5、












去年の、ミス沖ノ島だよ。

カカシ先生と酒を飲んだ翌日、俺が尋ねると、同僚から、そう返事が帰ってきた。
その美しさでは有名な少女だったらしい。





はっきり言って、迷惑してるんですよ。

俺が、羨ましいなあ、カカシ先生はおモテになるから、と言うと、 なんともいえない笑みを浮かべながら、カカシ先生はそう返事を返してきた。

…確かに、カカシ先生ほどの色男が、放っておかれるはずがない。
これまで、浮ついた話もなく、島の人の話題にもあまりのぼることのないカカシ先生だったが、島の若い女性の間では、影では実は相当騒がれているらしいと、後で知った。あの男っ気のないシズネに、ためしにと、カカシの話をしてみると、かすかに頬を赤らめた。



「どうして、彼女作らないんですか?」

「…特に理由はありませんよ…しいて上げるとすれば、好きな人がいるからですよ」

やっぱり…

カカシ先生は、元々は本土から、こちらに転勤になってきた人だ。
本土に彼女でもいるのかもしれない。
予想していた返事なのに、なぜか、胸が締め付けられるように苦しくなった。
カカシ先生が、ねたましいのかもしれない…俺は。

俺たちは、潮騒を聞きながら、二人して海辺に転がっている丸太に腰をかけて、近くの自動販売機で買ってきたカップ酒を片手に、話し込んでいる。

海からの夜風は塩の匂いが濃く、肌にねっとりと絡みつくようだ。

予想していた飲み会ではなかったが、こうして、カカシ先生とプライベートを共にできて、それだけで嬉しい。

「…じゃあ、逆にイルカさんに聞きますけど、なんで彼女作らないんですか」

「…お、俺は……忙しいから…、それにカカシ先生みたいにもてませんし!」

「もてるとかもてないとか関係ありませんよ。
彼女が欲しければ、頑張れば、誰だってできますよ…それなりにね。
ただね、恋人ができると、色々縛られたりして大変でしょ…?
イルカさんだって、なんだかんだと理由をつけて彼女作らないだけじゃないですか」

「じゃあ、あの少女を振ったのも、そういう理由で…?あんなに綺麗なのに。もったいない」

「興味ありませんよ。つきあうとも言っていないのに恋人気取りをされて、迷惑なんですよ……もう、やめましょうこんな話。

せっかく二人で会話しているのに…つまらないでしょ。
ねえ、イルカさん。もっと、貴方の話を聞かせてくださいよ」

目を細めて、貴方の話を聞かせてくださいよ、と言われて、慌てた。
暗がりで、本当によかった。
漁の話や、島で仲良くなった人々の話をしながら思う。
この人に、赤くなった頬が見られずに済んでよかったと。




その夜を境に、俺とカカシ先生の距離は、急速に縮まった。

医者と患者の境界を越えて、つっこんだ会話ができるようになった。
冗談を言い合って、笑いあう。古くからの友達みたいに。
カカシ先生は、俺のくだらない冗談を気に入ってくれてよく笑ってくれる。
つきあいでもかまわない、彼の笑顔を見ると、なんだかとてもほっとする。
島に来てから、相手をしてくれるのは自分の父親くらいの年齢の大人ばかりで、実は、同世代の友人に飢えていたのかもしれない。

その日も、軽く酒を飲みながら、自分の小学校時代の話をしていた。
変わった友達の話、気に入っていた先生の話、大変だった学校の行事…。
カカシ先生は俺の話に、目を細めて聞き入ってくれる。
そして、丁寧な返事を返してくれる。
細かいところまで聞いてくれて、それを後々まで覚えていてくれる…。

彼の中に、自分の経歴が刻まれてゆくのをつぶさに感じるのは、嬉しい半面、なぜか後ろめたかった。

カカシ先生はあまり自分の話をしたがらない。

そのことについて、なにか語ろうと思わなかったし、詮索する気もなかったが、いつか、彼が自分から話してくれるまでじっと待とうと心に決めていた。

いつか、本当のことを―――


ガサッ茂みが揺れる。

目の錯覚かな…


カカシ先生に美味しい酒をご馳走になった帰り道。


よたよたと歩いていると、ひとけのない道を囲う林の合間に、ぼんやりと、赤い火がふたつ浮かんでいるのが目に飛び込んできて、俺は立ち止まって目をこすった。

暗い林の中、それは、丁度人間の目の位置くらいの高さにあって、こちらを見つめているようにも見える…
それに気がつくと、ぞおっと背筋が凍った。
瞬きをして、頭をぶんぶん横に振った。酒のせいだ。気のせいだと思う。

…改めて木々の合間を見ると、赤い火は、消えていた。

ただの幻影だ。

気のせいだ。

俺は駆け足で自分の家に戻った。







翌日は良く晴れた。

昼間はまだまだ暑いが、空け方や、夕方は、だいぶ涼しい。

夕暮れになって、漁から帰ってくると、学校帰りのナルトに出くわして、学校で気に食わないクラスメートの話をされた。 その話に、ナルトの悪い点も指摘しつつ、相槌をうちながら話を聞いていると、どうやら、その気に食わないクラスメートとやらは、あのカカシの弟のサスケであることが分かった。

なんだぁ、お前ら、喧嘩するほど仲が良かったんだ。

そう笑いながら言うと、ナルトは口を尖らせて、どこがだよ!全然仲良くないってばよ!

とひねくれた答えが帰ってきた。

喧嘩とはいえ、ナルトの相手をしてやるクラスメートは少ない。
親がいないと馬鹿にされ、素行も悪いために先生からの間も評判が悪いナルトに、喧嘩とはいえ、相手をしてくれるような友人ができることはとても喜ばしいことだ。

曲がり角で、ナルトと別れると、ひとけの少ない小道に入る。

そして、感じる…

まただ。

背後に、何者かの気配…

しかし、振り返っても誰もいない。

このところ、頻繁に感じるようになった。
漁の帰り道、カカシ先生のところに向かう道すがら、その気配はつかずはなれず、後をつけてくる。
それが、ただの人の気配ならばいい。
背後に感じるその気配は、どこか、薄ら寒い気配で、獲物を狙う獣の気配に似ているような気がするから困りものだった。

ざわざわと木々が揺れる。

道に落ちる、森の影も、恐怖を感じていると、なにか違った生き物のように感じるから不思議だ。

気のせいだと自分に言い聞かせながら、丘へあがる道を登ってゆくと、木陰に、人が立っているのが見えた。

虚空を睨みつけながら、腕を組んでいる若い男。

…待ち人だろうか?こんなひとけのないところで…。

島には珍しい若い男は、俺が横を通り過ぎるとき、確かに呟いた。

「お前も、あの男の仲間か」

と。









(2005/9/8:)






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