Jade in Sands Vol.3

 結末から先に言えば、翡翠の都は灰燼に帰した。土地に生まれた者は、エルフも、鳥も、獣も、いや虫1匹、草木1本さえ残らなかった。付け加えるなら、誰も楽な死に方はせず、絶望と苦痛にのた打ち回り、最後まで終局を受け入れられないままだった。

 あるいはもっと強力な守備隊さえ居れば、救いの無い筋書を変えられただろうか。答えは否である。翡翠の都は桃源郷ではなく、沙漠化と緑化という2つの作用がぶつかりあう生命の前哨基地だったからだ。

 其処では、殺戮と破壊を生業にするだけの専業戦士団を雇う余裕など無かった。オアシスエルフが"安全を守って貰う"為に、野良仕事にも、灌漑作業にも役立たない大量の穀潰しを養う愚を犯していたら、邑はもっと早くに砂へ埋れていただろう。

 兵隊というものは、他の兵隊が居ない限り需要の無い職である。空疎な戦場の名誉などより大切なことを心得ている者達の間では、存在意義を失う。

 しかしあいにくと、人はオアシスエルフほど達観した種族ではなかった。やり甲斐はあるが辛くて報いの少ない労働よりも、往々、仮初にも派手で旨味の多い生き方を選ぼうとする。

 赫々たる武勲や涙尽きざる悲劇、英雄の壮挙、戦友同士の熱い友情、男らしさを切々と訴える叙事詩ほど人の心を揺すぶるものがあるだろうか。

 軽佻浮薄な吟遊詩人も、時には野営地の汚さや辛さ、故郷に家族を残してきた騎士の悲哀、過去の影を負った背中などを、修飾語をたっぷりに謳いあげはするが、どれも所詮は、程々の苦みで口当たりの良い虚偽の味を引き立てる、小さな真実の芥子種。はたまた、殺戮へのあからさまな賛美だけでは、些か良心が傷つくからと、ちょっとばかり神妙そうな挿話も織り交ぜ、賤ましい娯楽に興じる後ろめたさを誤魔化しているに過ぎないのだ。

 七弦琴の旋律に合わせ、歴史の闇より甦るのは、いつも血の香りをさせた王侯や貴顕ばかり。剣が栄光を斬り取る度、足下に斃れ、踏み躙られる骸には、まるで注意が払われない。よしんば平和や静謐、穏かな暮らしだけを寿ぐ輩が登場しても、たちまち臆病者とか能天気な連中と決め付けられ、軽蔑と共に隅へ掃き寄せられてしまうのが常である。

 斯くして、翡翠の都もまた忘却の霧の彼方へ消え去った。しかし人の所業は、全く痕跡を残さないという訳には行かない。後になってどういった捉えられ方をするにせよ、痛みと苦しみの記憶は、どこかにこびり付き、復権を待つのだ。

 物語は続く。











 エルフの少年は眼前の光景に耐えられず嘔吐した。側で彼の背を摩る年上の少女も矢張り気分が悪かったが、小さな連れの手前堪えていた。

 木霊の林ドライアド・ウッズの広場は、死者の躯で埋め尽されていた。エルフの焦げた肉や、木の枝に串刺しになった胴が早くも異臭を放ち、ご馳走に引き寄せられた羽虫の群がぶんぶんと飛び廻っている。

 ほんの昨日まで、生きて共に暮していた同族が、想像を絶する最期を迎えたのだ。まだ幼いレフィにはきつすぎる出来事だった。

「レフィ、目を瞑ってなよ。ボクが手を引いてあげるからさ」

 自分の声が変に裏返るのを感じながら、ジゼルは大人らしい役割を演じようとした。嗚咽を続けていた少年は、それを聞くと、ぎゅっと瞼を閉じて涙を払い、無理に腰を伸ばした。

「大丈夫、大丈夫です…皆は…他の皆はどこでしょう。父様や、長老達、それに女の人達は」

 問われて、ジゼルは広場を見回した。生者の気配は無いが、幾つか奇妙な点に気付く。

「そうだね…」

 死んでいるのは男ばかりだが、刀傷や矢を受けた者は少なく、魔法の残り香がした。殆どが目鼻立ちの見分けもつかぬ程損傷しているのは、却って救いだった。今見ている屍が知合いの誰なのか、解らずに済む。だが、生き残りの仲間に関する手掛りは掴めなかった。

「聞こえる…」

「え?」

 少年のぼんやりした呟きを耳に留め、少女が怪訝そうに尋ね返す。レフィは口を利くより先にふらふらと歩き始め、ジゼルに向ってある方角を差し示した。

「あっちの方で、沢山の女の人の声が…でも皆苦しそう…」

「待って!だったら敵に捕まってるかもしれないよ。まずは慎重に様子を確かめてから…」

「助けてって、死んじゃうって、言ってるんです…行かなきゃ。ジゼル様は待ってて下さい」

 言うが早いか彼は駆け出していた。ジゼルは慌てて後を追う。2人は、広場を逸れて再び林の中に戻り、トネリコの古木をすり抜けて別の空き地へ出た。煙に翳った太陽の下、菫など丈の低い草が緑の絨毯を織り成す只中に、古めかしい石柱が環状に並んで、打ち捨てられた円形劇場のような風情を醸し出している。だが此処はあらゆるオアシスエルフが畏れ敬う場所、木霊の林の心臓部であり、翡翠の都の魔力の源泉たる、"最初の井戸"の祭壇だった。

「ここって…」

 そう、子供が入ってはいけないと何度釘を刺されたことか。祭壇は至高の聖域、例えジゼルのような特別な身分であっても長老達の許可が無くては立入を許されない場所なのだ。禁を破れば部族全体に恐ろしい災いが訪れると教えられていた。

 いつものお転婆な姫君が珍しく躊躇しているのに、生真面目な筈のレフィは脇目もふらず、石柱を潜り抜け、内陣へと姿を消した。何かが少年の心を変えてしまっていた。

「れふぃ…」

 寝惚けたような女のままやきが耳に飛び込んでくる。覚えがあった。リフォルのはとこ、レーヘリンの声だ。

「みんなぁ…れふぃがきたよぉ…おとこのこ…だよ、まだいきのこってたんだよ」

「おかえり、れふぃ、ぶじでよかった」

「こっちへきなさい、かおをみせて」

 歓迎のささめきが広がっていく。出遅れたジゼルはほっとして、自分も列石を潜ろうとした。

「ジゼル様、来ては行けません!」

 少年の切羽詰った制止に、彼女は凍りついた。

「じぜる?じぜるもきてるの?じゃぁいっしょにあそぼ…きもちーこといっぱいおしえてあげる」

「ほら、おいで、れふぃのおしりにいっぱいきのみをつめてあげようね」

「こっちよ。こっちであなたのおしっこをのませてちょうだい」

「じぜる、じぜるのしょじょをわたしにちょうだい、わたしのすらいむがくいやぶってくれるわ」

 漣の如く寄せる言葉。初めはよく聞き取れなかったが、徐々に意味が解るにつれ、項が総毛立った。正気の声ではない。精神を病んだ女の、爛れきった妄言だ。

「レフィ、戻って来なよ。早く!」

「だめよぉ。じぜるにおとこのこはまだはやいわ。れふぃはわたしたちのもの」

「そう、それよりあなたもいらっしゃいな。かわいがってあげる。ふふふ、ほほほほほ」

「お願いです、正気に戻って…くっ眠りアンフェタミン!」

 祭壇の内側で呪文が唱えられる。だが狂った笑いの合唱は止む所か、いよいよ高まる。

「いけないこ、ねむりのまほうなんてきかないわ…しきゅうと、はらわたを、すらいむたちがかきまわしているんだもの…さぁあきらめなさい」

「ジゼル様、逃げて!入って来ては行けません。く、離しなさい、止めっ」

 エルフの少女は、連れを助けようと、遮二無二列石を環状列石へ踏み入る。だがレイピアを抜こうとした手は、酸鼻極る肉の絵図に、力を失った。

 いずれも赤髪のエルフ娘達が、一糸纏わぬ姿で絡み合い、青みがかった粘液を潤滑剤に、肌と肌を擦らせ、妖しく蠢いては、ひっきりなしに嬌声と喘ぎを迸らせる。レフィは4人ほどの娘に取り囲まれ、石柱の一つに押し付けられて、枯葉の服を脱がされそうになっていた。1人が桜色をした唇に己の舌を差し入れてやろうと口を近付け、尖端から青い粘液を滴らせる。

「何してるんだ、レーへリン!レフィを離せよ!」

「あらじぜる、おそかったわねぇ…ほほ、じゅんばんをまちなさいなぁ…このこがぶるーすらいむづけになってから、あなたのあいてをしてあげるわ…」

「ブルースライム?」

「えるふをきもちよくしてくれるまほうのくすりよ。せいせいすると、そうるぶれいかーになるの、ふふ、ねんねのあなたにはまだわからないわね…みてなさい」

 濡れた指が少年の細顎を掴み、ゆっくりと開かせた。青く、てかる舌が伸びてゆく様に、本能的な脅威を感じたジゼルは、咄嗟に掌を押し出して魔法を唱える。

「レフィ、こっちに来て!加速疾走クイック・ラン!」

 刹那、レフィの姿がぶれ、粘液が爆発したように飛散した。地面を蹴った少年は、一飛びで少女の隣に戻る。髪の毛や服の袖に青い粘液がついているが、特に異常な様子は無い。ただ唇は動揺のために血の気を喪ってわななき、華奢な肩は瘧にでもかかったように激しく震えていた。

「皆どうしちゃったのさ!なんで…これも敵がやったのか。あの騎士達が」

「そう、グノーフさまのおかげよ。こうしてむげんにつづくかいらくをもらったんだから」

「グノーフだって?リフォルの夫の名じゃないか」

「ええ、りふぉるがあのひとといっしょにきて…ぱんぱんのおなかをつきだして、わたしたちにむりやりすらいむをうえつけたのよ、あひっ、でもぉ、いまは、も、かんしゃしてるわ…」

「しっかりしてよ!レーへリン。貴女はおかしくなってるんだ。リフォルが、どうして此処に戻ってくる訳?なんでさ!?」

 思わず刺々しい調子で問詰めるジゼルに、女達はきょとんとした表情である。その間もしなやかな指は己の秘貝や乳房を弄び、耐えず官能を求めているようだったが。

 レフィを抱き寄せながら、エルフの姫君は身震いした。何が起きているのだろう。どんどん解らなくなってくる。嫌な予感は膨らむばかりで、神経は度重なる衝撃に麻痺し始めていた。

 惑乱したジゼルを嘲るように、背後から低い含み笑いが漏れる。振向くと、いつのまにか列石の上に男女が腰を降ろして、脚をぶらつかせていた。男は瀟洒な拵えの重ね鎧を纏った、騎士らしい出で立ちをしていたが、高い鼻には学者風に細い銀縁の眼鏡をかけている。面差しもどことなく柔和な印象を与え、ただ幾分意志の弱そうな口元には、薄い、他人のご機嫌を取るような、悪く言えば卑屈そうな笑みが浮んでいる。

 女のオアシスエルフで、他と同様碌な衣服をつけず、胸の尖端と臍に嵌ったピアスを指で捻くりながら、石柱の天辺に股を擦りつけて荒く息づいている。ジゼルとレフィは彼女の容貌を認めた瞬間、こもごもに叫びを上げた。

「リフォル!」

「お姉様!」

 眼鏡の男はにっこりすると、リフォルの髪を鷲掴みにして2人の方へ突き出した。

「ほら、ね、お友達がさ、あの、呼んでるよ」

「あ、ああ…じぜる…ごめんなさい…あなただけは…でも、もう…」

 蕩けきった美しい双眸が、滂沱の涙を流す。

 ジゼルは、心臓を十柄の剣で貫かれたような痛みに、我知らず襟元を握り締めた。リフォルは拷問されたのだ。恐らく薄暗い黒の技に長けた魔導師の手口で。都の他の女達同様に。怒りを込めてきっと男を睨み据えると、正解だ、とでも言うように目配せが返って来る。

「やぁジゼルちゃん、まぁ、利発そうな、君には、うん、もうね?だいたいはね、解ってると、さ、あの、思うけど、ね?僕が、グノーフ・タンタクス、彼女の、夫で、その、騎士の、統領だ…」

「な、何故だ!何故こんな真似をしたんだよ!」

「はは、君達は、いつもさ、何故?とか、どうして?とか、ね、訊くけど、少しは、さ、自分でさ、ええと、考えて、ね、ご覧」

 グノーフ・タンタクスの穏やかな顔付きの奥にあるのは爬虫類の目付きだった。否、爬虫類はもっと無邪気な目をしている。彼の目は、他者の不幸や苦痛を喜びとする、人間という種族に特有の性格を帯びていた。

 ジゼルは気圧されつつも、口も利けないで居るレフィの肩へ手を回し、守るように身構えた。再び話し出したとき、声は震えていなかった。

「リフォル、こっちへ跳べる?ボクの側へ来て、お願い」

「だめなの、わたし、みもこころも、グノーフさまのものだから…でも、しんぱいしないで、とってもしあわせよ…ふふ」

 リフォルの告白に合わせ、他の娘も楽しげにざわめきだす。

「そう、りふぉるはしあわせね。わたしたちとおなじ」

「ここで、ふしあわせなのは、じぜる、れふぃ、あなたたちだけ」

「なにもかんがえなければ、しあわせなのに」

「ふしあわせを、かんじなければ、しあわせなのに」

「こころを、すててしまうこと」

「つよいものにくっすること」

「しあわせ!」

「しあわせよ、じぜる、しあわせよ、れふぃ、さぁこっちにいらっしゃい」

「黙るんだ!!!!」

 グノーフが立ち上がり、両手を風車のように振り回す。それからまたにっこりすると、ひらりと草原へ降り立った。ごつい篭手や脛当てが継目の所でぶつかりあって、かすかに軋む。だが男爵は、四肢に伝わる重力の感触には眉1つ動かさず、腕を大きく広げながら、娘を抱き締めようとする父親のようにジゼルの元へ歩み寄った。

「ジゼル、あのね君は、馬鹿どもの、言葉をね、聞く、ね。必要は、ない。君はさ、高貴の、血を引く、オアシスエルフのね、お姫様だ。君の故郷のね、姉上は、そう、かの、暗黒の賢者、ほら居るだろ?あの人とも縁が、あの、有る」

「だったらどうだっていうんだ!それ以上ボクとレフィに寄るな!」

「連れないな、レフィって、ねぇ、なんだい?その坊や?僕は、あの、男に、用はないんだ。リフォル、うーん、この子は、一体?」

「わたしのおとうと、れふぃおるあんどぅあ、ですよ♪さいちょうろうやちちから、しょうらいの、"きのつかさ"をみこまれて、いましたの。おくびょうなこで、たたかうちからは、ありません」

「そうか、でも、樹の魔法を、使えるのは、やっぱり厄介だな。うん。もう、森は半分、以上さ、焼けてるだろうけど、油断は、良くないからね。殺しちゃって?」

「はい、グノーフさま♪」

 リフォルが立ち上がり、手を天に掲げる。ジゼルは少年を背に隠すと、必死になって叫んだ。

「リフォル!どうしちゃったのさ?弟だよ!君の弟のレフィだよ」

「だって、グノーフさまが、じゃまだって、おっしゃるもの…どいてくれないと、けがするわよじぜる、木の杖ウッド・ストック

根腐れルート・ロットン!」

 攻撃呪文が放たれるや、間髪をいれず対抗呪文が答えた。大地から突き出した根は途中で青緑に膿み、ぐずぐずと潰れてしまう。レフィはジゼルの手を振り解くと、右手の石柱の陰に滑り込んだ。

「ジゼル様、姉は操られています。僕が彼女の魔法を抑える間に、男の方を倒してください」

「よし、解った!」

 レイピアが傾き始めた太陽を受け、冷たい煌きを放つ。男爵はおかしそうに笑うと、腰から角笛を抜こうとした。そうはさせじと少女の剣が篭手の先を狙う。

 グノーフは慌てて飛び退り、蹈鞴を踏んで態勢を立て直した。魔薬に意識を侵された女達は、ぼんやりと対峙する2人を眺めるばかり。人間の魔導師は、尚もびくびくした様子で注意した。

「こら、いけないよ。女の子が、あの、そんな危ないもの…」

「その角笛だって危ないさ。家来を呼ばれたら勝目が無いからね」

「君は、きっと、僕を倒して、いわゆる、人質に取る、つもりだろうね?それで、兵を退かせ、解毒剤の、ありかとかも、ねぇ?吐かせ、たいんだろ?」

「喋ると息が切れるよおじさん」

 鋭い突きが二つ、喉と右目へ繰り出される。容赦なく急所を狙う攻撃に、さしもの男爵も鼻白んだ。篭手を楯のように上げてじりっと、応戦の構えを取る。

「そうだね…炎のじごっ…」

 呪文を言い終えるより先に、再び喉仏目掛けて切先が滑る。

「"炎の事後"なんて呪文はないよ。後学の為に言っとくけど」

「ははは、怖い子だね、じぜっ」

 軸足と踏足の幅を大きく取ったジゼルは、素早く手首を捻るや、獲物に襲い掛かる隼のような勢いで3段突きをかけた。男は切りきり舞しながら下がり、石柱に背をぶつける。

「ボクの名前を気安く呼ぶんじゃない。豚野郎!」

「それは、あ、うん、すまない」

「グノーフさま!?だいじょうぶですか」

 石柱の上で矢継ぎ早に呪文を放っていたリフォルが、心配に堪えないように問う。それが攻め手の気を挫いた。瞬間、男爵は口の端をにやりと三日月に歪め、篭手でレイピアを掴み取った。少女がはっと気付いて戻そうとした時にはもう、がっちりと鋼の指が銀の刃を抑えている。

「うん、大丈夫だよ、リフォル。それよりさ、早く男の子をね、始末して…」

「ぐぅっ…神の鑓ゴッド・ランス!」

我こそ楯プロテクター

 至近距離で2つの呪文がぶつかると、ジゼルは身体は弾き飛ばされ、まっすぐ裸の女達の間に突っ込んだ。衝撃で指からもぎ離された剣が、傍らの草地に落ち、綾な象嵌を施した黄金作りの柄が、虚しく光を放つ。

「ははっ、あの近さで、あんな強力な、攻撃のさ、魔法を使うなんて、やっぱり、素人だね」

 歯噛みして起き上がろうとする少女を、無数の濡れた手が押さえ込んだ。

「いらっしゃいじぜる」

「かわいがってあげる」

「じゃまなふくはとりましょうね」

「だめだ皆!あいつを倒さなきゃ、ボク達は…あっ!」

 手がズボンの留め金を外し、シャツの下へ入ってくる。青みがかった汁が触れる所、痺れにも似た官能が閃いて、じわじわと筋肉を弛緩させていく。

「馬鹿どもも、うん、少しは、役に立つね…ほら、ほら、剥ぎ取って。上着もさ、下着もさ、一つも残らずに、ね?」

 手という手は命令どおり衣服を寛げ、エルフの織布を優しく脱がせる。振りほどこうとすれば振りほどこうとするほど、膚に粘液が染み込み、電流のようなものが脊髄を疾り抜けた。荒く息を吐く少女を、女達は神輿のように担ぎ上げ、掌から掌へと受け渡しながら、男爵の前に供した。

「やっと素直に、うん、なれそう、かな?」

生体電げ…プラーナ・ブラ…

 しぶとく戦いを捨てないジゼルの唇を、男爵のそれが塞ぐ。蕩けるような甘い感覚が頭の芯に広がって、少女は一瞬怒りを忘れた。

「呪文を、封じるのは、剣で、その、無くても、いいんだよ」

 口を離した男爵は、顔を綻ばせながら教える。屈辱に震えながら、ジゼルは残ったプラーナを掻き集め、最後の抵抗を試みようとした。

「いい目だね。でも、そうじゃないとさ、これも、使い様が無い訳だし」

 グノーフは微笑んだまま、腰から硝子の筒を取り出した。尻を押すと針が飛び出て、鈍く輝く。筒の中には濃い竜胆色の液体が揺れていた。

「これは、ええと、魂砕きソウル・ブレイカーと、そう、いうんだ。まだ、リフォルにしか使ってないけど、ね。狂いの魔薬、ブルースライムを、精製したものさ、効果は、うん、凄いみたい」

 ジゼルは相手を好きに喋らせながら、好機を伺った。テスラは成功させる自信が無い。炎の地獄ヘルズ・バーンでは効き目があるまい。使うなら冷血アイス・ブラッド死の霧デス・ミスト無効化レジストの愚を犯さない為にも、一撃に全てを込める。

「魔法を練るのも、ね。いいけど、話は、きちんと、聴くんだよ?」

 篭手の指が、小振りな乳房の頂点を捻り上げる。

「あぎぃっ、かはっ!」

 痛みと共に、有り得ない快感。白い火が、爪先から頭のてっぺんまでを灼く。

「魂砕きの、解毒剤は、異性の愛液。打たれたら、君がね、僕の子種を飲み干すまで、そう、満たされない疼きが、始まる、ここ、大事な、話だからね?」

 今度は反対側の乳首を捻られる。さっきよりも更にひどい嵐が彼女を揺さぶる。

「うっぐぅ…」

「どうして、泣かないんだい?この話を聞いた時はね、リフォルも最初は、とっても、べそべそ、うん、泣いたよ。君は、他の女達のように、誰か、親や恋人の名も、呼ばないし、ね…」

「リフォルが…泣いた理由が解らないの?」

「えぇ?」

「あの人は、怖くて泣いたんじゃない。お前を愛していたから、愛する男が、自分を裏切ったから泣いたんだ!お前は最低だ!彼女を壊して、何を手に入れた?あれはもうリフォルじゃない。人形じゃないか。お前は世界で最高の宝物を貰ったのに、それを滅茶苦茶にしたんだ。望んでも得られないような愛や信頼を、下らない戦の為に踏み躙ったんだ!」

「…エルフのね、愛や、信頼なんて、うん、反吐が出る程、悍しい」

 照れくさそうにそう答えるグノーフは、少女の断罪に如何なる痛痒も感じていないようだった。

「だったら死ね、死の霧デス・ミスト!」

 瘴気を含んだ濃霧が2人を包む。敵と距離が離れていないと術者も巻き込む故、余り使われることの無い呪文だが、威力は炎の地獄ヘルズ・バーンなどに引けを取らない。ジゼルが魔力を振り絞って放った死の粒子が、鎧の隙間から男爵の身体を侵す。

 相打ち覚悟の一撃だった。翡翠の都の住人の仇を討つとか、幼馴染であるリフォルの理性を贖うつもりではなかった。ただ、オアシスエルフのいと高き血筋が、彼女を駆り立てた。

「煙いよ…」

 いきなり、グノーフは護符を少女の胸に押し付けた。宝石が二つ、音を立てて砕けると、霧は晴れていく。ジゼルは絶望の淵で悟った。身代りの護符だ。致死魔法を防ぐ冒険者の道具アイテム。こいつはあらゆる事態を想定しているのだ。

「どんなに優秀な素人アマチュアでも、まぁ、決して冒険者プロには、うん、勝てないものさ。」

 耳に突き立てられる針。鋭い痛みと共に、視界が揺らぐ。

 彼女の戦いは、終ったのだ。












  もう一つの戦いも終ろうとしていた。

 レフィとリフォル、オアシスエルフの姉弟は、木霊の林ドライアド・ウッズのあらゆる樹々を操って戦ったが、勝敗は初めからはっきりしていた。

 偉大な冒険者を父に持つ少年は、多くのオアシスエルフと同様に、争いを好まぬ性格だったし、増して実の姉を傷つける勇気は備えていなかった。対する姉は、薬で狂い、すでに親族の情も、本来の優しさも麻痺していたから、必殺の一撃を繰り出すことに何の躊躇も無かった。

 だから、レフィが挑んだのは時間稼ぎだった。彼はジゼルがタンタクス卿に打克つと信じていた。彼女の魔力と、機転と、鋼のような芯の強さは、例え相手が百戦錬磨の魔法戦士であろうとも、決して挫けないだろう、そう信じていたのだ。だから、姉を2人から引き離しておくことだけが、為すべき仕事だった。

「れふぃのおしり、まるみえだよ、ほら」

 楡の枝が撓い、逃走を続ける少年の腰を打つ。ばねのある四肢は、野兎のように飛び跳ねて鞭を凌ぐと、振向き様に反撃の呪文を放つ。

ほつれ根タングル・ルート、彼の人の動きを止めよ」

腐れ根ルート・ロットン。ねよ、ちにかえれ」

 呪文については、互いに知り尽している。後はどちらが先に消耗しきるかだ。加速疾走クイック・ランで距離を稼ぐレフィは、この点でも姉より不利だった。

 魔力を帯びた脚が地を蹴ると、風景は水の様に流れ、森が切れる。新たな草原であった。木霊の林にはこうして幾つも空地が設けられている。人間達が妖精の踊り場と呼ぶ場所で、元来はエルフが館を築いたり、宴会を開いたり、木の側では憚られるような魔法を使う為にあった。

 レフィが転び出たのは、長老達の館がある広場だった。此処も戦いの為に死臭が立ち込め、其処彼処に死骸が転がっている。普段の威厳溢れる佇まいを知る少年には、胸の詰るような光景だった。だが感傷に浸る間も無く、リフォルが追いついてくる

「なにおどろいてるの?すごいのはもっとさきにあるんだよ?」

「お姉様…もう、もう、止めましょう…」

「だったら、れふぃがはやくしねばいいじゃない。そしたら、わたし、いっぱいいっぱいえっちできるのに…れふぃのせいで、がまんするのつらいんだからぁ…えい、木の杖ウッド・ストック

 草地の端に繁る楢の樹幹が変形し、棍棒のような枝でレフィを突き飛ばした。華奢な肋を数本へし折られ、少年はがっと吐血して地に伏す。

「あは、あたりぃ…ね、れふぃ。もう、まりょく、ほとんどのこってないよね?ね?だったら、しぬまえに、いいものみせてあげる♪」

 エルフの娘は、草をベルトコンベアーのように動かし、弟を半壊した館の方へ運ばせる。

「みて、れふぃ、おかあさまたちだよ?」

 草の茎が触手のように伸び、細首を絡め取って上向かせる。

 館の玄関には、6本の木が並んでいた。各々、窪んだ洞に1人づつ、長老を抱え、根と枝で肉の穴という穴を犯している。鼻や耳、目までを貫かれ、悲鳴すら上げられず、死すら許されずに終わりの無い快楽に責められていた。

「みんなきがだいすきだから、ひとつになってもらったの。いちばんみぎの、"みずのつかさ"は、おつゆがたくさんでるから、くぬぎだよ。ほら、あそこにたくさんのむしさんがかじりついて、じゅえきをすすってる」

 黒い甲虫が蜜を求めて群がる女を指差し、リフォルは無邪気に笑った。

「となりは"くさのつかさ"さん。ぎんまつのきだよ。いつも、もえぎいろのどれすをきてたから、はだに、こけ、うえてみたの。きれいでしょ?おしりと、あそこにも、びっしりはえてるの。かゆくてかゆくてしょうがないんだけど、かけいないの、だからね」

 少女は水の司の性器の周りから、虫けらをつまみ、草の司の苔の生えた皮膚に置く。走り回る虫の感触が痒みを刺激するのか、微かに関節がねじれ、悦楽の験を見せる。

「つぎはね、"けもののつかさ"さん。おおかみや、やまねこをつかって、グノーフさまをおそったから、すぎのきにしたわ。でも"つめとぎ"でちだらけになるかとおもったら、ぎゃくにどうぶつたちがたすけだそうとするし、しかたなくああしてるの」

 杉の樹には女と共に雄狼が一頭縛り付けられていた。忠義な獣がもがく度に柔肌に爪が食い込む仕掛である。

「それでね、つぎは」

「もう止めて、止めてよ…お願い」

「だまってなさい。ほら、つぎは"かぜのつかさ"さん。おおかしわだよ。かぜがふくたびに、うろがゆれてきもちーの。それからああして、ぽっかり、まえとうしろをひろげてあるから、かぜがはいってすずしーんだよ。」

 骨盤が砕けてしまうのではないかと思われるほど女陰と後孔をひろげられ、内側を揺れる枝で支えられた女は、レフィの大叔母だった。

「そのつぎはほら、おかあさま。やどりぎ。さいしょにうえつけられたくせに、さいごまでおちなかったの。おかげで、けっきょく、わたしがぜんぶ、うえつけたんだから。ばつとしてどろつきのねっこでぐちゅぐちゅにかきましわしてやってるの。あたまに、もうさいかんがはいってるから、もういしきなんてないけどね。あのあたま、いいとりのすにならない?」

 緑の蔦に結われた母の赤髪は松明のようだった。額には茨の冠が巻きつき、血の雫が滴っている。彼女は薬によって意識を手放さなかったのだろう。植物によって物理的に脳を破壊したのだ。

「さいごはおばあさま。ひるぎ。あいからわずがんこなんだから。ほかのかくれおあしすのいちをしゃべらなかったの。どうしてみんなグノーフさまにさからうのかしら。ほらみて、おなかでうごいてるのは、みみずだよ。のどまでつちがつまっちゃってるんじゃないかな。はいには、きこんがはいってるからだいじょうぶだけど」

 全員の紹介が終る頃には、レフィの魂は砕けそうになっていた。薬を打たれるより先に、現実が彼を打ちのめしてしまった。リフォルは哀しそうに弟を眺め、指を鳴らす。

「じゃ、さよなられふぃ。ああ、これでじぜるは、グノーフさまのものね」 

 虚ろな瞳に光が戻り、縛られた手足が草の枷を千切る。

「ジゼル様は、きっとあいつをやっつけます。そうしたら、皆を助けてくれる。お姉様だって正気に戻してくれます。だから待って」

「むりよ…グノーフさまはせかいでいちばんつよいもの。それにね、かんちがいしないで、わたしはね、ずっとこうしたかったの。わたしをとじこめるこのおばあさんたちを、ずっとこわしてやりたかったの。グノーフさまは、わたしをじゆうにしてくれたんだから…」

「魔薬は、心の歪みを何万倍にもすると、お父様が言っていました。でも、きっと元に…」

「うるさいっ!おとうさまは、もう、わたしがころしたの。いいよ。れふぃもこういうふうにしてあげる。こわれちゃいなさい。ゆうとうせいくん」

「くっ…腐れ根ルート・ロットン、根よ、朽ちて長老達の縛めを解…」

緑の祝福グリーン・ブレス、いのちよさかえよ!ほろびのくちをふさげ」

 相対する呪文が、相互に効果を打ち消そうとする。暫くは拮抗していたのだが、皮肉にも木霊の森は、命を育てる力に満ち溢れていた。彼の唱えた滅びの魔法は勢いを失い、代りに木の根が大地から持ち上がって、華奢な体躯を取巻いていく。

「よしっ、おかしちゃえ♪」

 細い糸根が、少年の菊座を擽る。ひっと喘ぐ少年の唇に、土のこびりついた根が捻じ込まれる。歯をへし折られたくなければ、受け入れるしかない。

「れふぃは、ぶるーすらいむなしね。おのぞみどおり、"しょうきのまま"こわれるんだよ、あはっ」

 一本一本は髪の毛のような糸根は、容易く括約筋をすりぬけ、次々粘膜へもぐりこんでいく。他方で根の一つが異形の花を咲かせる。うつぼかずらか、南洋の奇怪な食虫植物を連想させるような花は、花弁からねっとりと黄色い汁を零しながら、未発達な陰茎を飲み込んだ。

「あっ、ふっ、ひぃっがぐほっ」

「しょうきのままはつらいでしょ?こわいでしょ?ぶるーすらいむが、どんなにすばらしいおんけいか、わかったかしら」

 リフォルは祖母の納められたヒルギの根に腰掛け、突起で自慰に耽りながら唄うように話し掛ける。

「そのきはねぇ、しゅるいはよくわからないけど、きょうぼうなこみたい。れふぃをすごくきにいったから、ぷらーなをすいとってかいごろしにするって。あ、れふぃにもきこえてるよね」

「…っ!…んごぉふっ…ぉごおおお!」

 太い瘤がぶちぶちと筋を切りながら肛門を抉じ開け、血を吸いながら根を広げ始める。もがくのが気に入らないのか、細い四肢に結びついた根が締まり、枯枝でも折るように骨を砕く。

「…んぎぃっ!ぁっ…」

「すごい、じょうねつてきね。なんかね。ちょうろうのやかたの、ちかにふうじられてた、"たね"をさっき、うえたんだけど、はついくいいし、すてきなだんなさまがみつかってよかったね」

 リフォルは微笑むと、今度はゆっくり祖母の頬に口付けた。

「これで、ぜんぶのえるふ、つかまえたみたい…わたし、そうしたら、おばあさまたちと、おなじめにあわなきゃいけないの…グノーフさまのもうしつけだから…ね、わたしもおかして、ほつれ根タングル・ルート

 トネリコの根が彼女を取り囲み、8番目の樹を形作る。こうして翡翠の都最後のオアシスエルフが樹となった瞬間、森の魔法は解け、砂嵐が天を覆い始めた。












 腫れ上がった尻が円を描いて揺れる。底の浅いお椀を伏せたような、慎ましやかな乳房が、赤黒い指の跡を残したまま汗に濡れている。

 涙で顔をくしゃくしゃにした赤髪の少女が、毛むくじゃらの兵士達に輪姦されていた。

「ほら、どうした小娘、剣を握るのは慣れているだろうが!しっかり握れ」

「舌を休めるな、解毒剤が欲しいんだろう」

「ぐふっ、毒が抜けても、もう腰が立たんろうがな」

 ジゼルは勝ち誇った嘲罵の言葉など殆ど聞いていなかった。ただ甘えた声を出しながら肉棒にむしゃぶりつき、処女を失ったばかりだというのに、もうぼろぼろになった秘貝を使って男達に奉仕することに集中していたのだ。裸の背は剣の平で叩かれたうえ、小便を引っ掛けられて酷く沁みた。

 身体より、精神の傷が深かった。諦めと共に性の捌口としての立場を受入れても、触られる度に心臓の裂け目を抉られるようだった。だから、情緒の起伏と呼べる一切を失ったのに、涕だけが止まらなかった。

 薬を打たれてからすぐ、あの男に抱かれた。紳士的で、巧みな先導を心得ていた眼鏡の魔導師はめくるめく官能の渦の中で愛を囁き、彼女は答えて、第2夫人として結婚まで誓った。胡座を掻いたグノーフの膝の上で、ジゼルは自ら腰を揺すり、あなたのためならなんでもする、だからリフォルみたいに扱わないでと縋った。口淫、鶏姦、あらゆる慣れない性戯を尽して、彼を楽しませようとした

 そうしたくて堪らなかったからだ。男爵は優しく、活力に溢れ、整った顔立ちと美しい体躯の持主だった。何故嫌っていたのか理由が解らない程素晴らしい人だった。

 事が終ると、彼は言った。自分は魂砕きを使ってエルフから生命力を取り出し、人間に抽出する方法を探している。今のは房中術といい、リフォルにいつも試している吸精の技で、魂砕きを打たれた相手なら誰でも夢中にさせられると。

 だが、房中術は精を放たず吸引する技だから、解毒剤にはならない。だから、解毒剤が欲しければ他の兵士達と交合らねばならない。そう言われて、ジゼルは素直に頷いた。どんな男のでも良かった。男爵に目覚めさせられた官能の疼きを鎮めてくれるなら、犬とでも。

 それから彼女は犯された。何度も何度も、解毒には充分過ぎる程の精液を注ぎ込まれたが、グノーフは最初の交わりの間に快楽増進ブースターの呪文を掛けていったらしく、理性が戻っても身体は言う事を聴かなかった。

 ジゼルは憎んだ。敵を憎み、味方を憎んだ。不甲斐ない長老達や長のラファーロ、いつまで経っても助けに来ないレフィや、裏切り者のリフォルを憎んだ。だか何より憎んだのは自分だった。凹凸の少ない、およそ男に性欲を催させはしないような身体つきにも係らず、歴戦の兵士達は"弱い者を嬲りたい"、"無垢なものを汚したい"という欲求に駆られて彼女を犯した。

 1800人の兵士は女に飢えていた。森で捕まえた女達をボロ雑巾のようになるまで犯し、軍令に反して死なせさえしたが、尚も足りなかった。700人足らずの都の人口のうち、女性は半分以下で、しかも指揮官である男爵の手に落ちた者は危険な魔薬ブルースライムに塗れて使い物にならなくなるため、唯一自由に使える"肉便器"のジゼルに群がったのだった。

「おい、そこまでだ。男爵様が視察に戻られる。女に休憩をくれてやれ」

「ちっ、がばががめが。きちんと役にも立たぬ。首を締めてやれば良かった…」

「ぼやくな。おい、どうだ。エルフは男の死体も結構いいらしいぞ」

「とっとと持ち場に戻れ。森を焼き終われねば帰れんのだぞ」

 軍規に厳しい近衛の騎士が監視していなければ、とっくに彼女は殺されていただろう。やがて、一小隊の全員が欲望をぶちまけると、小さな凪が訪れる。勿論、すぐ次の小隊がやってくるだろう。森全体を焼き払うまで、彼等は交代で此処に休憩を取りに来るのだ。

「あのさ、ね、どんな気分かな…」

「とってもきもちいいの、もっといっぱいしてグノーフさまぁ!」

 頭のおかしくなったリフォルや、レーへリンとそっくりの台詞。こういう喋り方をするのは楽だった。演じていると精神的な苦痛が少ない。一種の敗北であったが、それは本心を隠すための、致し方ない種類の敗北だった。

 様子を見に来たタンタクス卿は、眼鏡を直しながらおずおずと微笑んだ。

「そうか、とても、うん、よかった。男の精でいっぱいになった、君は、あの、とても綺麗だ。それに、きっと後で魂砕きを打った時、蓄えた力を引き出せる…かも、しれない。かも、だけど。リフォルの樹の所で、実験、しようね。それとさ、レフィ君?っていったけ?」

 びくっと間抜けの仮面が剥がれ落ちそうになる。

「あの子もさ、どういうわけか、ねぇ?樹に犯されてるんだけど、いや、驚いたよ。ほんと。まだ、意識があってね。君のことさ、ぜんぶ、はなしたらね、じぶんも、ぼろぼろのくせに、どうかジゼル様を、ゆるしてください、そういうんだ。君って、他のエルフ達から、凄く慕われてる?」

 レフィ、レフィ、レフィ。

 樹の世話をするだけが望みの、大人しい男の子。争いを嫌っていた、年下の先生。もし暗黒の賢者や剣の主が実在するなら教えて欲しかった。何故、あんな子供まで、苦しまねばならないのか。この都の誰も、ただ一度として沙漠の彼方の国々に害を齎しただろうか。

「あ、っと、表情、変わったね?エルフは、本当に往生際が、悪い。っか、その生命力こそ、僕の、研究テーマ、なんだけどね。君ら、冷えきった種族から、寿命を、こう、あの、絞り尽くして、進取の、まぁ進取の気性に富んだ、我々血の熱い人間が、恩寵を、受けるべき、なんだけど」

 君もそう思うだろう?そう言いながら尻朶を張られて、ジゼルは嬉しそうに鳴いた。

 レフィの血は冷たくなんかない。この都に血の冷たいエルフなんて居なかった。ただ彼等の情熱は、ゆっくりとそれこそ木々と同じ歩みで沙漠を緑に返すことにあった。目先の利益を追う人間よりも、ずっとずっと、熱い魂があったから、苦しい仕事を続けて来れたのに。

 グノーフ・タンタクス男爵はその魂を砕いた。取り返しのつかない広さで森を焼き、家々を打ち壊し、大地母神に奉げる祭りのための、わずかばかりの金銀の飾りさえ奪い取って、何が血の熱い種族だ。

 彼女は呪詛を意識深くへ沈澱させ、腰を上げて主人を誘った。

「はやく、はやくボクのなかにいれて!さびしいの。ちゃんとふさいでほしいの」

「ジゼル、こら、もう、色仕掛けで、その、ごまかすことを、覚えたのかな?ダメダメ、まずは、ちゃんと、濡らしてから。快楽増幅ブースター2倍掛けダブル・バインド4倍掛けテトラ・バインド、8倍掛け…」

「ひゃああああんっ!ひゃんっ!ひゃぃんっ!」

 詠唱が届くに連れ、想像を絶する快感の多重奏が全身を駆け巡る。どろどろになったジゼルの身体を男爵は構わず抱き上げ、精液臭い口を接吻で塞ぐ。裸の胸を鎧に押し当てられ、冷たさに細い手足が引き攣るが、すぐにキスだけで気をやらされてしまう。

「ぷはっ…上手、うん、リフォルと同じ位、上手だよ」

「やんっ、ボク、リフォルよりうまくならなきゃだめなのにぃ…じゃないといつまでもにごうさんのままだよぉ…」

「いいから、其処の立ち木に手をついて」

「はぁい♪」

 ジゼルは言われた通り手をつくと、大股に脚を開き、秘裂と後孔がどちらも見えるような姿勢をとった。

「どっちでもどうぞ♪」

「いい子」

 臀肉に刺さる鋭い痛み。また魂砕きの注射だった。骨張った肩の上に乗った薄い脂肪に、汗の珠が浮び、打撲や疲労で変色した膚に不自然な程の紅潮が訪れる。

「ボク、またくるっちゃうよぉ」

「いや?」

「うんうん、くるいたいの。もっとおかしくしてほしいの」

 やれやれと溜息。グノーフは2本の杭を取り出して、深々と埋めた。ジゼルは矢を受けた雌鹿のように、反り返り、舌を突き出して悶えた。

「はひぃっ!なにこれ!きもちっ、あっいたいよぉっ、とげがぁっ」

「まぁあの、魂砕きをね、吸わせた、仙人掌だよ。君みたいなのと、するために、いちいちさ、鎧を脱いだり、着たりとか、ばからしいし」

「ひどぉい、ひどぉいグノーフさまぁ。だいすきぃ…あはっ」

 へたり込みながら失禁する。本当にグノーフが愛しかった。もっと虐めて欲しかった。どこまでも底の無いへどろの沼に沈んで、現実から逃れてしまいたかった。

 レフィ、レフィ、レフィ。

 ごめんね。

 ディセファラスには連れて行けそうにないよ。

 ボクは、リフォルも、皆も救えなかったよ。

 ボクは…もう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―…ゼル―

       ―ジゼル様―

 

 

 

                  ―泣かないで―

 

 

 

    ―大切な私達の姫君―

 

                                ―お転婆な、森の太陽―

 

        ―私達の娘は救えなかったけれど、貴女を壊させはしない―

 

                         ―死に行く翡翠の都よ、どうか―

 

 ―最後の、力を私達エルフに与えておくれ―

 

 

 












「さいごの…ちから…」

 一本の若木がそう喋った時、歩哨達は耳を疑った。

「おい、いまこやつが口を利かなかったか?」 

「いや、まさか。だいたい、まだ生きいてるのか?」

 2人の兵士は、幹に取り込まれ、犯されつづける少年を不審そうに見詰めた。彼等は樹木に封じられたリフォルや長老達を監視するという、あまり有り難くない役目を仰せつかったタンタクス男爵の近衛騎士で、薄気味悪がる従士や郎党を引き連れて、仕方なくエルフの館の周りに陣を張っていたのだ。

「解らん。エルフの魔法は奇態だ…早く薄気味悪い森全てが焼けてくれればいいのだが」 

「うむ、しかし端から端まで1万6000ヤークでは、中々な」

「しかも殆ど樹ばかりで、"翡翠の都"とは名ばかりの、田舎村ではな」

「細工物を掠めた者は運が良いわ。できは良いらしいが。何せ量が少なくてな…お屋形様は何を考えて御出でか」

「漏れ聞いた話に拠れば、ここを襲ったのはな、他のオアシスエルフの街を襲うに必要な、地理に係る情報を集めるためだそうだ。それ、そこで樹にされておる女共が知っていたそうな」

「ほう、聞き出せたのかな?あれではもう口も利けまいが…もったいないな、どれも元は良い女ではないか…」

「はは、エルフだぞ?お前の曽祖母より年上かもしれん」

「だから身体は若い…うーむ、実に勿体無い…所で、あれでプラーナを吸い上げるとか?」 

「出来ようかなぁ。まぁ、お屋形様は不老長生に憑かれておるしなぁ…今度の遠征で陣頭指揮を引き受けたのも、この都にエルフの長寿の手掛かりがある、と聴いて興味が出ただけではないか?」

「だとすれば我等は骨折り損のくたびれもうけ…やれやれ、せめてこの畸形の樹でも肴に、ほれ、いっぱい…」 

 勝手な憶測を飛ばしながら、皮袋から葡萄酒を呷る騎士達。略奪を期待したのに、獲物が少ないのが何とも癪に障ってのことらしい。

「しかしおぬし、随分ごつごつした手をしているな。沙漠でおかしな病にでもかかったか?」 

「馬鹿をいえ。俺の手はちゃんとここにある。お前が触っておるのは、それは…」 

 ふと言葉が切れる。

 騎士の手に、木の根が巻きついていた。

「げぇっ、これはエルフの魔法…」

「これ、おい、吹け!角笛を吹…ぐぉ」 

 叫びかけた騎士の顔にも枝が巻きつく。兜を脱いで寛いでいたのが仇になり、枝に勢い良く締め付けられた角刈り頭は石榴のように破裂する。

「エルフの魔法だ!このエルフ共はまだ生きて…」

 ぐしゃっと木の瘤が喚く男の髑髏を拉いだ。恐怖に駆られた従士は角笛を3度吹き鳴らす。

 4度目は無かった。地割れがぱっくりと彼を飲み込んだからである。木の根と枝、茨の藪と、蔦の蔓、あらゆる植物の残党が、再び人間に報復し始めた。

 広場の兵士が一掃されると、まず女たちを抱いた7本の木が1つに縒合わされ、少年の木がそれに寄添った。続いて根という根、枝という枝が絡み合い、残存する木々を次々と飲み込んで、巨大に成長していく。

 地はもう固体ではなくなった。それは1000もの波を形作る湖面であり、青々とした下生えの裏にたうつ大蛇を飼う、海原であった。

 周りでは、炎すら畏れぬ筈の馬が棹立ちになって嘶き、兵士達は脚を下ろすべき場所を失って互いの上に折り重なった。根が引き抜かれた後の土地には局所的な流砂が発生し、荷物や、人や馬を容赦なく引きずり込んでいった。

 燃える木は倒れ、土中から生じた新しい若木に取って代わられた。しかしそれらの木々も瞬く間に、森の中心部に聳える巨大樹へと吸収され、個々の特徴を止めなくなる。

 巨大樹は生き物のように移動した。まるで緑の巨人が、森という絨毯を巻き戻しながら、沙漠を闊歩しているようだった。炎の牙も、彼を焦がさなかった。異物と見れば押し潰し、植物なら吸収する。獣も、鳥もその攻撃から逃れられなかった。複合生物は、翡翠の都を構成していた自然を破壊し尽くしながら急速に膨張していた。

「あれは、はは、なんだ…」

 本陣へ戻る途中、グノーフは呆れて天を仰いだ。直参筆頭が馬を急がせるよう合図する。

「エルフの隠された魔法でしょう!お逃げ下さい。あの大きさでは火矢も斧も通じません」 

「えっ、何を、おい、言ってるんだい。あれはただの樹だ。動く、樹でしょ?焼けない筈が無い」

「無理です。どんどん大きくなっている。もう、天辺が見えない。殆ど木の根だ。地面の底にはこんなに沢山の木の根が隠されていたのか…」

「解っていた、うん、ことさ…あの位置では、えと、"最初の井戸"の女達、全員、たぶん、死んだな…君、ジゼルを回収して、退却しろ。急いで、この森から、つまり森の残骸から、出ろ」

「御身は?」

「時を、稼ぐ、うん。指揮は、その、任せた」 

 男爵は馬首を返すと、真直ぐに樹の化け物の法へと馳せていった。真下は大混乱だった。スカートのように根っこが膨れ上がり、怪物に合流していくので、逃げる兵士は無理矢理植物の下まで運ばれ、押し潰されてしまうのだ。

「男爵様!助けてください!」 

「化け物!化け物だぁ。エルフどもの飼っていた化け物が…」

「荷物は捨てよ!真後ろに向って逃げるのだ。森から離れるまで、肺が破れても立ち止まってはならん」 

 朗々と響く下知の後で、赤い男爵は両手を前に差し出した。

「我、第七の火層より、汝を召喚す、輝く闇にひそみし神との、古の盟約に基づき、出でよ火蜥蜴の王フォイエルゴイム、お前の食らうべき獲物はあそこだ!」 

 魔方陣も依巫もない状態から、たった1人で強大な火の魔物を呼び出すなど、例え如何なる大妖術師と雖、万に一つの成功も望めない。しかし、グノーフは自信に満ち溢れていた。

 見よ、森全体にくすぶる火が集まり、あたかももう一つの、真紅の巨人のように形を整え始める。此こそが赤い男爵の秘密であった。彼の依巫は火そのものであり、"緑の手"のラファーロが森を魔力の源としたように、大気の元素そのものを自らの力の源としていた。加えて、今のグノーフ・タンタクスは、ジゼルやリフォルから吸い取った精気によって活力に溢れていた。

 歴史が始まる前の、上古の代であれば、人は彼を神とも魔とも呼んだであろう。

「下らない、ね。最後の、さ、切り札が、ただの、大きな、うん、樹なんて、僕のは、凄いよ?」 

 膨大な酸素を消費しながら、火竜フォイエルゴイムが実体化し始める。高温の鱗は水気を含んだ大気と触れるだけで小規模な水蒸気爆発を発生させ、棘だらけの背から立ち昇る凄まじい熱量は視界を曲げた。

 男爵が配下の軍団に与えた耐火の加護も、異界の炎までは防げない。逃げ遅れた兵士の幾足りかが消し炭に代り、あるいは影だけを残して蒸発する。

「ふっ、あは、は、はは、久し振りフォイエルゴイム。今日はさ、君を呼ぶために、その、大きな焚火をしちゃったよ」 

"契約者よ、余が現世に留まれる刻は少ない。望みを言え"

「よし、あれをさ、うん、焼け。全部灰にしちゃって。つまらない、本当に、つまらない、オアシスエルフの怨念の塊だからさ」

"承知" 

 竜の口から業火が迸る。動きの鈍い森の巨人には、避ける事は出来ない。火線は樹塊を通り越して沙漠の彼方へと疾り抜ける。巨人の真中辺りから上は綺麗になくなってしまった。

「は、がっかりだよラファーロ。やっぱり、うん、エルフは、無能だ」 

"契約者よ、水の精ウンディーネプラーナが高まりつつある、まさか余を、地下水脈の真上に呼び出したのではあるまいな" 

「え?」

 まごつくグノーフよりも、地鳴りが雄弁に答えた。焼き切られた巨人の胴は大きな洞になっており、内側で、樹木による制御を失った水路が出口を求めて沸き立っていた。

"恨むぞ、契約者よ。汝にとりては一瞬の死だが、余には棲処に帰りてより、永きに渡る深手とならん…" 

「いや、そんな…どういう…」

 水脈は間欠泉となって噴出した。地盤が崩落し、焼け野原は水に沈んだ。森羅万象は滝の如き落水に覆い尽くされ、その中で火竜の実体は水蒸気となって爆散する。

 息も絶え絶えに樹木の攻撃から逃げおおせた軍勢は、高熱の水蒸気に巻かれて蒸し焼きになり、誰1人生き残らなかった。












 敢えて言うなら、彼等は余り苦しまなかった。一瞬で脳が沸騰してしまったからである。エルフが受けた苦しみの万分の1も味わいはしなかった。郷里で兵達の帰りを待つ家族は泣いただろうが、しかし魔導の限りを尽した戦の結末など得てしてこういうものだ。

 破神戦争の折に、人間はそれを学んだ筈であったが、"進歩"はそれを再び忘却の彼方へと押しやってしまった。更に物淋しい話だが、吟遊詩人はこれを歌にしなかった。結末を目撃した生き証人が居なかったからだ。

 今日、翡翠の都のあった所には、大きな湖がある。魚の住まぬ水の底は、地下深くの暗闇と繋がっており、無念を呑んで死んだエルフ達の亡霊を恐れてか、豊かな水量にも係らず砂漠族さえ家畜の喉を潤わせには来ない。

 この湖は"砂漠の鋼玉"と呼ばれている。昼に蒼穹を映してサファイア色になるためか、夕暮れに暁を受けてルビー色に染まるせいか。赤にせよ青にせよ、それは冷たい、命の気配の無い貧しい輝きであった。

 名を附けたのは、大地母神に仕える流浪の老神官であったと言われる。彼女は、一説によると"青の聖者"と仇名される名高い冒険者で、かの"緑の手"ラファーロや"赤い男爵"グノーフと親友であり、彼等の争いを懸念して遥か東方ディセファラスへの布教から舞い戻って来たのだという。

 その際、といってもこれもまた伝説に過ぎないのだが、彼女は美しい青髪の弟子を伴っていた。いや、弟子でなく、実は師匠だったとか、親子であったとか、諸説ある。

 さて、この弟子が出来たばかりの湖で沐浴をしていた所、水底に奇妙な光を見た。彼女が砂を掘ってみると、それは大きな琥珀、つまり樹液の結晶だった。

 弟子は琥珀を陸に引き上げようとしたが、とても独りでは持ち上がらない。そこで師匠(あるいは母、または弟子)を呼び、2人掛かりようやくやってのけると、なんと琥珀には美しいオアシスエルフの少女が入っていたというのだ。

 日光を浴びた琥珀は、不思議にも見る見る溶け去り、エルフの少女はやがて目を覚ました。そこでライラは、つまり弟子の方の名前はライラと言ったのだが、少女に問い掛けた。

「あなたは、ここにあったという、翡翠の都の生き残りですか?」

 すると彼女は答えた。 

「いや、違う、彼等は皆死んだ」 

 少女は不思議な物語を語った。ある恐ろしい日に、人間達の軍隊が攻めて来て、大地が彼女を飲み込んだ。そこでは木の根たちが働き、樹液で彼女を包み込んで深い眠りに陥れたと。夢の中で、同族たちが炎に巻かれ、死んでいくのを見た。それから大きな火と、水が通り過ぎて、全ては静寂に還ったと言う。

 だが、話すにつれ、少女の記憶は曖昧になり、初めから全てが夢の出来事だったかの様に思えるとも言った。生れを尋ねると、翡翠の都とは別の有名なオアシスをすらすらと挙げた。

 大地母神に仕える師弟は、一切は女神のお導きと取って、彼女を故郷のオアシスへ送ることにした。ただ、去り際に、少女はぽつりと呟いたという。

「あそこに、またブナや樺が生える日が来るのかな…」 

 いかにも緑を好むオアシスエルフらしい言葉だったので、師弟は顔を見合わせて笑った。

 それから後のことは、誰も知らない。

 時折、"砂漠の鋼玉"を通り過ぎる隊商は、鏡のような湖面に、独り種播くエルフの少年を見るという。それもまた、伝説の1つに過ぎないが。

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