「あ、鉄先輩、実家に戻ってるんだ」
「ま、夏休みだしな」
いつもの近衛とのデート。俺たちは長い長い遠回りをしたが、夏休みに入ってすぐ、めでたく結ばれた。
かといって、別に特別なことをやるわけでもなく。
適当に店を見て回ったり、映画を見たり、ゲーセンで遊んだり。
ただそれだけだけど、楽しく、幸せな時間。
その時間の積み重ねは、間違いなく、お互いの想いをも積み重ねていった。
だが、いかに想いが強かろーが夏の暑さを軽減できるわけも無く、むしろ増大させるわけで。
今日はしこたま暑いので、適当なカフェに入ってダベっていた。
「久しぶりに1人暮らしを満喫できる、ってわけさ」
乙女さんが来たのは5月後半だから……、約3ヶ月ぶりか。なんか時間のたつのはあっという間だな。
と、近衛を見ると、なんか難しい顔をしている。
「どしたよ?」
「ちゃんと生活できるの? アンタはだらしないからね。心配だわ」
「ぬ、あんま俺をなめるなよ? 大体乙女さんが来るまでは1人でやってたんだし」
「じゃあ、食事とかどうするの?」
「……持つべきものは親友だぜ?」
「伊達君、陸上部の合宿に行ってるんじゃなかったっけ?」
……そういえば、そんなこと言ってたっけ。
「まあ、最近はコンビニ弁当もいろんな種類が出てるらしいぞ?」
「ハァ……、まったく……」
呆れられた。
にしてもアテにしていたスバルがいないとは……。しゃーないがしばらくジャンクな食生活になるか……。
「しゃーないわねえ。アタシがアンタの世話してやるわよ」
「……は?」
「だから、アタシがアンタの家に行って、アンタの世話する、って言ってんのよ」
「……いいの?」
「鉄先輩からアンタを頼む、って言われたしね。それに……」
「? それに?」
「か、彼女、だし……」
「……!」
反則だぜ……。顔を赤くして、上目遣いでそんなこと言われたら。
「お願いします」
考える前にそう言っていた。
「そ、そう。じゃあ、明日、対馬の家、行くから」
「ああ」
まあ、近衛は料理できるし、これで俺の食生活は保障されたな。
…………………………………………
翌朝。
ピンポーン。という音に起こされた。
「あうう……」
フラフラと玄関へ。
「ハイ?」
「おはよう、対馬」
眠い目の中に飛び込んできたのは、朝のさわやかな風に揺れるツインテールだった。
「……近衛?」
「アンタ寝起きね。無駄に寝てると人生損するわよ? コレ正論」
「……ってまだ8時半じゃねーか!」
「もう8時半よ。まったくホンットアンタはだらしないわねえ。今日から世話してあげるから覚悟しなさい、
って何寝てるのよ! 起きなさいっ、コラ!」
「……もう少し寝る」
「起ーきーろー!」
15分の激闘の後、結局俺は起きることにした。
「にしても朝一近衛は頭に響く……」
「何ワケのわからないこと言ってんの。ハイ、朝ごはん」
ぬ、サンドイッチか。
「わざわざ作ってきたのか」
「まあこれぐらいは軽いものよ」
「……一応聞くけど、何をサンドしたの?」
「もちろんピーナッツバターよ」
やっぱりか。まあ、パンには合うからいいけどね。
「その豆乳もわざわざ買ってきたのか?」
「朝はこれじゃないと調子でないのよ」
朝食終了。
「じゃ、洗濯しちゃうから、洗濯物だして」
「へーい」
洗濯物をもって洗面所へ。
「洗濯機の使い方はわかるな?」
「ええ、ウチのとは機種が違うけど、大丈夫」
これが乙女さんだったら、洗濯板を使い出しかねないな……。
「じゃ、任せたぜ。部屋にいるから何かあったら呼んでくれい」
「ハーイ。…………対馬、こういうのをはくのね」
「ん、何か呼んだか?」
「な、なんでもないわよ!」
怒鳴られた。
…………………………………………
あっといけね、ベッドで横になってたら寝ちまってた。(←結局2度寝)
近衛は……、まだ洗濯してんのか? 1階に下りてみよう。
「おお……」
なんか心なしか床とか壁とか綺麗になっていた。
「あ、対馬」
「お前、掃除してたの?」
「ウン、この家、基本的には綺麗なんだけど、チョコチョコ汚れてるとことかあったからね」
「そういや乙女さんが実家に行ってから1度も掃除してなかったな」
「アンタねえ、自分の住む家でしょうが。掃除くらいきちんとしなさいよ」
「まあ、それはいいとして」
「よくないわよ」
「お前、意外と家事スキル高いのな」
「意外は余計よ、トサカにくるわね」
「でもあれだな、ここまでしてもらうと、何か悪いな」
「恩を感じる必要なんてないわよ。その、か、彼女なら当然よ」
「そ、そうか」
「ま、まぁでもアレよ。どうしても、って言うならキスしてくれてもいいわよ」
「いや、朝っぱらだし、我慢するよ」
「我慢は体によくないわっ!」
コイツは……。
「したいならしたい、ってハッキリ言いなさい!」
「その言葉、そっくり返す」
「う……じゃあ、して……」
「何をしてほしいの? ハッキリ言わないと伝わらん」
「ぐ……この野郎……。……………………キス……して」
「よーし、よく言えた」
「アタシは子供かっ!」
「スマン、ちょっとからかってみたくなったんだ。俺もキスしたい」
「だったら最初からそう言いなさいよ。恥かかせてさ」
「お前の照れる顔は可愛いんだよ」
そう言って、近衛を抱き寄せる。
「しゃーないわねぇ」
近衛が目を閉じる。
「……ン」
…………………………………………
ずっと家に閉じこもってるのも健康に悪いので外に出ることにした。
「昼はオアシスで食うか」
「ええ、それでいいわよ」
「顔真っ赤」
「誰のせいよ! 1時間近く離さなかったじゃない」
「そりゃお前もだ」
なんか俺たちバカップルの素養があるのかもな。気をつけねば。
雑談しながらオアシス到着。カニは旅行中なのでいない。
「イラッシャイマセー! ご注文ドゾー!」
「きのこカレー中辛」
「きのこカレー、オッケー、オッケーだ! ツインテール! 注文ドゾー!」
「海軍カレー中辛、ミルク多めで」
カレーが来るまで適当に雑談。
「この店、結構おいしいのにあんまり人がいないわよねえ」
「やはりこの夏の新メニューは失敗だったようだな」
・メロンカレー
・チャーハン
・アイスカレー
・カレーシェイク
「なんか方向性を間違ってるよな」
「あ、ピーナッツバターカレーなんてどうかしら!」
「微妙だと思う」
「おいしいと思うけどな」
「なぜにそこまでピーナッツバターに……」
「だからこの髪型にしてるとピーナッツバターがほしくなるのよ」
ツインテールか? そのツインテールはピーナッツバターでできてるのか?
「これさえ食べればツインテールもバッチリ決まる! 魔法のカレーができましター!
ホーレ、理屈はいい、とにかく食えヤ!」
「店長、その歌どのくらいバリエーションあるの?」
「鋭意製作中デース! 今、6曲できてマース! 聞かせましょうカ?」
「いや、いいです」
…………………………………………
外に出てみたものの、夏の暑さに耐え切れず買い物をして帰宅。
まだ夕食の準備には早いので、将棋を打つことにした。
……対局前……
「フフン、アタシは学年で15位の頭脳よ? アンタには負けないわよ」
……15分後……
「ほれ王手」
「うぐ、まだ逃げられる。……アンタ結構強いのね」
「伊達に帰宅部やってないさ。ほれ、もうすぐ詰むぞ」
「ぐ、このままじゃ負ける……」
「フフン、俺の勝ちだなこりゃ、イェーイ」
「フ、フン。こんなゲームくらいで勝ってもそんなに……」
「イェェェェイ!!」
「ぐっ! トサカきた! こんなときは、オヤツに買ったピーナッツバターパンを食べるのよ」
近衛はおもむろに、さっき買ってきたパンを食べ始めた。
「もぐもぐ……ごくん」
なんだか面白いので俺はその光景を微笑ましく見つめる。
「ピーナッツバターが補給された! 頭が冴えた!」
何か近衛の頭上に電球が光った気がした。
「よしっ……閃いたわ! アタシの勝ちよっ!」
「ハッ、どうしたってこの状況は……、なにぃ!?」
近衛の放った一手は、見事に状況を一変させた。
「ゲッ、マズッ……、うは、詰みだ」
「あはは! やったぁ! イェーイ! イェェェーーーイ!! …………はっ!」
俺はうれしがる近衛を、クールかつ暖かく見つめていた。
「って、なんでここでクールダウンするのよ! もっと悔しがってよ!」
「いや、はしゃぐお前も可愛いな、と思ってな」
「う、またそれを言う……。ズルイ……」
「じゃ、賞品あげるから目、閉じて」
「ん……、ンン……ン……」
…………………………………………
夜。
「いただきまーす」
食卓には、近衛が作ってくれた料理が並べられていた。
「うん、うまい!」
「どんどん食べてね」
「気合入れて作ったな」
「まあ、コレぐらいはパパッと」
「手の傷はそう言ってないぞ」
「う、まあいいじゃない」
近衛の料理、本当にうまい。正直、味だけ見ればスバルに劣るだろう。
でも、込められた愛情が味を全体的に底上げしている。今なら『愛という名の調味料』なんて言葉も信じられるね。
「ほら、この煮物も食べなさいよ。結構な自信作なんだから」
「おお、味が染みててうまそうだな。……ぬっ」
よほどやわらかく煮込んだのか、うまく取れん。
「もう、どんくさいわねえ……。ホラ、あーん」
「あ、あーん」
食べさせてもらった。うれしいのだが……これは少し照れる。
でも近衛は、どことなくうれしそうだった。
…………………………………………
夕飯後。
片づけを終えて2人でイチャイチャ。俺の腕の中で微笑む近衛。
俺の胸に顔をうずめてくる。俺もそれに応えて、ギュッ、と抱きしめる。
近衛への愛おしさが、一気にあふれてくる。
……今日は1日、こいつと一緒だったけど。
再確認した。俺は近衛が大好きだ。
ちょっと口やかましいのが愛おしい。
ツインテールが愛おしい。
世話を焼いてくれるのが愛おしい。
ピーナッツバター好きが愛おしい。
ちょっとしたことに意地を張るのも愛おしい。
素直になったこいつも愛おしい。
もう全てが愛おしい。
ずっと、ずっと一緒にいたい。このまま時間が止まってほしい。
それでも時間は無常なわけで。
「あ……、アタシ、もう帰らないと」
「……もうそんな時間か」
もう帰るのか。……そう思うととたんに寂しさがあふれてきた。
「そんな顔しないの。明日も来るからさ。……じゃ、キス」
近衛に誘われて、唇を重ねる。
ああ、もうマジで愛おしい。
そして、俺の心にひとつの想いが芽生えだした。
……帰したくない。もっと一緒にいたい。つーかもう、……抱きたい。
その時、俺の心の中から、声が聞こえ始めた。
『帰すなよ、いい雰囲気なんだ。このまま泊めちまえ。テンションに身を任せるんだ』
俺の中の熱血レオがささやく。
『おいおい、そいつは急すぎるぜ。ここは慎重にことを運べ』
俺の中のクールレオがいさめる。
『結果を恐れるな。近衛も言ってたじゃないか。テンションに身を任せるお前が好きだ、って』
『まて。ここで強引に行ったら今まで積み重ねてきたものが崩れるかもしれないぞ。よく考えろ』
俺の心が、激しくせめぎあっている。
「……対馬? どしたの?」
さて、ここで俺がとるべき行動は……。
1.テンションに身を任せて近衛を引き止める。
2.いきなり乙女さんが帰ってきて説教。ついでにカニも帰ってくるわフカヒレもくるわでドタバタ劇。
3.レオは近衛を帰らせる。レオはチキンである。
To be continued
(作者・名無しさん[2006/06/18])
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