7、












少しでもあの人に体に触れられると、そこから、全身が熱を帯び、いてもたってもいられなくなる。
それが意図したものでなくても、過剰に反応してしまう体を、もう、止めることはできなかった。

そんな俺に、自分で自分にショックを受けていると、カカシ先生も少し驚いた顔を見せた。
しかし、その表情はすぐに悩ましげなものに変わって、顎を取られ、深く…

一度、気を許したら、あとはなし崩しだった。

家の外でも中でも、人目につかないところだったら、どこででも求められた。

…といっても、くちづけだけだが。

診療所の裏庭で、木を背に、深く、くちづけられながら、こんなにも情熱家だったのか、淡白そうに見えたのに、と思う。

そういう自分も、カカシ先生の愛撫だけで昇天しそうになっている。
カカシ先生に求められている時は、息もとまるような気持ちで、泣きたくなるほど、この人を求めていたと知る。
それは、この人の抱き方がいけないんだと、自分に弁明してみる。
カカシ先生は、俺に迫るとき、まるで逃げられないようにといわんばかりに、呼吸が止まるくらい、背骨が痛いくらいに強く抱きしめてくる。

俺が、カカシ先生から、逃げ出すわけがないのに。

しかし、行為の途中で薄く瞳を開けて、きゅっと眉根を顰めて苦しそうな顔をしたカカシ先生を見て、どうして、とは聞けなかった。







覆い被さってくる影をやんわりと押すと、影は、名残惜しそうに唇をひと舐めして離れていった。

「もう、帰る時刻ですか」

キスの余韻にぼんやりとしていると、耳元にカカシ先生の声が届いた。

カカシ先生の部屋にたどりつく前に、我慢し切れなくて求め合った。
お互い荒い息のままなのがおかしい。

「ええ…あ、明日も仕事ですから」

乱れた胸元を両手で押さえながら、なんとか返事を返す。

「明日なんてこなければいいのに」

その言葉に、え、と我ながら馬鹿みたいな声が漏れる。
カカシ先生は、すぐにすまなさそうな表情をして、俺に向かって小さく笑った。

「すいません。冗談ですよ。
イルカさん、仕事大事にしているのに、嫌なこと言いましたね」

「いえ、俺もそんな風に思ったことありますし…全然嫌じゃないです」

「…」

カカシ先生は口元に笑みを浮かべたまま、玄関を上がるときに脱ぎ捨ててあったお互いの上着を拾って、俺にそれを差し出した。

「あ…ありがとうございます」

「貴方といるとね…なんだか、他の全部がどうでもよくなります。
…離れたくない。
明日なんかこなくて、夜が明けなくて、朝もこなくて、このままずっと二人で一緒にいられたら…と真剣に思うんです」

「…」

カカシ先生は、俺と視線をあわさず、こちらに横顔を向けて、ネクタイを直しながらそう言った。

「我ながら、ぞっとする。
気持ち悪いでしょう、こんな男。
無理しなくていいですよ。
嫌だったらはっきり言ってくださいね」

「そんなことは…」

「今日の夜は雨が降るって天気予報で言ってました。
まだ降ってませんが、傘を持っていってください。
…遅くまでつき合わせて、本当、すいませんでした」

そう言って傘を手渡された。

帰り道、気をつけてくださいね。

オレみたいなのが、他にもいるかもしれませんから。

そんなわけないじゃないか。
俺みたいなのを求めてくれるのは、カカシ先生くらいなものだ。
そんな風に言うと、カカシ先生が、まるで普通じゃないみたいで、いけない、と自分を諌めた。





帰り道は、丘から坂を下って、下の集落へ向かう。
街灯のない阪道で、集落の小さな明りだけが頼りだ。

ぽつぽつと降りだした雨に、これくらいならまだ傘も差さなくていいかと思う。
漁にでれば、土砂降りで傘をさすこともない。カッパを着るが、あってないようなものだ。 それにカカシ先生の綺麗な傘を汚したくなかった。

坂を降りながら、不意に背後に気配を感じて振り返った。

人はいない。

まただ。

最近消えていた、あの気配。
人のものとは思えない…恐ろしい殺気めいた気配に、鳥肌が立った。

思い出すのは、暗闇に見た、赤い目―――。

足を早めて、早く、家へと思う。

早く、早く。

夜の闇に飲まれる前に、たどり着かねば、あの気配に殺されると、思った。






…そろそろ、集落にたどり着く。

ほっとして、足を緩めると、雲間に姿を見せた月に、道路に落ちる自分の影と、それに重なるもうひとつの影が見えた。

え、と声を上げると同時に、横っ面に鈍い衝撃が走って、道路の脇の草むらに吹き飛ばされた。

「痛…っ!」

痛みは後からやってきた。
殴られたと思った瞬間、口の中に苦い味がじんわりと広がった。

自分と同じくらいの身長の影が、草むらに倒れこんだ俺にのしかかって来た。
息が荒い。
顔は、毛糸のマスクをしていて見えない。
良かった、人間だ、とほっとしている場合ではない。
手に、コンクリートのブロックを握っている。
そして、それを振り上げる。

殺される!

容赦なく振り下ろされたコンクリートを寸ででかわすと、ブロックが耳の隣で土を抉っていた。

それを見た瞬間、頭にカッと血が上って、腹の上に圧し掛かっている男の背中に思いっきり膝蹴りを食らわしていた。
それで背中を弓なりにしならせ苦しむ男の下から、なんとか這い出し、地面を蹴って逃げ出す。

しかし、男は執拗に追いかけてくる。

道を外れ、森の中を闇雲に逃げながら、こんな時、持病を抱える自分の体が憎く思った。
右胸を押さえながら、サラリーマン時代、もっと体を鍛えておけばよかったと心底思う。

はぁはぁは…

それでも、背後は巻いた。したたる汗を拭いながら、命からがら逃げおおせたか…と思っていたら、いつの間にか、同じ毛糸の覆面を被った男数人に、いつの間にか囲まれていた。

その手には、よりどりみどりの武器。
明確な殺意を持っている証拠だ。
じり…と背後に後ずさるが、もう逃げ場がない。
思い当たる節はない。人から恨みを買った記憶もない。
けれども、目の前の男たちは自分を殺そうとしている。

「あっ!」

左右の両手を二人の男にそれぞれつかまれて、身動きをとれなくされる。

男の1人が無言のまま、釘の沢山ささった木のバットを振り上げた。

―――南無三!

ぎゅっと目を閉じて歯を食いしばった。
その瞬間、背筋が凍るような殺気が辺りを包んだ。

ぎゃあ!

悲鳴があがった。

俺のじゃない。

鉄バットが吹き飛んで、それを掴んでいた男が宙を舞う。

殴ったのは誰だろう。おそらく鮮やかな立ち回りで、人の死角に入って拳をお見舞いしているから、その姿を見ることができないのだろうけれど、殴られた男がまるで自分から吹き飛んだように見える。

誰が殴ったのかも分からないまま、俺の両腕を掴んでいた左右の男も鼻血を吹いて倒れる。

姿が見えない救命者を探して視線を彷徨わせると、目の前に立ちはだかる、よく見知ったワイシャツの背中。

「カカシ先生!」

カカシ先生は俺の声が届いていないのか、まるでよくできた機械のように、次々と男たちを殴り倒す。
攻撃は一度も外さず、急所を的確に突き、一瞬で辺りは死屍累々の有様になった。

その光景にしばし唖然としてしまったが、全員を倒して、その場で佇んでいるカカシ先生の右の拳から血が滴っているのを見て、一瞬で我に返った。

「だ、大丈夫ですか、手、怪我して――――」

近寄って腕を取ろうとしつつその顔を見て、思わず目を見開く。

目が…

虚空を睨みつけるカカシ先生の左目が、赤い。

それは、またたきする間に元の色に戻ったが、確かに、闇に赤く輝いていたように見えた。

それを見て、息を呑んでいる俺に、カカシ先生も我に返った。

「イルカさん、すいません、駆けつけるのが遅くなってしまって」

「い…いえ」

「…嫌な予感がして、あの後、すぐに貴方の後を追いかけてきたんですよ」

血を流している男たちから、一滴の返り血も浴びていないカカシ先生は、綺麗な横顔で呟くように言った。

その白い指先が男たちの1人のマスクを外す。

「こいつは…」

マスクの下からでてきた、顔面を腫らした男は、以前見たことのある顔で…

「与那…」

俺の声に、ふっと嘲るような声が耳元に聞こえる。

「オレを倒すことができないと知ったら、今度は俺が懇意にしている人間に手を出そうとする、か…。
最低な嫌がらせの方法を思いついたな…」

「カカシ先生…」

その言い方は、まるで―――

俺がなにか尋ねたそうにしていると、カカシ先生は己のワイシャツの前のボタンを少し外し、緩めた。
指を差されて、失礼、と思いながらシャツの中を覗き込むと、その胸に、まだ新しい、白い包帯が巻かれている。

「!」

「油断していたら、オレも背後からガツンとやられましてね…。
ま、すぐに形勢は逆転したんですが…」

「大丈夫ですか?痛くないですか…!?」

全然気がつかなかった。
カカシ先生のことだ。
俺に余計な気を使わせないように話さなかったのだろう。
それより、心配だ。今日、触れられた時に、強く押したりしていなかっただろうか。
青ざめた俺に、カカシ先生が言った。

「オレのことより、貴方でしょうが」

そう言うと、右の手首を取られた。
いつ怪我をしたのか、手首が切れて、赤く腫れている。
でも、それはどうでもいいことのように思えた。
言われてみて、初めて痛みを感じたのだし…。

「でもカカシ先生だって、右手…」

「オレのは返り血ですから」

そう言いながら、俺の腕を持ち上げて、傷口を慈しむようにそっと舐める。

そこから、背筋を駆け抜けるような感覚と、別の意味での鳥肌が立って、頬が熱くなる。

「オレの所為ですよね…本当に、すいません。
貴方を危険な目にあわせたくはなかったのに」

よしてください、謝らないでください。

そう言って、黙った。

血が止まっても、しばらく自分の腕を舐めるカカシ先生を見ながら、 襲われて怪我をしても、こういう風にされるのだったら、割と悪くない、といけない考えが頭を過ぎって、自分の愚かさに情けなくなった。









(2005/9/10:)






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