<乙女>

初恋が昨日終わっても、
今日という日は何事も変わらずに始まる。

明け方近くになってひっそりと戻った私は、一睡もしていない。
それでも不思議と眠気は感じなかった。
ただ、何をしようにも億劫に感じる。
こんな、もやもやした感情は初めてだ。
自分の心がこんなにも弱いとは思っていなかった。

情けない。
鉄家の教えを思い出すのだ。

『よぉいかっ、戦場で敵に待ったが通じるなどと思うなよ?』
『例え戦友が、いや、親兄弟が、この儂が目の前で死のうとも』
『お前はただ敵のみを見据え、あらゆる方法で倒す事だけを考えろ』
『そして主君を守るなり、領土を獲得するなり、目的を果たすのだ』

そう、敵は倒せ。
今の場合の敵とは、この軟弱な自身の心だ。
そして目的を果たせ。
今の私の目的は………

「――――――破っ」
活をいれ、ぴしゃり、と自分の頬を叩く。
さあ、いつもと変わらぬ生活を始めるのだ。


そう、この想いにレオが気付きさえしなければ、私たちは今まで通りいられる。
「姉」として、私はレオの側にいることができる。
レオが、私に笑顔を向けてくれる。
それが得られるのならば、私は何だってできる。

レオはちょっと軟弱だが優しくて繊細な男だ。
私がレオに懸想していたなどと知ったら………きっと気に病む。
私はレオの姉なのだ。
弟にそんな目で見られるなどまっぴらゴメンだ。

とにもかくにも、朝起きた時のレオから見て、
いつも通りの頼れて奇麗なお姉ちゃんじゃないといけない。

時計を見る。
時間的に、そろそろ食事(ONIGIRI)の準備をせねばなるまい。
朝のロードワークと素振りの時間は無さそうだ……夜の量を三倍にしよう。


<なごみ>

あたしは、何ともいえない幸福感に包まれて目を覚ました。
目の前に、センパイの寝顔。
―――――そうだ、昨晩はセンパイと。
顔が真っ赤になりつつも、ついつい口元が緩んでしまう。
今、外から自分をみたら驚くような優しい表情をしてるだろう。
昨晩以来、どうも思考まで柔らかくなっているのを自覚する。
人生で、もっとも印象強い一夜だった。
(痛みを感じる瞬間ですら、あんなにも幸せに感じるものなんだな)
そんな痛みを与えてくれたセンパイは、目の前で寝ている。
そのままでも寝息がかかるような距離。
ちょっと顔を寄せれば………ほら、すでに何度目かも分からなくなったキスに。
でも、今のキスはほんのフレンチにしておこう。
名残惜しいけど、本番はセンパイが目を覚ましたらおみまいしてあげるのだ。
たったこれだけ辛抱するのに、凄い精神力が必要だ。
センパイが起きたら、一回や二回じゃすまないんだから。
せめて今は、めいっぱい抱きついてやろう。
身体をちょっと動かして、センパイの背中に手をまわす。
が、下半身に違和感。

そこではた、と気付く。
視線を布団の中へ。

―――――――ええと、まだ繋がってる?


<乙女>

―よし。
我ながら今日の朝食(ONIGIRI)の出来は良いかもしれない。
具に関しても今日はレオが好きなヤツを中心に入れてみた。
これを毎日やっては甘やかしだが、たまには良かろう。
さて、そろそろレオを起こしてやらなければ。
必要な時はそれなりに自分で起きれるくせに、普段は相変わらず私が起こさなければいけない。
まったく困ったやつだ……
そう言いながら、階段を上る時には上機嫌になっているのはもう自分でも気付いている。
だからこそ、以前蟹沢と同じベッドで寝ていた姿を見た時など余計に腹立たしかったのだろう。
こういうところにも自分の精神の未熟さを感じるな……。
いや、今はそういう事は考えるな。
いつもの姉として、きっちり起こしてやるのだ。
いつものように元気良くドアをあけ、
「レオ、起きろ。もうとっくに……」

そういえばノックを忘れたな、などと思う間もなかった。
どうせいつも寝ていてノックなど気付かないのだ。
するのを忘れても止むを得ないと思う。
しかし、しかしだ。
そんなのは言い訳だ。
やはりノックを含む日常生活のマナーは大事なのだ。
親しき仲にも礼儀あり。
礼儀を守らなかった私には、0.5秒もかからない高速で天罰が下った。

花も恥らう乙女には、ちょっと衝撃的過ぎる天罰だった。


<なごみ>

昨晩から繋がったままでいたあたしとセンパイ。
センパイはまだ寝ているなか、あたし一人でこの現実と対面しなければならない。
いや、嬉しいのは間違いないんだけど、ちょっと間が持たない。
なんていうかセンパイのまだ固いし…たまにピクピクと………あっ
……それとも、これがいわゆる朝立ちというやつだろうか?
身をよじるだけで、脳の奥まで引っかかれるような快感が走る。
どうしよう。
センパイのを、あたしの方から抜いてしまうのなんて、なんか悲しい。
でも、こんな状態でセンパイが起きるのを待ってたら、センパイはなんて思うだろう?
イヤらしい、なんてセンパイから思われたらどうしよう…。
そうだ、気付いていなかった事にしてしまおうか。
センパイが起きたら、あたしも今起きたばかりという事にして、目覚めのキスをして。
そうして二人でこの状況に気付けば、ちょっと恥ずかしいけどなんか嬉しくなってしまうに違いない。

あ…でも、さっきのでちょっと濡れちゃってるかもしれない…。
今のうちに、ちょっと布団をとってどうなってるか見てみよう……正直、好奇心もあるし。

体勢的にちょっと辛いけど………んんっ…よいしょ
ガチャッッ
「レオ、起きろ。もうとっくに……」


――――ある意味、昨晩に匹敵するようなインパクトかもしれない。
他人に、およそこれ以上ないような痴態を晒すとは……。


<オチ>

「お邪魔しています」
「取り込み中だったか。済まない」
―バタン

二人は全力で表面だけ取り繕い、いったん色々なモノを遮断する。
微妙にズレた反省とかもしてみる。

(……不覚だった、人の気配と朝の物音が色々あったろうに、
 センパイに包まれている幸福感に完全に外界をシャットアウトしていた)

(……不覚、自分のテリトリー内にいる人の気配が読めないどころか、
 そもそも玄関に置いてあった椰子の靴にすら気が回っていなかったとは)

(……うぅん、なごみのおっぱいは本当に一年生の持ち物か〜?
 俺が徹底的にチェックしちゃうぞ〜……むにゃ)


それから数分間は、
布団をたくしあげ接合部をドアへむけたまま固まるなごみと、
ドアを閉じてノブを握ったまま固まる乙女と、
幸せそうに眠ったままのレオの三者三様でいたそうな。


(作者・名無しさん[2005/11/08])


※つよきすSS「パクリ」の(別作者による)続き。

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