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はじめに:

注意。痛い話です。変わったカカイルです。
イルカ先生がやさぐれていて、少し狂ってます。
カカシが不気味に優しいです。
コンテンツ「白煙は静かに時を刻む」の文章版です。
そういう表現もあるので苦手な人は飛ばしてください。



































さびしがりやのあなたの心にそっと忍び寄らせて。

同情のような優しさでいいんですと、あなたは言うでしょう。

あいにくと、こちらはそんな優しさは持ち合わせていなくて。

元々、冷たい性格なんですよ、オレは。

あなたにだけ、優しくしてあげますよ。

心から。

あなたが好きだから。

さびしがりやなあなたがいつか消えてしまわないように。

逃げてしまわないように。

優しさで囲って。


最近、オレはあなたがいるから自分がいるような気さえするんですよ。














Leison D'etre
(レーゾン・デートル)
















「…いっときますけど、これは同情なんかじゃありませんから」

寒いだろうから、と。

剥き出しになったイルカの肩にそっとブランケットをかけて、ベッドサイドにあった灰皿できゅっと煙草を捻り潰した。


きしり、と畳のたわむ音がして、カカシは立ち去った。言葉もなく。




―――――ひどい傷を負っているんです。

背中の傷なんかじゃないんです。

心のもっとずっと奥深くに根を下ろしたそれは、蜘蛛の網のように両手を広げ心に絡み付いて離れようとしないんです。

ひどい人だひどい人だ。

「今日は泊まっていかないんですか?」

そう聞いても、答えはなかった。

同情なんかじゃないから、と言ったきり帰ってしまった。

俺を置いて。

違う!分かっている!

ひどいのは自分だ。

あの人の優しさにつけこんで、あの人が抱いている感情を利用して、自分の慰めの道具にした。





それでもカカシに対して理不尽な感情が生まれる。
苛立ち、焦燥、困惑。
自分からしてほしいと言ったではないか。カカシはそれを叶えてくれた。
ならばなぜどうしてこんな風に憎しみに似た感情を抱かなければならない。

どうして?分からない。

ならいっそ…

ぴたり、とキャベツを切っていた手が止まる。
カカシは居間で寝転がって忍具の雑誌を読んでいる。
テレビの音に混じって、小さな鼻歌が聞こえてきた。古い童謡だ。
イルカはまな板に背を向けた。

包丁にはキャベツがついたままだということに気がついたが、どうでもいい。

音もなくその背後に立つ。

鼻歌は止まない。

「今、死にたいですか。
後で死にたいですか」

カカシが振り返った。

イルカの顔を確認してから、右手に握られたそれを見て、すうっと目を細める。

「…なに考えているんです」

「そんなもの」と目にもとまらぬ早業で背後に回りこまれて「オレに」と言葉を続けて 「通用すると思っているんですか?」

パシッと右手をはたかれて、カシンッ…と包丁が床を跳ねる。
イルカはカカシに強く肩を掴まれシンクに背中を押し付けられた。

「―――――っん……!」

すばやく口を塞がれて強く深く口腔を犯される。
カカシらしくない性急なやり方に驚く。
いつもはもっと甘く優しく触れてくるのに。








「………あ…あ、あ………っカカシ先生!!」

「これくらい、ひどくして欲しいんでしょう、あなた」

ギッギッギッギと激しくベッドが軋み、意識が飛びそうになる。

白と黒の星が瞼の裏でちかちかと光り、 真っ白な世界に連れてゆかれる。


気持ちいい。


気がつくと頬が濡れていた。

それでもカカシは止めようとしない。
ぺろりとイルカの頬を舐めながらも動きを止めることはなかった。







事が終わると、カカシは背中を壁にもたれかかって、両腕を組み、何を考えているのか分からない表情をベッドの上のイルカに向けている。

「…もっとキツくしてもいいんですよ。それがオレの優しさですから」

綺麗な顔をして残酷なことをいう。

「どうしたら、あなたの中の小さな子供は泣き止んでくれるんでしょうかねぇ」

右手の白煙をくゆらせながらカカシは苦しそうに言った。

苦しいのはこっちだ。
イルカは自分でも驚くような低い声で答えた。

「分かっているなら、放っておいてください」

「そうやって逃げるから歪んでくんですよ。
冷たい言い方かもしれませんが、スパッと割り切ることですよ。
でなきゃ人生面白くない」

「…もう帰ってください」

「嫌です」

「もう…抱いてくれなくても結構ですから」

「イヤです。オレはあなたをこれからもずっと抱くし手放すつもりもありません。
肝心なのは」

カカシは腰をかがめ、タバコを持った右手でイルカを指差しながら言葉を続けた。

「あなたがその態度を軟化させることだ。
氷が溶けるように。
…オレは忍びのカウンセラーでも医者でもないから専門的なことは分からない。
けど、あなたが、オレにだけ見せるその顔、表情が心配なんです。
気に入らないんですよ」

「…どういう風に変わればいいっていうんです?」

「もっと」


カカシはベッドに寄るとイルカの腰に腕をからめてついっと傍に寄らせた。

「…誘うように、可愛くおねだりしてくださいよ。"抱いてください"って」

「…っい!嫌ですよ!!」

「…と、言うと思った」

カカシはタバコをくわえた唇をすぼませて猫みたいな笑顔を浮かべた。

「でも、そっちの方がいい。
あなたは笑ったり怒ったりしている顔が一番いい」

「オレだって…複雑な顔くらいします…」

「―――好きですよ。イルカ先生」

会話が成立していない。
思わずため息がでる。
この人はいつもそうだ。
自分の言いたいことだけ言って、やっておいて、人の都合を考えてくれない。

「心配しなくても、今日は帰りませんよ。
ずっとあなたの中にいます」

「…っ!!そういう台詞、どこで覚えてくるんですっ!?」

「さあ…オレの先生からかな。あの人キザだったから。
…ねぇ、イルカ先生。
オレはあなたよりずっと分かりやすい生き物なんですよ。
知っているでしょ?」

そう言ってまた、猫の笑顔。




最初にそういう風になったのはいつのことだったか。

酒に酔って、畳に寝転がった俺の脇の下に腕を差し込んで、優しく抱き上げてくれたときするりと口からすべり落ちた言葉。

「…襲わないんですか」

「…」

ゆっくりと振り返ったカカシは無表情な顔だったが、その内側で激しく動揺しているのが分かった。
普通なら気づかないであろう変化も分かるようになった。分かるようになってしまった。

「…襲って欲しいんですか?」

自然に振舞っているようで、語尾が上がり気味だ。

「…お願いがあるんです。カカシ先生」

イルカはひたり、とその青と赤のオッドアイを捕らえた。









「…いつも、こんなこと誰かにお願いしているんですか?」

髪を撫でる手をそのままにイルカはそっと笑う。

「…こんなことを頼んだのはカカシ先生だけですよ」

「…ああ、よかった。オレだけにしてくださいね。これからもずっと。
実はね、気がついていたかも知れませんけど、ずっとあなたのことが好きだったんです。
こんなことになってから言うのもなんですけど」

ピロートークだというのになんて色気のない言い方だろう。
でも、そんなことはどうでもいいかとも思う。
こんな、お互いの想いがまったくかみ合わない関係で。

「…イルカ先生は明るいだけの人かと思ってましたよ。
こんな一面があるなんて」

「幻滅しました?」

「いえ。どんな形であれ、あなたと一緒になれて嬉しいですよ。
それと、そういうの、人間臭くていいです」

この人を好きかと聞かれたら好きだと答えるだろう。

けれど、その”好き”は世間一般の指す"好き"とはまったく異なっていて、 イルカはカカシの想いにけして答えることはないだろうということだけは、分かった。










破天荒に明るい人だと思っていた。
屈託がなくてそれでいて、よく怒る。
まぶしいくらい感情のはっきりしたそんなところに惹かれたのだけど、一緒に飲むようになって、親密な関係になるようになって、印象は変わった。



―――ー気がついたら、時計の針は一時を回っていて、 くらくらする頭で薄暗い部屋を手探りすると、ビールやら焼酎やらの空き缶と共に、ごつんとなにか硬いものに当たった。

ああ、イルカ先生の頭だ。

カーテンの隙間から差し込む月光に、ぼんやりとイルカの寝顔が浮かんで見える。
酒によっぱらって、少し情けなく半開きになった口からだらしなく涎がたれて、赤く染まった顔が。
カカシは今日も今日とてイルカ宅にあがりこんで、綺麗な満月をつまみに酒を飲んだ。

何杯も。何杯も。

酒豪というわけでもないのにイルカは深酒をする。

この人がにこにこと笑いながら酔っ払ってゆくさまを見るのはなかなか面白かった。

泣いたり笑ったり、色んな顔を見せてくれる。
それに普段じゃ見れない顔も。

イルカは酒が過ぎてくると、時折、ふっとさびしげな表情をする。
本当に一瞬だけ。
車輪眼でないと見過ごして、捉えられないくらいの刹那。

「…カカシ先生、俺、夜が恐いんですよね」

「…恐い。どうしてです?」

ぐびり、とまた一杯呷りながらカカシは答えた。
もちろん視線は初めて面白い表情をしてくれたイルカから外さずに。

「夜って静かじゃないですか。ベッドに横になってじっとしていると、思い出したくない昔のこととか色々蘇ってきたりして…」

「…よくあることですね。オレたち忍なら」

トクトクトク…とグラスに酒を注ぎながら答えた。

「誰かが戦死しただの、抜け忍になっただの、そんなのはしっちゅうのことですよ。
最初はそりゃあ悲しいかもしれませんが、時と仲間がそれを癒してくれます。
…忘れることですよ。嫌なことなんて」

それができてれば、苦しい気持ちになることもない。
…だったら毎日慰霊碑に足を運ぶ自分はなんなんだろうと。
カカシは度の強い酒をぐびっと一気に呷った。
偉そうなことを言ってしまった。自分もだいぶ酔っ払っている。

「…そうですね。カカシ先生のおっしゃる通りですね。
俺甘いですよね。はは!こんなんだからいつまでたっても中忍なんですよね!」

その笑顔が空回りしていることに気がつく。

「だいぶ、飲みすぎましたね…イルカ先生も。
泣き言なんてらしくないですよ。
…それとも、そっちが本心なんですかね」

「…変でしたか?」

イルカの笑顔が曇る。

―――まずいな。

分かっているがとめられない。

「変、じゃない。色々分かってくるんです。
あなた、時折、そんな顔しますね。
毎日こんなに飲んで…俺は酒が強いからいいですけれど、その様子だと以前から一人でもずっとこうだったんでしょう?
おまけに、俺のこともこんなに酔わせて……寂しいんだ。
違いますか?」

「…」

イルカの眉根に皺が寄る。
苦しそうな顔は初めてみるが、似合う。そうすると年齢より老けて見えた。

「楽しく飲みましょうよ…カカシ先生。
…どうして、そんな風に追い詰めるんです?
おかしいですよ。言い方が汚すぎます」

先ほどの質問。答えることなんて、できないだろう。

「これがが俺流の親愛の情だって言ったら怒りますか?
はっきり言いましょう。あなたは孤独なんだ」

図星だったから、言い返せなかった。
自分の秘密を暴かれて痛いところを突かれてうなだれた。

いつも笑顔で隠していた本心の一部を。

情けない。

みっともない。

なのに、目の前のカカシはうっすらと笑みを浮かべてそんなイルカを見ている。

そんなにおかしいか。

子供のころの傷を、ずっと引きずってきた俺が。




















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