3、









島に着てから、二ヶ月がすぎようとしていた。

漁にもだいぶ慣れて、船の舵を任されるようになった。
船内の魚群探知機の前にああでもないこうでもないと話す海の男たちの会話の内容に耳をそばだてて、まだ見ぬ獲物を想像して心が高ぶる。



島の生活は楽しい。

漁が早く終わって、大きな網を抱えて、港に下りる。

影の濃い、せまりくるような入道雲を見上げて、暑いな、と呟いていると、背後から聞いた声が聞こえてきた。

「先生ー!」

ぶんぶんと大きく手を振って、ナルトが駆けてきた。

「どうだってばよ?今日は大漁だった?」

「網を仕掛けてきただけだ。結果は明日だな」

「そっかー。大漁になったら、船に大漁の旗があがるもんな。
港に入ってくるとき、今日はあがってなかったから、イルカ先生てっきり魚が獲れなくてしょんぼりしてるかと思ってばよ」

「馬鹿だな。俺が漁にでたらいつも大漁に決まってるだろうが!」

「ゴミばっかり釣れたりして…」

「なんだとォ!」

振り上げた拳をするりと交わして、にししと笑うナルトに、怒る気が失せる。

ナルトに、イルカ先生と呼ばれることもすっかり慣れて、今ではナルトのつれて来た子分にすら、先生を気取って色々な話をしてやる。 学校では教えてくれない話をすると…特に、都会の話をしてやると、子供たちは目をキラキラと輝かせて話に聞き入る。
古きを重んじる島の体質に飽き飽きしているのは、若者だけではない。
こんな幼い子供たちまでもが、島のしきたりや、掟の犠牲になっているのだ。

(そういう古い体質が、現在、若者を寄せつけないようにしてるのかもしれんな)

酒宴の席で、綱手の言っていた言葉が思い出される。








「…海野さん、いいですよ。今日はこれでお終いです」

カルテを書くカカシ先生の前で、シャツのボタンを止めてゆく。

「薬を処方するので、受付で、受け取ってくださいね。
食前、食後、忘れないように服用してください」

「カカシ先生…あの…」

「はい?」

カルテを書く手を止めて、カカシ先生が顔をあげた。
間近で見ると、涼しげな目元が、なかなか色男だな、と思う。

「常々思っていたんですが…俺だけ、いつもカカシ先生ってお呼びするの、おかしいですよね」

「…あ」

カカシ先生が間の抜けた声をあげた。

「カカシ先生に初めてお会いした時、はたけ先生ってお呼びしたら『"カカシ"でいいですよ』って言われて、じゃあ、そうお呼びしますって答えて、ずっと使ってきたんですが、少し、慣れ慣れしすぎませんか…?」

「そんなことないですよ。海野さんに気軽に話し掛けてもらえた方が嬉しいですし」

「じゃあ、俺のことも、"海野"じゃなくて"イルカ"と呼んでくださいよ。
俺だけカカシ先生を名前で呼ぶのって不公平ですよ。
実は、俺のことも名前で呼んでくれないかなー…って、思ってて。

嬉しかったんですよ、カカシ先生に、名前で呼んでくれって言われて…ほら、俺たち年が近いじゃないですか。
だから、名前で呼び合えたらいいなあってずっと思いながら『カカシ先生』ってお呼びしてたんですけど……
いつ気がついて呼んでくれるかなってずっと待ってたんですけど、カカシ先生、全然気にしてないみたいでしたし…」

俺の突然の申し出に、小さい声で、「すいません」と答えが返ってきて、思ったよりも狼狽しているカカシ先生が微笑ましく思えた。

「えー…と、じゃ、じゃあ」

拳で、口元を隠して。

ごほん、と堰が聞こえる。

「イ、イルカさん…」

「そうそう」

にっこりと微笑んでOKサインを出す。

驚いた顔をするのは想定していたが、前髪で隠すかすかに赤い頬を見て、少し驚く。
そういう反応が返ってくることを予想していなかった…。

…割と初心な性格なのかもしれない。

カカシ先生には、俺にもまだ知らない部分がいっぱいあるらしい。

何度も、イルカさん、イルカさんと満足するまで呼ばせて、その日は診療所を後にした。

今度、一緒に酒を飲む約束までとりつけてきて、少しずうずうしすぎたかなあ、と心のなかで反省するも、 カカシ先生と打ち解けたような気がして、少し、軽い足元で、スキップまでしてしまった。



















(2005/9/8:)






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