8、












沖合いに赤潮が現れた。
そのお陰で、今日は、漁が休みになった。

暇な一日、どう潰そうかと思っていたら、ナルトから、浜辺に行こうと誘われた。

浜辺といっても、港の方ではない。
島の北にある砂浜の海岸のことだ。


浜辺についてみると、人だかりが見えた。
もう夏も終わろうとしているのに、大勢の人々が集まって、木のやぐらを組んでいる。

「もうすぐお祭りなんだってばよ」

ナルトはできたばかりのぼんぼりを俺に自慢しながらそう言った。
ぼんぼりには、和紙を切り張りして作った微笑ましい鬼の顔がついていて、これが鬼なら怖くないなと、心の中で笑う。

「なあ、ナルト…」

「なんだってばよ」

「鬼の伝説、お前は信じてるのか?」

「あぁ…よくわからないってばよ。見たことないし…でも、会ってみたいとは思うってば」

「!」

「仲良くなって、一緒にいたずらすんだってば」

そう言うと、ナルトはぼんぼりを持って、大人達の方へ駆けて行った。
ナルトの駆けていく背中を目で追いかけてゆくと、浜辺に大きなダンボールが幾つもあるのが目に入った。 その中には色とりどりのぼんぼりが溢れている。
祭りを前に、子供たちの作ったぼんぼりを集めているのだろう。
ナルトはそこに、ぼんぼりを積みに行った。




俺を誘ったナルトが、やぐら作りの見学に夢中になっている間、俺は浜辺で、同僚の、まだ若いライドウを見つけて声をかけた。

「おー、イルカ、お前も祭りの仕度を手伝いにきたのか?」

ライドウは、過去になにがあったのか、顔に傷のある若者で、気さくに返事を返してくれるから話し掛けやすい。
彼は両手にトンカチと釘を持っていて、木片同士をつなぎ合わせようとしていた。

「いや、俺は見学」

「なんだ…。なら黙って隅の方で見てろよ。邪魔すんなよ」

「なあ…。お前、『御鬼嶽』の鬼の顔って知ってるか?」

「はぁ?なんだ、藪から棒に」

ライドウが作業の手を止めて俺に向き合った。

「鬼の顔なんて、見たことないよ…大体、存在すんのか、鬼なんて」

彼もまた、他の島の若者同様、鬼の存在なんてこれっぽっちも信じていない。
俺だって、信じているわけではないが…

「じゃあさ、ほら、噂でも、自分のおばあさんにも聞いたことないか…?鬼の特徴とか…」

「…聞いてたらどうだってんだよ…イルカ…」

呆れるライドウ。

「鬼の目の色って、どんなだろうと思って」

「目の色?…知らないなぁ…赤か青か緑か…普通じゃない色でもしてるんじゃないか」

「そう…だよな。やっぱり」

「あんな昔話信じてるのかよイルカ。
大方、千代婆さんにでも騙されてるんだろうけど、目ぇさませ。
鬼の顔がどうだって、メシは喰えねーだろ」

「はは…まぁ、そうだな」

ライドウの言っていることがしごくまともで、自分の考えがどれだけ愚かなことか分かる。
気のせいだ、目の錯覚だと思おうとする。
しかし、どうしても腑に落ちなくて、そこで考えが止まってしまう。
数日前の夜に見た光景が忘れられなくて、自分でもどうしていいのかわからない。


ライドウと別れて、ナルトの姿を探した。
先ほどやぐらの傍にいたはずなのに、どこを探しても見つからない。
やんちゃな子供だ。きっとすぐに興味が移って別の場所に行ってしまったんだろうと、しばらくさがして見つからないと見切りをつけて、昼飯を食べるために家に帰ることにした。

道を歩いていると、突き刺さるような視線にぶつかった。

「与那…」

頬に包帯を巻いた痛々しい姿で、与那は現れた。

「お前も、この前の夜、感じただろう。
医者があんなに強いか?
俺たち島で育った漁師の男たちをあんなにあっさり倒せるか?
…あいつ、絶対なにか隠してる。
傍にいたら、そのうちえらい目にあうと思うぜ…
俺の言うことを少しでも信じるなら、前に言ったことを思い出せ。

まあ、もうお前も許してやる気もないがな。
次に会ったときは、覚悟しておけよ」

そう、捨て台詞を残して、与那は去っていった。
ひょこひょこと、左足を引きずっている姿が痛々しいが、俺はなにも言わず背を向けた。

同情なんて、してやる気にはならかった。





午後になると、もう一度、浜辺に向かった。

しかし、今度は、人気のない岩場の多い浜辺を選んで、沖合いにある『御鬼嶽』を見あげた。

海に突き出た黄土色の大きな岩は、その高さは10メートル以上はある。
岩のてっぺんには松の木や、少々の草が生えていて、岩をぐるりと回るように白い注連縄が縛ってあった。

岩場にしゃがみこんで、膝を抱えて見上げた。

あそこに鬼が住んでいるという。
若い乙女を好んで殺し、生き血をすすり、島の住人から恐れられた、伝説の鬼が。

晴れた青い空の下、人を喰らう鬼を想像するのは難しかった。








いつのもように、はたけ診療所に通う。

右の胸を看てもらうのと同時に、先日傷を負った右手の包帯も解いて、傷の様子も確かめてもらう。

「もう、いいみたいですね。痛くないですか?」

「ええ、もうすっかり。カカシ先生の薬がよく効いて」

「お世辞はいいですよ。イルカさんご自身の治癒力の賜物ですよ」

お世辞なんかではない…カカシ先生の薬は本当によく効く。
右の胸の痛みも、最近はほとんど感じないし、発作の回数も本土にいたころより激減した。

「カカシさんこそ、傷の具合は…」

「オレもすっかり…。オレのことなんていいんですよ。
オレは貴方に迷惑をかけている人間なんですから…あまり優しい声をかけないでください」

期待してしまいます。

診察中なのに…そう言って、聴診器を耳にあて、オレの心音を目をつむって聞いているカカシ先生の頬が微かに赤く、どうしようもない愛しさがこみ上げてくる。

カカシ先生と出会えて本当によかったと思う。

この人がいなければ、こんなに島の生活が楽しくならなかったかもしれない。

いや、ならなかった。

聴診器が床に音を立てて落ちる。

驚いた顔をしているカカシ先生を抱きしめて、気がつくと、初めて自分からキスをしていた。

触れるだけでは物足りなくて、口の中まで舌を伸ばす。

すると、すぐに、自分以上の愛撫で返ってきて、寝台に押し倒されるまで、時間はかからなかった。














(2005/9/10:)






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