2.









「―――先生!」

朝日が空ける前、漁へ向かう道すがら、ナルトに会った。
いや、正しくは、会ったというよりは、会いに来てくれたというべきだろう。
息を切らして駆けつけたという風体に、片手に握りしめている草の束。

「どうした?お前、今日はやけに早起きだな」

「イルカ先生に渡したいものがあって…」

そう言って、その握った草を寄越す。
草には黒い血のような赤い染みが点々とついている。
薬局で錠剤になって売られてもいる、外国でも日本でも有名なハーブだ。
この草に、古く、悲しい伝説の残っていることを俺は知っている。

「これは?」

「この島に生えている薬草だってばよ。体にいいから、飲めってばよ…!」

「これを渡すためにわざわざこんな朝早くから来たのか?」

少し目を見開いてナルトを見返す。
ナルトはこくんと頷く。
まだ幼さを残す腕に、いばらの傷を見る。
傷はまだ新しく、血が滲んでいる。

「ありがとうな」

そう言って、ぽんぽんと頭を撫でる。
ナルトは気恥ずかしそうに頬を染めると、笑顔を見せた。

今日は学校は休みなのかと聞くと、これから学校なんだってば、朝一番で行って、マラソン大会の練習をするんだってばよと元気な返事が返ってきて、じゃあね、イルカ先生、無茶すんなよ、ああ、分かってるよ、と会話を交わし、曲がり角で別れる。

島に来てから、仲良くなったのは、仕事仲間だけではなかった。

小さいときに親を亡くしてから、徘徊癖を持つ少年に、偶然会った。
島に来た若い男がめずらしいのだろう。
すぐに、目をつけられて、同じ境遇にシンパシーを感じて、お互いにすぐ仲良くなった。

最初は弟に接するような気持ちで話をしていたが、都会の話や、世の中の話、大人にするような話をしてやると、ナルトは、「先生みたいだってばよ」と言って、俺をイルカ先生と呼ぶようになった。
「俺の相手をしてくれる大人なんて珍しいってばよ」とも。

いたずらがすぎて、島の人々からは嫌われていたが、時折、人一倍人恋しくてたまらないという顔をする。まだ親の愛を欲しがる年頃だ。 そこが可愛くて、構ってやっていると、どこからか、俺の体のことを知ってきて、真剣に心配するようになった。

やんちゃ少年らしく、島の色々な場所から、妖しい正体不明な薬草や木の実、動物の体を持ってくる。
はたしてその効き目はあるのかと首をかしげながら思うのだが、「この間持ってきた薬草は効いたってば?」と聞かれれば、答えてやらねばならないと義務のように思う。

しかし、専門知識もないために、ナルトからもらってきたそういったものを持ち込むのは、いつも通っているはたけ診療所だ。
はたけ診療所は、俺が一週間に一度は通っている、島の、見晴らしのいい丘の上にたっている、小さな内科だ。




「…海野さんのおっしゃる通り、これは、弟切草に間違いありませんよ。
しかし、服用するにもてんぴに干して、細かくくだいてからでないと。
それにどれくらい摂取するかも、知っていないと飲めませんよね」

はたけ医師は薬草の本を片手に、穏やかに話す。
薬草をつまむ指は節だっているが細く長い。

「…そうですか」

本物の薬草だと知って、ほっとして、ようやく椅子に座る。

「随分と、あの少年に気に入られましたね」

「カカシ先生もご存知ですか?」

「一直線で、物怖じしない子供だ。
人見知りの激しい弟が、初めて喧嘩した相手ですよ」

そう言って、カカシ先生が、窓の外に目をやる。

俺もつられて窓の外をみれば、診療所の庭先で、こちらに背を向けて1人で海を眺めている黒髪の少年が目に入った。

もう何回もこの診療所に通ったが、ほとんど会話をした記憶がない。
大人しい、物静かな少年で、大人が嫌いなのかと思うとそうでもないようで、いつもここではない遠くを見ている、不思議な雰囲気の少年だ。

…しかし、カカシ先生の弟、という割りには年が離れすぎているように思える。
それに、兄弟らしい会話をしている姿をみかけたこともない。
なにか、込み入った事情があるのかもしれない。


「海野さんさえよければ、俺が知人に、薬にする方法を聞いてあげてもかまいませんけど」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

ばっと頭を下げると、くすりと笑い声が返ってきた。

「大げさですよ。そんな対したことをしたわけでもないし」

「いや、本当に、カカシ先生には毎回、色々ご迷惑をおかけしていて…」

「俺は貴方の主治医ですよ?患者の望みをかなえてあげられなくてどうして主治医と呼べますか」

カカシ先生の声には深みがあって、そのイントネーションが心地よい。
物腰の柔らかい、医者独特のその雰囲気を、俺は気に入っているのだが、この島には珍しく…こう言ってはなんだが、似合っていない。
まだ若くて、医者といういい職業に就いているというのに、こんな小さな島で個人経営なんかしていて、満足できるのか、とかつい、そんなことを考えてしまう。

どんな仕事についていようと、どんな人生を送ろうと、本人が満足さえしていればいいのに。


「―――そういえば、カカシ先生は、沖にある『御鬼嶽』という洞窟をご存知ですか?」

気を紛らわすために話題を変えると、ファイルを棚に戻す手がぴたりと止まった。

そして、胸を開けてベッドに横たわる俺に視線を寄越した。

「鬼が棲んでいるという…?」

「ああ、ご存知だったんですね。やっぱり…。
この間、綱手姫から、あの伝説について聞いたんですが、伝説も祭りの儀式も凝っててすごいですよねぇ…。
もうすぐ祭りだそうで…漁の仲間にそうやって話したら『祭りが近づくと鬼がでるから気をつけろ』って脅されましたよ」

「…馬鹿らしい。ただの、昔話でしょう」

俺が笑ってそう言うと、先ほどとはうってかわって冷たい声が返ってきた。

「…あ、すいません」

「貴方が謝ることではありませんよ」

そう言うと、カカシ先生は改めてファイルを仕舞った。
それで、その話題は終わりだ、という雰囲気が漂ってきて、なんとなく気まずくなって、俺は早々に病院を後にした。



帰り道をゆきながら、鬼なんて、昔話で、幼稚な話題だったかな、カカシ先生気を悪くしたんだろうな、と深く反省した。

この島で、同世代で知り合いというと、カカシ先生しかいない。
本土の友達に挨拶もそこそこでこの島に越してきてなんだが、カカシ先生とは、職業の垣根を越えて、仲良くしたい、と強く思っていた。














(2005/9/8:)






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弟切草 Hypericum erectum:
生理不順、鎮痛剤としても使われる。
てんぴに干して服用。生薬(しょうやく)で、小連翹(しょうれんぎょう)という。












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