12、











祭りの前日は嵐だった。

つけっぱなしのラジオから各地の降水確率が語られている。

明け方同僚にたたき起こされて、港の船を移動させたり、流されないように縄でしっかりと港とくくりつけると、ほうほうの体で帰ることができた。

シャワーを浴びなおして、濡れた髪を洗いながら、流れてくるラジオから、今度は明日の天気を知る。

晴れる。

良かったな、と思う。

今ごろ、浜辺では祭りの担当をしている大人達が集まって、ビニールシートでやぐらを覆っていることだろう。

カカシ先生は、大丈夫かな…。

嵐で窓が割れないように、雨戸を閉めているかもしれない。
弟のサスケを手伝いに使って。
そういえば…と、思い出したように机の引き出しをあける。

そこには、練った薬の入った貝殻が入っていた。

暴漢に襲われた次の日、腕の怪我のために立ち寄った診療所から帰るときに、目の前に突然サスケが現れた。

「…これ」

そう言って、サスケが右の拳を差し出す。

なんだろうと手を伸ばすと、ことりと、可愛らしい貝の薬が手の平に落ちてきた。

「これ、お前が作ったのか?」

あきらかにお手製の薬ケースに、喜びが押さえきれない。

返事が返ってくることを諦めつつ、姿を見かけるたびに、挨拶をした。
無表情な横顔に、この子は一体なんの話が好きなんだろうと、子供が好きそうな話を探してきては話し掛けたりもした。

その努力が実って、サスケが心を開いてくれたのかと思う。
心のこもった贈り物で。

「ありがとう、大切に使わせてもらうよ…」

「イルカ先生ー!」

その時、丁度、運がいいのか悪いのか、遠くからナルトがやってきた。
俺がこの診療所に通っていると知っている、数少ない人間だ。

「あっ!サスケ」

「…フン」

顔をあわせると、お互いにぷいっとそっぽを向く。
仲が悪いというのは本当のことかもしれない。
まあ、無視をしあっているよりは相当いいが。

ナルトはすぐに俺の手の平にあるサスケの薬を見つけて、ピンときた。

「その薬…!お前がやったのか?そんな妖しい薬、イルカ先生に渡すなよ!
先生、使うなってばよ。腹壊すってばよ」

「はは…でもこれ塗り薬だから、腹は壊さないぞ」

「でも駄目!絶対使わない方がいいって」

「…お前の渡す雑草よりかは全然マシだと思う」

「なんだと!」

怒るナルトには悪いが、こんなにサスケの声を沢山聞いたのは初めてだった。
その日は、ナルトの首根っこをひきずりながら丘を後にし、わがままを言うその口を、ラーメンと説教で黙らせて、疲れて机にその薬を仕舞うと、すっかりその存在を忘れていたのだ。





蓋をあけると、淡いうす緑色の塗り薬が入っていた。
つん、と鼻を刺す匂いがする…

あれ、この匂い、どこかで…

はっ、とそれに気がついて、手の平から、塗り薬が落ちる。

ああ、この匂い、どこかで嗅いだことがあると思ったら、あの洞窟で嗅いだ匂いではないか。

台所からナイフを持ってきて、腕を出し、わざと自分の肌に傷をつける。
ぷっくりと浮いてきた血をタオルで拭い、サスケからもらった薬を塗ってみた。

血はぴたりと止まった。

よく効く。

でも、どれだけ効くと言っても、この即効性はありえないのではないだろうか…?

『カプセルの中身の匂いをかいでみろ』

与那の台詞が脳裏をかすめる。

もしかして…と、信じたくない気持ちで、カカシからもらった内服薬をとりだす。
震える手でカプセルを割ると、中からでてきた薄緑色の薬をコップについだ水で溶かし、嗅いでみて、やっぱり、と囁いた。

なにか、青臭い匂い…あの洞窟で嗅いだ匂い。
なにかの植物の匂いであることは容易に分かったが、あの沖合いの洞窟で、見知った植物なんてついぞ見た記憶がない。

どうして!?

気がついたら、合羽を掴んで表に飛び出していた。











お願い、聞いてください。

診療所の寝室で、カカシ先生に囁かれた。

一緒に死のうって言ったら、死んでください。


驚いた。

カカシ先生、悩みでもあるんですか?
俺が真剣な面持ちで尋ねると、お願い聞いてくれませんか、と返ってきた。

しばし迷って、はい、と答えた。

今度はカカシ先生が驚く番だった。

くすり、と意地の悪い笑みを浮かべて、嘘ですよ、と言われた。
でも、その笑顔はどこか寂しそうで。
俺たちは、裸の体がぴったりと密着させて薄いベッドの中にいた。

カカシ先生は腕を伸ばし、俺の首に両手の指を絡める。

ねぇ、どうしてそんなに優しいんですか?

俺が死ねって言ったら、イルカさん、貴方死んでくれるんですか?

俺が死んだら、後を追ってくれるんですか?

…カカシ先生が死んだら悲しいし、死にたくもなりますよ。
でも、なんでそんな話するんですか?

俺がそう言うと、カカシ先生は目を細めて指に力を込めた。

俺がもし、不慮の事故で死んだとしても、貴方にはまだこの先の人生が残っている。
そうしたら、新しい恋人を見つけて、家庭を築くことでしょう。
そして、いつか忘れてしまう。オレのことも、この日々のことも。
それが、許せないんです。

カカシ先生は、ぽつり、ぽつり、と語った。
この人が自分のことを語ることは少ない。
そこから、今なにを考えているのかを知る。

…いいですよ。じゃあ貴方が死ぬ時、俺も死にます。約束します。

この人のすべてを受け入れようと思った。
苦しそうに自分を語る眼差しも。
絞められた喉の苦しさも。

優しすぎますよ、イルカさん。

喉を絞めていた指先が離れて、瞼を押さえられる。

カカシ先生の顔が見えない。

…カカシ先生、泣いてるんですか?

泣かないで。

なにも見えない世界で、カカシ先生の唇だけが確かに感じられた。








ごうごうと側溝を泥水が流れてゆく。

まだ午前中だというのに、空は暗く、曇空の夕暮れ時のようだ。

強い風と雨に足を攫われそうになりながら、長靴で、診療所までの道を必死に登ってゆく。

ドンドン、ドンドンと、白いドアを叩く。

不意にデジャヴに襲われる。この、ドアを叩く音に見覚えがあった。
あの夜、ドアを叩いていたのは、あの美しい乙女で、今は自分。 ドアの向こうにいるであろうこの病院の医師を想う気持ちはお互い変わらないのに、なぜか俺だけが選ばれて、彼女は見向きもされなかった。ドアを叩きながら、頼むからでてくれと必死に思う。あの時、あの子もこんな気持ちだったのだろうか。

「どなたですか?」

「俺です!イルカです」

ドアの向こうではっと息を飲む気配がする。
すぐ中から錠を外す音が聞こえてきて、嵐に背中を押されるように診療所の中に入った。

ごほごほと咳き込む俺。
カカシ先生は白衣を着ておらず、普段着だ。

「すごい嵐…」

「どうしたんですか、イルカさん。こんな日に、びしょびしょじゃないですか!
とりあえず、なにか拭くものを…」

奥に行こうとする手を取って、壁に縫い付ける。

「なにを…」

「カカシ先生、黙って、俺の質問に答えてください。
あの薬…なんで、あんなによく効くんですか?」

「あの薬って?」

「ここの診療所で処方してもらっている内服薬のことですよ」

「あれは本土から取り寄せている薬で、普通の医療現場でも使われている薬ですから。
市販の薬より断然効きは違うと思いますよ」

―――よくそれだけ嘘をつけるものだ。

「医療現場で使われている薬が、正体不明の植物を使ってるんですか?」

洞窟で嗅いだ、青臭い匂い…

俺が、息も途切れ途切れに言うと、カカシ先生から表情が消えた。

「傷口が一瞬でふさがりました…貴方の薬と、同じ匂いのする、サスケからもらった薬で」

「…よく、効くでしょう。あれは、特注品ですから」

「俺も、自分の持病を治すために色んな薬を飲みましたが、あんな匂いのする薬飲んだことありませんでしたよ。

特注品って言って、貴方、副作用も効果もよく分からない草を使って薬を作ってるんですか…!
俺のことはどうでもいい、それより他の、島の人にも処方したんですよね…!あの薬、よく効くから!」

いつの間にか襟首を持つ手に力がこもっていた。
カカシ先生はなんの表情も浮かべずに「それがどうかしましたか」と抑揚のない声で答えた。

「オレが処方した薬が効くと、島の人々はみんな感謝してくれましたよ。それだけでいいじゃないですか」

「よくないです!もし毒でも入っていたらどうするんですか。即効性がなくて、長年体に蓄積されていくような毒が…。そんなことも考えずに薬を作ってるんですか?!しかも自分だけで…!」

「…あの薬は、よく効きますからね。この島の、あの洞窟にしかないと知られれば、大勢の人間が大挙してやってくるでしょう。それは、まずい」

「なにがまずいんですか!薬の成分が解明されれば、そっちの方がいいに決まってる」

「成分なんて、とっくの昔に知ってますよ。自分で」

「自分で試しているんですか」

「口にすれば、分かりますから。それが、毒を帯びているか、いないか」

「自分に傲慢なのにもいい加減にしろ!そんな分かりきったように…カカシ先生がそんな人だったなんて知らなかった」

「でも、本当のことですよ」

「本当かどうかなんて、口にしただけで分かるわけないじゃないですか!」

カカシ先生は、その言葉に悲しそうな顔をした。

「…そうですね。分かりました。イルカさんがそう言うなら、もうあの薬を使うのはやめます」

「そうですよ…もう、止めてください」

掴んでいた指を離し、カカシ先生の肩に顔をうずめる。
カカシ先生がそっと肩を抱いた。

「でも、イルカ先生の持病によく効く薬がなくなってしまいますね」

「いいんです。そんなこと…」

「漁、大変になりませんか」

「別の薬でなんとかなります。大丈夫ですから」

大丈夫ですから、もうよしてください、と何度も囁いて、カカシ先生がはい、はい、と何度も返事を返す。

頼むから、やめてくれ。

黙っていれば、誰も気がつかないはずだから。

もし、あの薬に副作用があって、死者がでてからでは遅いんだ。
死人が出ることよりも、それによって、カカシ先生が遠くに連れて行かれることの方が怖かった。
















(2005/9/10:)






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