4、












夕暮れ時になると、子供たちがぼんぼりを持って、横を駆け抜けていった。

そうか、もうすぐ祭りが近いのか。

相変わらず、漁の帰り道、子供たちのはしゃぎ声と、ぼんぼりの幻想的な灯りに心と、目を奪われる。

都会ではけして目にできない光景だ。

俺の故郷はここではないけれど、この景色をいとおしいと心から思う。


俺の家は、島の南の集落にある。
木々に隠れるようにひっそりと立っている古い一軒家で、間取りは1LDK。
壁にひびは入っているし、畳の色は褪せているが、柱は丈夫で、そうそう潰れそうには見えないから安心だ。

窓からは、島のかすかな街灯の明かりと、ちらほらと家の明かりが見えて、遠くに月が見える。
窓辺に寄ると、月明かりに照らされて、夜の海がかすかに輝いている。

俺は汚れた洋服を着替えると、丘の上のはたけ診療所に向かった。

腕時計の針は午後7時を回っている。
そろそろ診察時間も終了する頃だろう。

今日は約束の日だ。

カカシ先生と酒を飲む。








丘の上に来ると、思っても見なかった光景に出くわした。

明りの漏れる診療所には、カカシの姿がなかった。
そして、その代わりに、医師の椅子に座っているのは、サスケ少年だった。

「サスケ、留守番か…カカシ先生は…?いないみたいだな」

「…でかけてる」

診察室に入ってきた俺に、サスケがぽつり、と小さな声で答える。
その手には、薬草の本が握られている。上下が逆だ。
読んでいた、というようわけではないみたいだ。

窓は開き、夜風にカーテンが揺れている。
肌を撫でる風に、初めて鳥肌が立った。
夜になると、もうだいぶ、涼しい。

「どこへ?」

「…知らない」

サスケをじっと見つめると、サスケもじっと見返してきた。

以前、サスケについてカカシと話したことがある。
挨拶をしても一言、二言しか、返事が返ってこない。
俺は嫌われているんじゃないかと言うと、逆ですよ、とカカシは言う。

(サスケは、気に入らない人間や、意にかえさない人間に話し掛けられると、返事すら返さず、さっと姿を隠すんです。 一言でも、二言でも返事が返ってくるということはイルカさんは気にいられているということです。
血の繋がったオレですら、話し掛けても、まともに返事が返ってきたことなんてほとんどないんですから)


極度の人見知り…しかし、この少年には、それだけでは割り切れないものがあるように思える。

この島に浮いた存在に見えるカカシ同様、島になじんでいない。
いや、島、というより、むしろそこの――――

「来る」

「え?」

「カカシが帰ってきた」

椅子から飛び降りたサスケの後を追って、玄関まで来たが、サスケの姿は無くなっていた。
なんというすばやさだろう。
きょろきょろとサスケの姿を探して、あたりを見回しながら、診療所の玄関を出ると、丘の上にあがってくるカカシの姿が見えた。

「カカシせんせ――――」

最後まで、名前を呼ぼうとして、声が止まった。
カカシ先生は、いや、正しくは、カカシ先生の腕に、小さな影が寄り添っている。

はっと息を飲むような美しい少女だ。
まだ若い。
恋人だろうか。

カカシ先生はかなり眉間に皺を寄せて、なにか、言い聞かせるように少女に話し掛けている。

少女はいやいやと首を振り、カカシ先生にしなだれかかるようにぴったりと寄り添う。

「もう、よしなさい」

カカシ先生の、強い口調がここまで聞こえてきた。
そして、少女を強引に引き離し、背中をぐいっと押す。
涙目で振り返る少女はやはり美しく、何事かを叫んで喚いているが、カカシ先生は意に返さず、黙々と丘をあがってくる。

そして、丘の上に立っている俺を見つけると、初めてそこで俺の存在に気がついて、はっとした顔を見せる。
慌てて白衣の袖を少しまくって腕時計を確認すると、駆け足で走ってくる。
当然、その後を少女が追いかけてくるが、カカシ先生の歩幅に追いつくことはできない。

「イルカさん」

「カカシ先生」

ようやくたどり着いたカカシ先生は息も荒く、俺の背中を押しながら、急いで病院の玄関にあがる。
少女がたどり着く頃には、玄関の鍵を閉めて、錠を下ろし、ドン、ドンとドアを叩く音を背後に、俺は背中を押されるまま、再び診察室に上がる。

カカシ先生が、診察室の明りを消した。

「いいんですか?」

暗がりで、カカシ先生の顔は見えない。

「いいんです」

ドンドン。

ドアの音は鳴り止まない。

「遅れてすいませんでした。ちょっと買いだしに出ていたら…運悪く捕まってしまって」

その少女との関係は一体何なのか、聞きたくてたまらない。
ただ単に好奇心だったのかもしれないし、もしかしたら、羨ましかったのかもしれない。
複雑な気持ちをもてあましつつ、ドアを叩く音が止むのを待っているのかと思っていると、 いつの間にか、すぐ後ろに、カカシ先生の気配がした。

驚いたが、嫌な感じはしない。
そっと肩を抱かれ診察室の奥のドアに連れてゆかれる。
診察以外で、カカシ先生のこんな近くに寄ったのは初めてだった…
かすかな消毒液の匂いが、つん、と鼻をかすめる。

「貴方の為に、いい酒を用意していたんですが、ここではちょっと…裏口から、外にでましょう」

そう、囁き声が耳元に落ちた。









(2005/9/8:)






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