気がついたら暗闇の中に彼女はいた。
見えるのは自分の手足だけ。
地面に立っているのは確かのなのだが、何処にいるのかは検討もつかない。
彼女は冷静になって考えた。自分の身に何があったのか記憶をたどってみる。
そして彼女は気がついた。

「そっか……。私、死んだんだ」


〜果てしない闇の中で〜


彼女はこのままここにいてもどうにもならないと思い、歩いてみた。
真っ直ぐ歩いても、蛇行して歩いても別に何にぶつかる事もなく、つまづく事はなかった。
ただ、足元が全く見えないため、彼女の中には恐怖心が沸き始めたのだが。
自分が死んでいる事がわかっているにもかかわらず、恐怖という感情が出てきている事を
彼女は不思議に思った。
死んでいるのなら三途の川が出てきてもいいんじゃないかと彼女は思ったが、そんなものは
全く目の前には現れない。目の前にあるのは暗闇ばかり。何も見えないのだ。

『お前は何処に向かおうというのだ』
「!?」

誰もいない闇の中から声が聞こえた。いや、闇の中からではなく、自分の脳に直接語りかけ
てくるような感覚だった。


「誰なの?」
『誰と言われても、名前のようなものは私にはない。まあ、私はこの世界にいるモノとでも
 言おうか』

彼女は辺りを見回してみたが、視認できるものは何もない。

『見ようとしても今は何も見えはしまい。道が開けるまではこの闇の中を永久に
 彷徨い続ける事になるがな』
「私は死んじゃったんでしょ!?」
『お前はまだ死んでなどいない』

彼女はただ驚くばかりだった。あの状況では死んでもおかしくなかったのだ。
ただ「生きている」のではなく「まだ」と言っていることが気になった。

『今は生と死の境目を彷徨っている状態だ。元の世に帰るのも、あの世に逝くのもお前次第だがな』

彼女は「声」の言葉を聞いてわずかな希望を見始めた。

「それじゃあ……」
『良美、お前は本当に帰りたいと思っているのか?』

……

病院の待合室で、レオはコーヒーの入っていた紙コップを握り締めながらベンチに座っていた。
隣には金髪の少女が付き添っていた。時計はすでに0時をまわっていた。


(俺の、俺のせいだ…)
「対馬クン、そろそろ家に帰りなさい。昨日も帰ってないんでしょ?」
「……いや、今日もいるよ。目を覚ますかもしれないし」
「そばには親もいるし、今夜は私が残るから何かあったら連絡するわよ。だから今夜は帰っ
 て休んで」
「でも……」
「デモもストライキもないわよ。3日間ほとんど寝てないでしょ? あなたも入院するわよ?
 よっぴーに心配かけるような真似はしないこと!」
「わかったよ……。姫」

レオはやっと諦めてベンチから腰を上げた。

「それじゃあ、良美が目を覚ましたら連絡いれてくれ」
「わかったわ」

エリカは笑顔で答えた。

レオはフラフラしながら、病院から出た。そして、疲れが頂点に達したのか意識が遠くなった。
レオはそのまま前に倒れた。―――と思ったが、レオは地面につく寸前で受け止められた。

「バイトが終わって様子を見にきたら、しょうがねえなこの坊主は」

いざというときに頼りになるこの男。この男はレオをおんぶすると、家路についた。

……


『良美、お前は本当に帰りたいと思っているのか?』
「え? もちろん帰り……」

その時、闇を切り裂くように良美の目の前には明るい景色が点々と現れてきた。
それは走馬灯だった。幼少の頃からの記憶が鮮明によみがえってくる。
白詰草の記憶、父親に可愛がられていた記憶、そして嫉妬の眼差しをむける母親の記憶―――

「いやあぁぁ!!」

記憶が視覚化され目の良美の前に次々と現れる。
「あの光景」も目の前に現れる。その光景を見た母親の叱責。
そして、客観的に見るとなんとも汚らわしい自分の行為。
自分の姿までもが次々と目の前に現れた。

「もうやめて! 出てこないで!」
『この光景はお前自身が見せているんだ。お前は逃げたいと心のどこかで思っているんだ。
 信じる事が出来ない世界にお前はとどまりたいのか?』

「声」は良美を諭す様に語りかける。良美はすでに我を失いつつあった。
映し出された記憶は、段々と現在に近づいてくる。初めてエリカに会った頃の記憶、生徒会
の記憶、2−Cの記憶、レオとの思い出、レオに雨の中抱きしめられた時の記憶……

「レオ…君」

良美は涙を流し、苦しみながらその光景を見続けていた。楽しい思い出の中に混じって、自
分自身の醜悪な姿が見えていた。
そして、「最後」の1ページが開かれた。


……

街を歩いていると、パトカーのサイレンが聞こえてきた。最近は取締りが厳しいらしく、違
反が多いのでこんなのは別に何とも思うことはなく、単なる日常の一部にしか過ぎなかった。
良美は夕飯の買い物をするために買い物をしていた。
この日、良美の部屋にレオが来ることになっていたので、ずっとご機嫌でいた。
今は春休みなので良美はずっとレオのそばにいたかったが、生憎、レオの同居人の乙女がい
るために、好き勝手にできないのが現実だった。多少それを不満に思っておいたが、贅沢は
言えないので我慢していた。
乙女は来週からレオの家を出るらしいのだが、どうせならもっと早く出て行って欲しかった
のが良美の本音だった。

「さーて、これぐらいかな♪」

大体の買い物を終えて、良美は買物袋を両手にさげて今夜の妄想に胸を膨らませていた。
そして自然と体が熱くなる。良美はブンブンと首を振って心を落ち着かせた。

(いけないいけない)

そして現実へと戻る。

「お――い! 良美〜」

するとどこからかレオの呼ぶ声が。良美は周りを探すと、向かい側の歩道にレオの姿が見えた。
交差点の横断歩道の信号が青になっているのを確認して、レオがいる向かい側の歩道に向かった。
レオに夢中なるあまり、良美は気付いていなかった。パトカーのサイレンに。そして、その
パトカーに追われている自動車に。その自動車が交差点を曲がり―――


良美は宙に舞い、道路の植え込みに落下した。道路には散らばった野菜や果物が転がっていた。

最後に良美が聞いた声はレオが何かを叫ぶ声だった。

……

「――! 嫌! 私はレオ君がいる所に帰るの!」
『帰ったところで新たな苦しみが襲うことになるぞ。信じる事ができない世界に身を置くのか?
 そのレオという者がいる世界に』

良美の苦しみは全て消えきったわけではなかった。
彼女の歪な心はレオによって少しずつではあるが癒されてきている。
人を信じることが出来るようになってはきている。
それでも良美は心のどこかで裏切られることを恐れていた。
今も裏切られることに対する恐怖と闘っていたのだ。
良美は「声」の言う通りだと思った。新しい苦しみがこの先待っている事はわかっていた。
だが―――

「私は帰っても後悔しない。私はその苦しみと向き合って乗り越えていく。
 信じる事ができない世界でもレオ君を信じる! 私が帰るところは……
 レオ君のところなんだから!」

彼女は逃げたくなかった。


『……そうか。新たな苦しみがこの先に待っていようともお前は未来に進むというのだな?
 ならば帰るがいい』

良美には、スッと自分の中から何かが消えていくような感覚がした。

『もっとも、帰れたらの話だが……』

良美の目の前に広がっていた過去の記憶は消えてなくなった。
そして、暗闇の世界に一筋の光が差し込んだ。まばゆい光が見える方向、この世界の出口へ良美
は歩き出した。だが、いっこうに出口には差し掛からなかった。歩いても走っても着かない。
すると、出口との距離が遠のき始めた。まるで逃げ出すように。
良美は必死で走ったが、追いつかない。距離が遠のくばかり。

(なんで、なんで帰れないの? 追いつけないよぅ……)

そして良美は闇の中に落ちた。今まで何の障害物も無かったこの暗闇の世界で予想もつかなかった
事だった。
そう、この暗闇の中で諦めた時、本当に死を迎える。
人は意志があるからこそ歩み、諦めたときに足が止まる。
この闇の世界は本当に生と死の狭間だった。この闇の中で足を止めることは死を意味していた。
良美のわずかな諦めが闇の中に引きずり込まれる結果となった。

良美は落ちる瞬間、必死に手を上に伸ばした。何かにつかまる事ができればと思ったというより、
反射的な行動だった。
そして、良美は何かをつかまえる事ができた。正確に言えば何かに手をつかまれたのだが。
それはとても暖かく、痛くなく優しい。そして、良美は上を見上げた瞬間、
光が目の前に大きく広がった。

……


良美は目を開けると、眩しい光とともに白い天井が見えた。
頬には暖かい風がやさしく撫でる様に吹いていた。風と一緒に桜の花びらが一枚入ってきた。
良美は状況が飲み込めなかった。今まであの暗闇の中にいたはずだったのだが……
体が異常に重く、動く事ができなかった。今のところ動くのは首だけのようだった。

少し時間が経つと良美には体の感覚が戻り始めた。すると、手には何か暖かく優しい感覚が。
それはあの時感じた感覚そのものだった。
横を向くと、自分の手を握り、ベッドに突っ伏して眠っているレオがいた。

(そっか、あれはレオ君の……)

良美は再び目を閉じて、レオの手の暖かさを感じていた。

……



〜Epilogue〜


病院の中庭には桜が七分咲きとなっていた。その中を良美は車椅子をレオに押してもらって
散歩を楽しんでいた。少し風が強いようで、桜の花びらが散っていた。
彼女が目を覚まして3日が経つ。月が替わり、新年度となった。
良美は両足に怪我を負って、片方は骨折、もう片方は捻挫していたので数日は安静と診断され、
今は車椅子生活である。
脳の検査もあり、足の怪我もあって退院予定日は未定で新学期には間に合うかどうかはわからない。
1週間も意識不明だったことを聞かされ、良美は驚いた。
コンクリートではなく、道路の植え込みに落下したことにより衝撃が多少ながら和らいだ
ために死を免れたと医者は言う。


良美の両親は今も松笠に留まり、良美の退院を待っている。良美の父親は仕事を投げ出して
こっちに来ているらしい。母親は良美が目を覚ましてから顔を出していない。
目を覚ましてから大勢の人が良美の見舞いにやってきている。竜鳴館の人間がほとんどだ。
エリカに関しては、見舞いの量が半端ではなく、花ならともかく果物やお菓子を大量に買っ
てくるので、良美はきぬや乙女に処理を頼んでいる。
エリカの行動は良美が目を覚ました事に対する喜びなのは明白だった。
良美は桜の花びらを手の平の上に乗せて、桜の木を見上げた。

「桜、もう散っちゃうのかな」
「ああ。お花見、してなかったな」

今日、本来なら生徒会のメンバーで新年度の親睦会と称してお花見をする予定だったが、
良美の事故で中止となったのは言うまでも無い。

「してるよ? お花見…」

良美はニッコリしてレオの方へ振り向いた。強い風が吹き、編んでいない良美の髪がなびいた。

「そうだな」

レオも笑顔で答えた。そして、レオは良美の肩を後ろから抱いた。

「レオ…くん?」
「良かった。良美がいて」

その言葉を聞けたことは今の良美にとっては極上の幸せだった。

「私もだよ。レオ君」

良美は目を閉じてレオの暖かさを肌で感じ、いつまでもこんな時間が続けばいいと願った。


レオと2人なら苦しいことも乗り越えていける。この先、苦しくてもみんながいるこの世界
で生きていきたいと良美は思った。自分とその周り、全ての事を受け入れて強くなりたいと
思った。

「あ、そうだ。良美に渡したいものがあるんだ」

レオはポケットから小さな紙袋を取り出し、良美の正面にまわった。

「え? なあに」

レオはそれを良美の手の平に乗せた。


「誕生日、おめでとう。良美」


〜おわり〜


(作者・TAC氏[2006/04/02])


※次 つよきすSS「果てしない闇の中で 〜Another side〜

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