? それはつまり、アイツを意識しているのか? 俺は、アイツに……。
……やめよう。考えるのはやめよう。
「どうした、レオ? なんか考えてる風だけどよ」
なんでもない、と告げ、前を見て、歩き出す。
そうだ、せっかくの誕生日に、憂鬱になるようなことを考えたくは無い。
今日は、みんなが祝ってくれる。ただ、それだけでいい。
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放課後になった。
今日はみんなとカラオケで盛り上がる、そういう予定だ。
もう、みんな校門前に集まっているだろう。
急いで祈先生から頼まれた所用を終わらせる。ついでに駄菓子を貰った。
校門に急ごう。
だが、その時、前から最も会いたくない人物が歩いてくるのに気がついた。
……最悪だ。嫌な偶然とは、連鎖するらしい。
こちらに向かってくる、ツインテール。向こうもこっちに気がついたようだ。
お互いの距離が縮まる。でも、目は合わせない。
このまま、すれ違ってしまえば、いい。
「……対馬」
瞬間。思わず足が止まった。
……聞こえた。確かに、聞こえた。アイツの声。
心臓が、大きく跳ね上がるのを自覚する。そして、俺は、立ち止まって。
「つし」
「対馬君!」
あ。
「もうみんな待ってるよ。早くいこうよぅ」
佐藤さん。
俺はそのまま、佐藤さんに引っ張られて、その場を後にした。
……アイツは、何か俺に言おうとしていた。何を言おうとしていたのだろう。
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クラスメート達とのカラオケは大いに盛り上がった。
プレゼントをくれる人もいたりして。本当にうれしい。いい日だ。そして、時間が来たので解散。
「じゃあ、俺らは先に行ってるからよ」
「うまいメシ作ってやるからな」
「今夜はトコトン盛り上がるぜー」
幼馴染達は一足先に俺の家に帰って、2次会の準備。
俺たち4人に、今年は乙女さんが加わっての宴会。
……疲れそうだな。でも、こんな疲れなら大歓迎だ。
準備が整うまで少しかかるだろうから、のんびりと帰路につく。
……少し、公園にでも寄っていくか。
海風が少し寒いだろうが、カラオケで溜まった熱気を冷ますにはちょうどいい。
公園には人気は無かった。もうこの季節になると暗くなるのも早い。
……いい月だ。満月ではないが、それでもきれいな月だった。
月は人の心を狂わせるというが、この月を見てるとそれもわかる気がする。……俺も詩人だね。
これならずっと眺めていられるような気がする。
しかし10分も眺めていると首が痛くなる。月も雲に隠れたし。
……そろそろ行くかね。
そう思い、足を公園出口に向けた。
「あ……」
! ……近衛。
……こうまで続くと、作為的なものを感じるな。
どうにせよ、俺には何の関係も無い。話すことも無い。わざわざ憂鬱になるつもりも無い。
早くこの場を離れて、みんなの待っている所へ行こう。
歩を進める。目を合わせず。すれ違えば、もう目に映らない。
ふと、また月が目に入った。
…………月は、人の心を狂わせる、か。
距離が縮まる。立ち止まっている、近衛の横を通る。
風が吹いた。
「Happy birthday」
…………聞こえたのかね。
もう何も言えない。月もまた、雲に隠れてしまった。
今はこれが精一杯、だ。早く家に戻ろう。
「対馬!」
後ろから俺を呼ぶ声。どうやら、聞こえてたようだな。
「誕生日、おめでとう!」
……んなでかい声で叫ぶな。恥ずかしい。
でも、いい気分、かもしれない。少なくとも憂鬱ではない。
振り返りはしないけど、応えておこう。アイツは目がいいはずだから、見えるだろ。
明日は、挨拶くらいしようかな。
とりあえず感謝しとこう。
この場で会えたことと、近衛と同じ日に生まれたことへの、偶然に。
(作者・名無しさん[2006/11/17])
※関連 つよきすSS「What a wonderful birthday」