Jade in Sands Vol.1

 隊商の行き着く、沙漠の最果てのいや果て。流砂の海と、竜巻の巣の彼方。柘榴石が紅塵となって舞い、砂の薔薇咲き誇る丘を超えた処。

 凍てつく不毛の夜と、仙人掌すら生じぬ乾ききった空気と、照り付ける灼熱の太陽に耐えて、此世の涯に達した者は、蜃気楼の揺らぐ天際に、緑滴る森を見出すという。

 其は、茜の髪を靡かすエルフの住い。死すべき定めにあらざりし妖精の郷。常若にして、永劫を生きる民が、迷水を掘り穿ち、運河を張り巡らせ、無から作り上げた街。オアシスの森。

 黄砂の海に落ちた一粒の碧玉。酷薄な自然に護られた命の砦。彼等は其処を"翡翠の都"と呼んだ。何人と雖も掌中に収めること叶わぬ、幻の宝珠という意味を込めて。












 沙漠の果てにも季節はあった。焼付くような暑さが和らぎ、雨期が近付く頃、鬱蒼と繁る木々は色褪せた衣の裾を振り落していた。大地に掛けられた、玄妙なる魔力の働きによって、決して瑞々しさを失わぬ照葉樹林は、天の光と地の水を糧に、新たな緑を生茂らせ、鳥や獣やエルフに涼しい陰を与えていた。枝を揺らす爽やかな微風は、木々の呼吸によって僅かに湿気を含み、くすんだ渋茶の枯葉を、ひらひらと胡蝶のように舞わせている。

 だが永遠の午睡に沈むような木々の間には、時折素早い銀光が閃き、針のような切先が無数の葉を残らず、地に触れる前に貫いていた。類稀なる細剣レイピアの妙技だ。息も乱さずやってのけるには、余程強い手首と、たゆまぬ技の研鑚、何よりも良い目が必要となる。

 真紅の長髪が森の香を孕んで広がり、柳の枝を縒ったようなしなやかな肢体が、明るい陽射しに溌剌と踊っている。片時も踵を降ろさぬ歩法は、軽やかな仔鹿の跳躍を思わせた。鬢から突き出した尖った耳は、エルフ族の証である。

 枯葉の乱舞が収まると、彼女は手を止め、刃先を弾いて、刺さったものを振り落とした。二つにされて足元に散る欠片を、長靴の爪先が乱暴に踏み躙る。たったいま熟練の腕前を披露したにしては、やけに子供っぽい仕草である。

「はー、退屈…ねぇレフィ、ぼけっと座ってないで、芸でもしたら?」

 ぼやいた少女が肩越しに振向いた先には、彼女と同じく赤い頭をしたエルフの子供が、太い張り出しの上に腰掛け、頬杖をついている。いつから其処に居たのか、言われた通り多少ぼんやりした様子で、すっかり剣舞に見惚れていたものらしい。話し掛けられたと気付くと、ばつの悪そうに目を瞬かせ、耳元を髪と同じ色に染めて答える。

「ジゼル様ったらお戯れを。それより、そろそろ座学に戻りましょう。今日は植林学の基礎を…」

「やーだよ。何で僕が君みたいなのろまに教わらなきゃいけないのさ」

「またそんな、お教えするのは、"翡翠の都"に伝わるオアシスの知識だけですから。他の事々に関しては勿論、ジゼル様の方が百倍も秀でてらっしゃいますとも。ただ、オアシスエルフ族の姫君として、樹木を育て、水源を護ることには精通しておかねば…」

「もーくどくど煩いなぁ。レフィは子供の癖に、うちの爺やみたいな喋り方して、お仕置き、風の刃ブレード・ウィンドウっ」

 苛立たしげなガールソプラノが軽く呟くと、少年の腰掛けていた枝にかまいたちが斬り付け、ざっくりと付根から断ち落してしまう。慌てて飛び降りようとする彼を目掛け、更に次々との呪文が放たれる。

「逃がさないよっ、ほら浮揚フライ・クラウド、もっかい風の刃ブレード・ウィンドウ

 遊びのような口調だが、効果は確かなだった。地面から3ヤーク(1.5m)ほどの高さで風船のように浮んだ男の子を、旋風が襲い、林檎の皮を剥くように衣服を切り刻んでしまう。怖れを為した彼は、一端瞼をぎゅっと閉じたものの、肌寒さに当惑して、また目を開ける。直に何をされたかに気付いて、頬は赤蕪色に染まった。

「じ、ジゼル様!またひどい悪戯を!どうしていつも人の服を台無しにするんですぅ!それにこの森の木々は暗黒の賢者様の御世から丹精されてきた、いわばオアシスエルフの家族にも等しき存在なのですよ。それを傷つけるなんて一体…」

「マジメなレフィ先生は、自分の格好より木が大事なんだねぇ、ふーん」

 揶揄されて、長広舌が止まる。年下の少年がぷいと顔を背けると、少女は肩を竦め、じろじろと相手の素裸を見回してから、にぃっと意地悪い表情を浮かべた。

「偉そうにしててもさ、レフィってさ、まだまだ子供だね」

「ど、どどど、どこを見てるんです!ジゼル様はそう不真面目なのですか!…な、何してるんですか!下から覗き込まないで、やっ…」

 身を屈め、首を捻ってたっぷりレフィの痴態を観察した後で、ジゼルはけらけら笑いながら側を離れた。まさか置いていかれるのかと焦った少年は、手足をばたつかせながら必死で叫ぶ。

「ジ、ジゼル様ぁっ、降ろして、降ろして下さい」

「浮揚なんて後ちょっとすれば解けるよ。その間、素裸で館に戻る言訳でも考えとけば?」

「駄目です!何言ってるんですかこんなの、やだぁ…うわーんっ…」

 エルフの童児は不安の余り、尖がり耳を垂らし、団栗眼を潤ませて、とうとう大声で泣き始めた。加害者はといえば、平然としており、レイピアを日光に煌めかせながら鼻歌交じりに樹陰を抜けていく。大人びた生徒が、幼い先生をイジメるのは、いつものことだったので、よしんば鳴き声を聞き附けた者が居ても、やれやれと溜息を吐いたきり相手にしなかったろう。

 この凡そ女の子らしい所の無い姫様は、オアシスエルフと呼ばれる希少なエルフの、極めて重要な血筋に属していた。ジゼル、という名も縮めたものに過ぎないが、本名は舌が縺れる程長いので、皆は大抵ジゼル様と呼んでいた。

 浮ついた様子からも解るように、年はまだ、人間でいえば14、5といった所。しかも長命の種族には子供が珍しい為、我儘放題に育てられているのだ。おまけに彼女は、この、翡翠の都の出身ではない。お転婆に手を焼いた近臣達によって、いわば花嫁修業にと里に出された、厄介なお客様なのである。

 エルフ特有の穏やかさや落着きを尊ぶ都の長老達は、受け取った姫君の扱いに困り果て、年の近ければ良かろうと、都で唯一の子供のエルフにジゼルの世話を押し付けた。それが今、一糸纏わぬ姿にされたレフィ少年である。確かに世紀で時を数えるような老人達から見れば、同じ子供かもしれないが、2人の年には人間に換算すればおよそ4才から5才の差があった。当然興味も違えば考え方も違う。年嵩の方は子供扱いされて面白くないし、年下の方は、何をしだすか解らない台風のようなお姫様におろおろするばかりだ。

 遊んだり勉強したりする間にも、絶えず衝突が起き、能力や知力で遥かに勝るジゼルは、こうしてレフィをいびっては、ふらりと独り姿を消してしまうのだった。

「レフィじゃなくて、リフォルが居たらな」

 ふとジゼルの口を突いて出たのは、少女の幼馴染で、レフィ少年の姉にあたる女性の名だ。リフォルは100歳を越えているが、エルフとしてはまだ娘時代を抜け切っていない年齢である。彼女となら話も合ったし、退屈もしなかったのだが。

 残念ながら2年前に、沙漠の向うの人間族に嫁いでしまった。翡翠の都で生まれた娘が、人間と結ばれるなど習わしに無く、時が止まったような此の地には、珍しい波乱に飛んだ大恋愛だったのだが、終ってみると、ジゼルにとっては今の境遇が、化石の庭のように味気くなってしまった。

「ボク、いっそ人間に生まれれば良かったな…」

 かつてリフォルが寝枕に語り聞かせてくれた人間の世界は、胸躍るような刺激と興奮に満ち溢れていた。中でも剣の王と暗黒の賢者のお話が娘達のお気に入りで、物語に登場する様々な登場人物、熱い友情で結ばれた冒険者組合や、冷たい血をした傭兵、財宝を隠した迷宮、あらゆる国から珍しい品々の集まる西の都マイターミナオなどは、幼心をときめかせたものだ。勿論お互い一番好きな所は違って、ジゼルは剣や宝物の方に惹かれ、リフォルは、騎士と姫君の恋や幸福な結末に憧れを抱いていた。

 ジゼルは、結婚なんて考えるのも嫌だったが、活き活きした人間の土地へ嫁いだリフォルが羨ましくて仕方なかった。ジゼルが、故郷でも、この翡翠の都でも、突拍子も無いような腕白ぶりを発揮する原因は、エルフ族の暮らしの中に埋れたくないという感情にあったのだ。

「冒険者かぁ…いつかボクだって…」

 でも、刃に映るのは、痩せぽっちの小娘。周囲に聳える森の梢は、天を衝かんばかりに高く、長い影を投げ掛けている。華奢な妖精の身体を、苛烈な砂嵐から護るために年輪を重ね、大地に根を張った頼もしい姉妹達。けれどジゼルにはそれが、檻のようで、切なかった。

「ボクだって、さっ…」

 負けるものかと、つんと顎を上向けてまた歩き出す。もう脳裏には、哀れなレフィのことなどぽっちりも残っていなかった。未来の自分は腰に黄金造りのレイピアを佩き、煌びやかな宝石の護符を身につけ、白い套衣を靡かせて、颯爽と馬を駆る。周囲を護るのは堅くごつごつした椎やブナではなく、生きて血の通った仲間。思慮深い神官や、勇敢な戦士、当然美形の騎士が居たって構わない。憧れは空想の翼にのって、まだ見ぬ外界へと羽搏いていく。いったい誰に笑えようか、孤独は子供を夢想家にするものだ。

 と、嗅ぎ慣れない匂いが彼女の鋭敏な鼻をつき、意識を現実に立ち返らせた。生木が燃える嫌な臭い。砂と木とが領土を鬩ぎあう翡翠の都に、決して合っては為らぬ野火の先触れ。

「…なんだ…?」

 レイピアを鞘に戻し、突き出した根を蹴って幹に飛びつくと、するすると栗鼠のような身軽さで枝に登る。エルフ族が作る長靴の底には、スパイクが打ち込んであり、いつどんな時でも樹上に避難できるような工夫が施されている。

 梢まで来ると、森の東端から濃い煤煙が上がっている。長い耳は、風に混じって油を含んだ樹皮の爆ぜ音や、炎に絡め取られた葉が乾き、燃え上がっていく様子を聞き取る。都全体を覆う穏やかな魔法の気配、プラーナの流れが乱れ、逆巻いている。

 さっきまでの静けさが嘘のように、其処彼処から小鳥の群が飛び立ち、姦しく鳴き交わしている。他方、緑の天蓋の下では、眠りを破られた獣達が慌てふためいて走り回り、その中には、二本足の生物が立てる重い足音、エルフ達なら決してし立てないような、喧しい軍靴の響きも混じっていた。

「これって…敵…なの?」











 火矢が流星のように虚空を飛び、都を囲む生きた城壁に食い込む。炎の舌は恐ろしい早さで木々を舐め、赤熱の胃袋へ飲み込むと、炭や灰へと消化していた。

 鋼鉄と青銅で身を固めた人間族の重装歩兵が、手に手に斧を構えて、枝や藪を切り払い、業火へとくべる。紅蓮の地獄は兜や鎧に、断末魔に悶える木々の姿を映し出した。1000人、いや2000人は居るだろうか、鮮やかな真紅の軍旗を翻えす騎馬隊を中心に、金属の蛇のようにうねる戦列が、翡翠の都の最奥目掛け、神速の行進を続けていた。

 先手には、長套ローブをつけた2騎の魔導師マニクが轡を並べる。1人は首から指揮官を表す綬章を下げ、後続の副官らしき騎士に、落ち着いた指示を送っている。別の1人は頭巾を目深に被り、黙り込んだまま連れに寄添っている。彼等をはじめ、軍団は四方をすっぽりと炎の壁に取り囲まれているのに、窒息や焼死の危険に怯える様子は無い。強力な魔法の守護があるのだろう。

「敵の矢には応じるな。千本乱射ブルーチェリーで被害が出ても、極力広範囲に森を焼け。連中の隠れる場所を無くすのだ」

 副官役の騎士が、部下に向って獅子吼を放つ。2人の魔導師はなにやらひそひそと囁き交してから、伝令が発つ前に新たな指示を出した。騎士は恭しく頷き、追加の命令を告げる。

「森の直径はおよそ1万6000ヤーク。ちっぽけな薪の山だ。エルフの数は女子供合わせても700人足らず。残らず中心部の木霊の林ドライアズ・ウッズへ追い込め」

 伝令が散っていくと、騎士は指揮官の馬に、己の馬を横付けて訊ねた。

「宜しいのですか?散開すると、連中が反撃してきた場合、各個撃破される危険が」

 魔導師は顔を上げ、鼻からずり落ちそうになった丸眼鏡を直すと、余りはっきりしない声で、吶々と答えを述べた。

「あー、うむ、その、大丈夫、じゃない、かな。そのー、翡翠の都の、その、オアシスエルフにとってはね、森の木が、とても大切なんだ。そうだよね?」

 同意を求められると、傍らで馬蹄を進める頭巾の魔導師が、黙ったまま頷き返す。眼鏡の方は、ほっとしたような表情で、幾分はきはきと先を続けた。

「つまりー、その、森を焼かれると、とても慌てるし、ええと、多分、火を消そうとするほうに、集中する、んじゃないかな」

「しかし、こちらが放火している所に出くわした場合はどうなのですか…」

「あー、ええと。そうだね。その場合は、どうだろ、ねぇ?」

 魔導師が連れに対して、また不安そうに問い掛けるのと、戦線の左翼で複数の絶叫が上がるのはほぼ同時だった。黒く炭化した林の間に、真紅の髪をしたエルフが1人姿を現し、松明を手にした焼討ち隊に矢を射掛けたのだ。

 矢は瞬時に無数の影を生み出して、松明を握る手首を次々と貫いた。兵が痛みに悶えて火を取り落とすと、エルフも弓を投棄て、およそ600ヤークは離れた所から、真直ぐ魔導師達を睨み付けた。そのまま小さく唇を動かすと、宙に浮び、驚く兵馬の群を飛び越えて、長套の2人へ迫って来る。

 副官の騎士は水際立った立ち回りに、つい感歎の息をついてから、はっと手綱を引いた。

「殿、お退りを。恐ろしく腕の立つ奴のようです」

「あー、ま、そうだね。というか、彼の腕は、よく知ってるよ。うん、僕の親友で、昔の、あは、冒険者仲間だしね」

 のんびりと答える人間の魔導師。その間にもエルフの魔導師はぐんぐんと距離を詰める。殿、と呼びかけた騎士は、困惑した様子で、眼鏡をかけた青年の顔を見詰めた。

「では"翡翠の都"の長、ラファーロ!?なんということだ弩隊!殿をお守りせよ!」

「まぁ待って、彼、その、いわゆる、"緑の指"のラファーロ。根は心優しい、森の賢者さ。あー、えとまぁ、たはっ、僕の舅だしさ、いきなり、攻撃は、ええと、しないと、思うな」

「何を悠長な…今は敵ではありませんか」

 エルフの魔導師は、漫才のような遣取りを続ける主従の前で止まると、優男めいた外見とは裏腹の、雷のような胴間声を発した。

「"赤き男爵"グノーフ!旧き友よ!何故突然、このような無道を!翡翠の都は取り返しのつかない被害を蒙ったぞ。我等オアシスエルフの長年の献身に対する、貴公の返礼がこれか!リフォルが何と悲しむことか。君は、自分の妻の故郷を破壊しているのだぞ」

 グノーフと名指された魔導師は、申し訳無さそうに眉を下げ、頭巾を取った。赤き男爵という異名に相応しい真紅の篭手を上げ、挨拶代わりに振る。

「やぁ、ラファーロ、その、相変らず、話が、くどいね」

「ならば短く言ってやろう!直に火を止め、兵を引け!」

 常日頃は冷静を旨とするエルフの長だが、今日ばかりは憤怒に堪えぬ様子であった。男爵は篭手で頭を掻くと、おずおずと拒否の仕草をする。

「済まないが、それは出来ない」

「何だと!」

「あー、つまり、君の頼みを聞くのは、無理だ。残念だけど、そう、僕は、どうしても、こうする、必要、がある」

「貴様!正気なのか?」

「ええと、うん。でもまず、その、浮いていると、疲れないかな?降ろしてあげよう」

 篭手が合図をすると、それまで黙りこくっていたもう一人の魔導師が手を上げ、ラファーロに呪文をぶつけた。エルフの長は咄嗟に対抗呪文を唱えたが、グノーフが素早く別の魔法でそれを無効化する。

 翼をもがれた鳥のように地に落ちる盟友を、男爵は弱々しい微笑みと共に眺めてから、少し得意そうに、騎士へ目配せした。

「ね?森を焼かれると、我を、その、忘れるだろ。ところで、ここのエルフは、ラファーロのほかは、怖くないから。男は殺して、うん、女は捕らえて、くれないかな?全軍に命じて?」

「グノーフ!!!裏切り者!私の民を…」

「あー、うん。そう、友よ…あるいは、まぁ義父上。話を、聞いて、くれないかな?」

 篭手を、エルフの秀でた額へ突きつけながら、グノーフは諭した。ラフォーロは歯軋りしながら睨みつける。目には当惑と、耐え難いような苦痛、悲哀が篭っていた。

「なぜだ、なぜなのだグノーフ。なぜいきなり…」

「あれ?えと、最近、学会誌、読んでない?ほら、例のさ、古代王国時代の宝の、ね、製法が、解っただろ?」

「…っ、まさか魂砕きソウルブレイカーのことを言っているのか?お前はあれを試したのか!?それで気がおかしく…」

「あはは、バカだな。ラファーロったら。僕が、その、自分で試すわけ、ないだろ?じゃなくて、魂砕きの実験体には、エルフが一番いいらしい…んだよ。うん」

「グノーフ…それは…どういう意味だ?」

 赤髪のエルフは縋るように友を見た。そして、世間話のような調子で悪夢を語る魔導師から、一片の狂気すら感じられないことに、却って恐怖した。信じたくなかった。親友と信じていた男が、無慈悲な怪物だったなどと。一族の反対を押し切って結んだ人間との交誼が、こんな形で裏切られるなどと。だが、グノーフの言葉は情け容赦の無く続いた。

「初めて、会った時、な、話したじゃないか。僕は君達エルフの永遠性に、憧れてるって。君も、僕も、つまり、命に関する探求者で、だから、馬が合ったよね?。君は、沙漠に緑を齎し、僕は人間の寿命を、伸ばすと…で、実は、以前から、考えてたんだ…君が、大地の水脈から、ええと、命の源、取り出す、ように、僕も、エルフから、命の源を、うん、取り出して、みようと。」

「止めろ。止めてくれグノーフ。私は、それ以上言えば、お前を殺さねばならん。私にお前を憎ませないでくれ…」

「ええ?何言ってるんだい?死ぬのは、君なんだ。その、女性しか、僕の、研究には、役に、立たない、からね、はじめから、そのつもりさ」

 ラファーロは顔を引き攣らせながら、ゆっくりと立ち上がった。風が彼の周りで渦を作る。凄まじい気の収束に、近衛の騎士達は青褪め、棹立ちになる馬を必死で抑えねばならなかった。魔導師ではない彼等にも、魔力の凄まじさは感じ取れた。独り平然としているグノーフのみで、他は、エルフの長が放つ殺気だけで、失神してしまいそうになった。

「グノーフ。何がお前を変えたのかは知らぬ。だが、オアシスエルフの聖地を傷つける者は許してはおけぬ。塵に還ってから、狂気の沙汰を悔いよ。焼かれたとしても、ここは私の土地だ。地には、木々の根が残っている。森の守護のある我々の前では、お前の軍勢も炎も無意味だ」

「うん、だろうね、だからさ、面倒なんだよね。リフォル、僕の代りに、義父上を殺しちゃって?」

「はいっ、ぐのーふさまぁっ」

 頭巾を被ったままの2人目の魔導師が初めて漏らした声は、若い女のものだった。ラファーロの表情に当惑が広がり、やがて驚愕と共に血の気が失われていく。

「リフォル…?リフォルなのか…?」

「うひっ!ちちうえぇっ、おひさしぶりっ♪でも、も、さようならなのぉ、あはっ、貫いて、木の杖ウッド・ストック

 短い詠唱が終ると、大地から槍状になった根が無数に突き出して、エルフの長を刺し殺した。恐らくは侵略者の全軍を屠り去れた筈の破壊呪文を口に載せたまま、"緑の指"のラファーロはあえなく吐血し、果てた。

 グノーフはにっこり笑うと、妻の側に馬を寄せる。彼女の長套の裾を捲ると、下から秘文字ルーンを刻んだ黒い拘束具と、べっとり脂汗に覆われた白い肌膚が露になる。拘束具は鞍と一体になってしっかりと両腿を開かせ、大人の手首ほどの太さの張型で前後の肉穴を穿っていた。馬の背の揺れに従って、愛液、腸液と血の混ざり物が溢れているが、大きく見開かれた瞳にはもう、痛みを感じる意識は残っていないようだった。

 御椀方の両胸は、2つの尖端を1本の鉄串で繋げられている。串の両端からは革紐が伸び、鞍の前に結び付けられ、乳首から血の雫を搾り取っていた。グノーフの篭手が長套を剥ぎ取ると、吹き付ける熱風に白い素肌が快げに震える。

 均整のとれた細身の肢体の中で、腹部だけが異常に膨らんでいる。妊娠線のようなものまで浮かび、臍をピアスで縫い止められていなければ、すぐにも破裂してしまいそうに見える。夫が篭手を嵌めた手でそこを揉むと、リフォルは狂ったように悦った。

「はぐぁあっ!だめっ!しげきすると、ぶるーすらいむ、どんどんぶんれつしちゃいますぅっ♪しきゅうも、だいちょうも、もうぱんぱんになっちゃいますぅっ!」

「うん、でも、まだ胃が残ってるよリフォル。頑張って、そう、君は、あの、魂砕きの、原料、ね、製造器、みたいなもの、だし。これから、そう、沢山の、娘に、スライムを、産み付ける、ね?」

「ああああっ、はやくっ、うみたい、うみつけたいっ!みんなにっ!」

「そうだね、でもその前にね、君が狂う前、手を出さないよう、泣いて頼んだ子。絶対、傷つけてはいけない、ええと、預かり物の、お姫様」

「じぜる?わたしのじぜるでしょ?あのこには、てを、ださないでください。あのこは、とくべつなこなんです…ほかのえるふは、ぜんぶおかして、ころしますからぁっ」

「うんうん、うん。ジゼルを捕まえたら、そう、魂砕きを打って、ええと、兵士達の玩具にしよう。ぼろ雑巾みたいになったら、君にあげる」

「いやぁっ!どうしてぇっ!?、わたし、ここの、みちもおしえたしっ、もりを、ねむらせるのも、やったのに…やくそく、まもって」

「えーと、本当に、うん、リフォルは、頭が悪いね。そんなの、まぁ、嘘、でしょ、普通?だって、結婚する、その、前から、長い年月かけてさ、冒険者として、名声を得て、エルフの、友達になって、ずっと、計画、してたんだよ。僕等人間より、長生きする、種族なんて居らない。うん、全部、壊すよ」

 男爵は、ぽんぽんと鼓でも打つように妻の腹を叩くと、騎馬に一鞭呉れて飛び出し、ゆっくり片掌を空へ向けた。

炎の地獄ヘルズ・バーン2倍掛けダブル・バインド4倍掛けテトラ・バインド、8倍掛け、16倍掛け、32倍掛け、64倍掛け…」

 詠唱に答え、太陽を偽る巨大な火球が虚空に膨らみ、赤から青へ、青から白へと変色し、伸縮を繰り返す。背後の臣下達は、唯々巻き込まれまいと必死で激を飛ばし、味方を退らせる。

「1024倍掛け…さ、燃えちゃえ」

超気体プラズマの塊が大量の物質を分解しながら、森を食い千切る。魔導師は大気の悲鳴に耳を傾けながら、幸福そうな微笑を浮かべた。

「あー、その、早く出ておいでね、ジゼルちゃん?隠れる所が、ん、なくなっちゃうぞ」

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