6、












「なんのことだ…?仲間って」

「知ってるんだよ。医者であることをいいことに、いかがわしい薬を使って、島の若い女をたぶらかしてるって…ちょっと顔がいいからって、図に乗りやがって…」

「いかがわしい薬って…カカ―――…いや、あの先生が変な薬なんか処方するはずないだろう。
現に、あの薬のお陰で、俺もかなり体の調子がいいし…」

「お前もあのやぶ医者のシンパか。
本当のことを知らないからそんなことをいえるんだよ。
処方されたあの薬の内容も知らず、よく口にできるな」

「あの薬って…内服薬のことか」

「カプセルの中身の匂いをかいでみろ。
アレが薬っていえるか。あの匂いはな、いいか、聞けよ…」

「薬の専門知識もない人間に、なにを言われても聞く気はない。
それより、お前、一体なんのつもりで、そんな嘘を―――――」


「イルカさん」

不意に、話題の中心になっていた人物から名前を呼ばれて、飛び上がるほど驚いた。
相手の男も目を剥いて、丘の上からこちらを見下ろす、カカシ先生を凝視している。

「診察時間ですよ。部屋にはいってください」

「は…はい!今、行きます」




カカシ先生に連れられるように診察室に入ると、すぐに振り返って声をかけられた。

「災難でしたね、イルカさん。俺の所為で」

「え…?」

「あの少女の…美咲の前の恋人ですよ。与那(よな)という名の若者です」

「あ…」

「本当、ご迷惑をおかけしてしまったみたいで…すいません」

「カカシ先生が謝ることじゃないですよ!与那の言ってることは全部言いがかりですし!」

「オレのことをどれだけ恨もうが嫌おうが構いませんが、貴方にまでちょっかいをかけてくるなんて…連中…なにを考えてるんだ」

「…ちょっと待ってくださいよ。連中って、カカシ先生、つきまとわれているのは1人じゃないんですか?」

「…さあ…明確に数を数えたこともないのでなんとも言えませんが、1人や二人ではないことは確かですよ。
ポストに入ってきた剃刀入りやら汚物入りやらの嫌がらせの手紙は百を下りませんが、筆跡は、どれもこれも違うものばかりで…」

あの少女が美しい人であったことは知っていたが、嫌がらせの手紙を送っていたとは…呆れる。
島中の女性がカカシ先生の虜になっているというなら、それ以外の若者からも逆恨みを買っているのだろう。

俺は脱力して、椅子にどすんと腰を下ろした。

「イルカさん、今日はこのまま飲んでいきませんか?」

カカシ先生は困ったような笑顔を浮かべながら、俺にそう求めてきた。

「嫌な思いをさせてしまった償いをさせてください」

「いえ!そんなことはないです…!」

「本当は、こんなこと、貴方に話すつもりもなかったんですが…」

「いえ、話してくれて嬉しいですよ。むしろそんな話、隠さないでくださいよ!
俺でよければ、力になります。
なんのお役にもたてないかもしれませんけど、話くらいなら、いつでも聞きます!」

悩み事があるなら、1人で抱えていないで話して欲しい。

カカシ先生の、役に立ちたい。
もっと、近づきたい。

瞳にそう思いを込めて見上げると、カカシ先生は「ありがとうございます」と言って微笑んだ。





隣に座っていいですか?

俺がカカシ先生を元気つけようと一生懸命明るい話題を話していると、そう言われた。

「え、ええ、どうぞ」

自分の座っていたソファーのスペースを開けると、向かいに座っていたカカシ先生がグラスを片手に俺の真横に腰を下ろした。

「すいません」

ここはカカシ先生の家なんだし、遠慮することもないのに、カカシ先生は俺に対してどこまでも謙虚だ。
謝られると、まるで自分が悪いことをしているような気がしてなんともいえない気持ちになる。
もっと自分をさらけだして欲しいのに。もっと無理を言ってくれてもかまわないのに。

「こんな近くて顔を見るの初めてですね」

すぐ真横にカカシ先生の顔があって心臓が跳ね上がる。

「へぇ、イルカ先生って、こういう顔してるんだ…」

「わ…!こ、こういう顔ってなんですか」

覗き込まれるように見つめられて、つい思わず身を引いてしまう。

カカシ先生はいたずらっぽい笑みを浮かべて俺が身を引いた分、近づいてくる。
唇が触れるほど近くにその顔があって、赤くなる顔が止められない。
カカシ先生の接近に、ぎゅっと目をつむったが、思っていた衝撃はやってこなかった。
そろりと目を開くと、カカシ先生は、グラスをテーブルの上に置いてその頭を俺の肩に乗せてきた。

「オレは、貴方が思っているような人じゃないですよ」

肩に当たる銀色の髪が、さらさらと顎をくすぐる。

「それは…どういう意味ですか」

「いつも、貴方に見せている表情は、うわべだけの表情なんです」

やっぱり。

気づいていたこととはいえ、ずきり、と胸が痛くなる。

「本当はもっと違うことを話したくて、もっと気さくに色々話せたらいいと思うのに、 貴方に、本当の…オレを知られるのが怖くて」

カカシ先生が、自分を隠していることを分かっていたが、こういう風に内心を吐露してくれることは、嬉しかった。
多かれ好くなかれ誰しも自分を飾って生きている。
カカシ先生みたいな人は、むしろ、多いのではないだろうか…。
俺だって、カカシ先生に言えない気持ちを、沢山隠している。

「カカシ先生…」

そう言おうと意気込んで顔を覗き込むと、その瞳は閉じられ穏やかな寝息が聞こえてきた。

寝てしまったのか。

「夏とはいえ、こんなところで寝ると風邪引きますよ」

なんだか、気が抜けて笑ってしまう。

脇の下に腕をくぐらせて肩を抱くと、たった今自分が座っていたソファに横たえる。
寝室は遠い。さすがに自分と同じ体躯の男をそこまで運ぶ自信はない。

そして、寝室からタオルケットを拝借すると、その体にかけてやる。

もう、夜は涼しいから、肩までしっかりかけてやらないと、と身をかがめると、眠っていたはずのカカシ先生の腕が伸びて、強く腕を引かれた。


「―――…!」

次の瞬間起こったことを、言葉にはできない。

「ごちそうさま」

カカシ先生は瞼を閉じたままそう言って、口元でかすかに笑った。
それは、してやったりという表情にも見えて、驚く。
俺の、知らない男の顔をしているカカシ先生。

もう夜も遅いから、泊まっていってくれてかまいませんよ。

力のない指で寝室を示すカカシ先生。

オレはこのままでいいんで…使ってくれていいですよ。


カカシ先生の申し出に、いいです。ご迷惑ですからと、答えたような気がする。
禄ににお酒のお礼もしないまま、診療所を逃げるように去ったから、なんと言ったか覚えがない。

足早に帰りながら、ざわめく夜の島の木々に、心を重ねる。

自分も、こんな風に、心を乱されている。

そっと押さえた唇が、密かに熱を持っているようで、いつまでも落ち着かなかった。









(2005/9/9:)






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