Family planning for the divine war Vol.3

Pre Second Generation -LightSide-

宮廷に上がってかなり経つのに、第二妃が閨以外では素直にならないのは困った話だと、皇帝アルヴィスは独りごちた。かつて亡きマンフロイから受けた誘いをはねつけたことが、今さらながら少し悔まれる。現在の教団を率いる若手は、暗黒魔法の粋とも言うべき洗脳や調教の業をまるで受け継いでいないか、知っていても表に出そうとはしなかった。

「…シグルーン。皆の前ではもう少し愛想よくせよ…先日の宴はひどかった。ダナンやブルームはお前に睨まれて、恐怖に顔を引き攣らせていたぞ」

「は…ぅっ…知りませんっ…ひんっ…」

燃える鬣をしたグランベルの統主の腰の上で、逞しい女騎士が跳ねる。深藍の髪に瑠璃の瞳、青を以って標とするシアルフィの直系はしかし、肌の透ける朱の薄絹をまとい、両の耳と乳首には炎の紋章を刻印した飾りを通して、臍にはヴェルトマーの公妃が代々受け継ぐ大粒の紅玉を嵌め込んでいた。

第一妃ディアドラがグランベル皇帝の正統な配偶であるなら、第二妃シグルーンはヴェルトマー公爵の寵姫として、はっきり区別して置いた方がいい、という腹心アイーダの提案を受けての処置だった。初めは取り上げるつもりはなかったが、喜んだ第一妃が赤で飾りつけた最愛の伴侶を見たいというので、第二妃の肌に少しだけ傷をつけるのを許したのだ。

シグルーンはバルドの裔がファラの膝下に就くなどできないと言って抵抗したが、いつものごとく元妻の懇願には叶わず、アイーダに散々玩具にされながら、胸と耳への穴開けと、腹部の芯の拡張を受け入れた。

仕上がってみると、いささか残酷なほど美しかった。動くたびに辛そうにするのがまた艶めかしい。アルヴィスは胸の内に沸いた暗い喜びにいささか恥じ入り、マイラの血統とはいえやはりロプトの邪執からは容易に抜け出がたいなと感じたものだった。

不意に女騎士ははらはらと涙をこぼす。帝国最強の剣と謳われながら、愛する男の前では途端に泣き虫になるのだ。叱られたのが辛いのだろうか。そっと手を差し延べて頬を拭ってやると、震えながら息をついて、つながったままの腰をぺったりと降ろす。

「もう疲れたのか?アグストリアからトラキアまで武名を轟かす我が帝国の妃将軍が、ずいぶんだらしないな」

「しかし…今朝から…もう…」

「ヴェルトマーに静養に来ているのは遊びではないのだぞ。アイーダはサイアスを、ディアドラはユリアをもうけたというのに。そなたはまだ子宝に恵まれぬ…馬に乗るのがよくないのかもしれぬな…」

「…うっ…アルヴィス…」

夫の不機嫌な表情にぶつかって、妻はしぶしぶ言い直す。

「アルヴィス…様。いつになったら…戻してくれる…私はこの姿では…先祖に申し訳が…」

まだこだわっているのか。もしかするとシアルフィ出の寵姫が自分を愛していないのではないかと、皇帝は時々不安になった。ヴェルトマーの赤で消えぬ刻印を施したのも、目に見える確かな絆を求めてだったのかかもしれない。

「男子だ。男子を産んだら、約束通り解術しよう」

「本当か!」

とたんにぱっと嬉しげな顔になるシグルーンに、アルヴィスは憎らしさを覚えていきなり上下を逆転させると、布団に押し付けて乱暴に腰を使い出した。たちまち絹を裂いたような細い悲鳴が上がる。鍛えられた戦人の体のどこに、そんな可憐な音色を隠しているのか、いつも不思議な気持ちにさせる声だった。

「ひぃっ!!や゛ぁ゛っ!!アル…ヴィ…あ゛ぅ゛ぅ゛っ…」

「…早く…子を…成せ…元気な…男子をな…」

そう命じながらも、実際のところアルヴィスは男の子が苦手だった。セリスもユリウスも小さな怪物のように悪戯好きなのだ。愛しくない訳ではないが、あの二人がディアドラに隠れてひそひそ話をしているのを見かけると、いつも不安になる。サイアスまでがああならないといいが。

だからといってもちろん、公平と正義を尊ぶヴェルトマーの宗主として、また光にも闇にも分け隔てなきグランベル皇帝として、交わした約束を違えるつもりはない。別に以前の性のシグルドを嫌っていた訳でもない。葡萄酒を飲みすぎてぼんやりした少年を伴って、舞踏場で踊った時の記憶は、相手が忘れてもアルヴィスはしっかり頭に刻んでいた。

退屈な学生時代にあって、数少ない楽しい思い出だと、教えてもどうせ妃は信じないだろう。その後幾度か声をかけようと思ったが、あの目付きの鋭いノディオンの王子が、もう一人の能天気なレンスターの王子を壁に使って、絶対に上級生を近づけぬようにしており、しかもシアルフィの御曹司本人はまるで気付いていなかった。

やがて成長するにつれ、クルト王子の信頼厚いバイロン卿の息子と、アズムール王の懐刀たるヴェルトマーの公爵として、宮廷は青と赤の対決を望み、一方にはユングヴィとシアルフィが、一方にフリージとドズルが付いた。しかも都に繋ぎ止められたアルヴィスに対し、シグルドは才覚に劣りながら常勝将軍として武勲を立て、増して許されざる事にディアドラの夫として、身の程を知らぬ地位に就いた。

とはいえすべては過ぎた話だ。今はディアドラもシグルーンもアルヴィスのものだ。

だから当面は男の子を作る予定がない。多分教団の誰かが、生まれてくる命をすべて娘にする術を心得ているだろう。さもなくば、あの杖を使って変えてしまえばいい。

「イザークとの軍事協定はそなたでなく、アイーダをやるとしよう。しばらく馬には乗るな…私の側を離れるのも許さぬ…よいな」

「うう…はい…」

公子だった頃から、素直ではあったのだ。皇帝は力強く腰を突き上げ、存分に蜜壺を掻き混ぜると、腟奥へしたたかに精を放つ。今度こそ種が苗床につくよう望みながら、固さを失った陰茎を引き抜くと、寵姫はけだるげに身を起こし、耳と胸の飾りを涼やかに鳴らして夫の股間に頭を埋め、慣れた舌使いで後始末をする。

すぐに欲望の印が再び勃ち上がるのを感じながら、アルヴィスはシグルーンの青髪を梳った。もう少し伸ばさせて、ディアドラに編ませようか。臙脂のリボンでも結べばよく映えるかもしれない。だがそう家族と絆を深めてばかりもいられない。国事を疎かにはできない。

「…トラキアか…あそこも南北の争いが絶えて手強くなった…いずれゲイボルグとグングニルの両方を相手にせねばならなくなるかもしれん…」

妃将軍は愛しい剛直を丹念にしゃぶってから、糸を引きつつ唇を離した。

「んっ…統一トラキア…まだ復興の最中に有ります。無意味な戦いを好みません…それに…教団強硬派の残党…ベルドという男がまだ…トラバントも当分はそちらの討伐に…」

「そなたの妹の情報は頼りになる。ではアグストリアはどうだ。ヴェルダンに食指を伸ばそうとしていると聞くが」

「エルトシャンは…諸侯をまとめきれておりませんが…いずれ噂は立ち消えるでしょう」

「シレジアは…まあ大人しくしていてくれれば私は別に構わぬ…ラーナ女王に二人目の孫の祝いを贈らねばな…あとでディアドラと相談しよう…そなたは役に立たぬからな」

「え…」

「剣とか馬具ばかりではないか。そなたは貰って嬉しいものと人に贈って喜ばれるものの区別がつかないからな。まあ良い…来なさい」

帝国の剣を引き寄せながら、皇帝は静かに瞼を閉ざす。両腕に伝わる温もりをきつく抱き締めると、歓喜に震える裸の肩へ軽く歯を立て、しなやかな筋肉に舌で触れてまさぐる。この手にある望まぬほどの幸福が幻ではないと、もたらされた平和のすべてはロプトゥスの暗き魔法が生んだ虚像ではないと、確かめるように。


「こっちだよ!」

アリオーンが走ると、アルテナがきゃっきゃと笑いながら機敏についていく。まだ小さなリーフはよちよち歩きで追いかけ、すぐに転んでしまう。泣き出しかけた息子を抱き締めそうになるのを、エスリンはぐっとこらえた。すぐに長兄が駆け戻って、末弟の土を払い、立ち上がらせる。姉は不機嫌そうに頬をふくらませて待っている。足手まといのちび助がうっとうしいという表情。アリオーンの前でなければ、真先にアルテナがリーフを助けるのに。

「リーフのどじ」

「…だめだよアルテナ。リーフはまだ小さいんだから。ほらおいで。僕と手をつないでいこう」

ダインの生まれ変わりとさえ呼ばれる少年は、本当に気立てがよかった。実の母が血のつながらない弟妹と遊ばせたがらないので、あまり顔を会わせる機会がないのだが、こうして目にすると、トラキア王の良い部分を受け継いで、少しも歪めずに育たせているのが分かる。

トラバント。エスリンは秘部に疼きを覚えて頬を赤らめた。アリオーンが属領レンスターへ訪れたのならば、当然ながら峻烈な竜騎士の司も最強の護衛を連れてまたやって来たはずだ。今夜からまたたっぷり愛を交わせる。

イード砂漠でのあの運命の日。ランスリッターとアルテナの命を助ける代わりに、降服の屈辱を受け入れた選択を、もう悔いてはいなかった。レンスターの王太子妃からトラキア王の愛妾になりきるまでは随分涙も流したけれど、すべては過去の話だ。だってトラバントの調教はあんなにきつくて、素晴らしいのだ。愛する人と一緒にあれを味わったら病み付きになる。人妻の身でと嘲られても、伴侶の側にいて同じ体験を分かち合える限りエスリンは幸福だった。

どうにか母の顔を保って、地味なワンピースの上から胸を抑え付け、無邪気に遊ぶ子供らを眺めていると、侍女が呼ぶ声がする。

「トラバント様がお召しです」

それだけで濡れてしまったのを隠しながら、堕ちたバルドの裔はできるだけ穏やかに案内役のあとに続いた。庭から廊下を抜け、奥の間に通されると、すぐに色気のない服を脱ぎ捨てる。下腹にはダインの紋章の烙印。トラバントに飼われる雌の証だ。

侍女たちが次々と肉奴隷に相応しい装具を運んでくる。レンスターの馬の毛を束ね、短く切ったバサークの杖につけた尻尾。これは菊座に挿れる。入っていないと不安な位だ。ランスリッターのためのはみと手綱。手足をすっぽり掩う蹄型の拘束具。すべてを着けると、毛並みのいい牝馬のできあがりだ。誇らしげに桜色の髪を振り立てて主が待つ玉座へ向かう。

「遅かったなエスリン。待ち兼ねたぞ」

低く響く声。竜王は巌の如き体躯をはだけて、愛妾を差し招いた。

「…くっ…よくも私の妻を…」

鎖がなる音がする。恍惚が脊髄を駆け抜ける。晴れ姿を見て貰いたくて見回すと、何の事はない。影になって分からなかったがトラバントの傍らにゲイボルグを携えた女騎士がいた。胸と腰を少しも隠さない鎧。たわわな双丘の先端は金鎖でつながれており、秘裂の周りにも幾つもの輪が通されて、身じろぎするたびにじゃらじゃらと音を立てる。褐色の茂みがもうすっかり潤みきっているのは元妻と同じだった。こちらからは見えないが、臀肉にはやはりダインの紋章が捺されている。相変わらず溜息が出るほど凛々しかった。

「キュアン。いつになったら言葉使いを覚える」

「…黙れ…私は…私は…」

「お前は何だ?」

トラバントの指が、槍乙女の陰核を貫く金輪を容赦なく引っ張る。甲高い嬌声と共に、しなやかな四肢が硬直した。

「あ…かっ…ぁっ…」

「お前は何だ…」

エスリンは許しを待たずに近付くと、最愛の伴侶のむっちりした尻に頬擦りをして、温もりを伝え、緊張をほぐした。トラキア王の冷たい愉悦に満ちた目差が、レンスターの後継者をねめ回した。

「答えよ」

「きゅ、キュアンは…トラキア王の…きさ…き…王の槍…すべてを捧げる婢です…」

「続けよ。砂漠の夜に誓ったすべての語句を繰り返してもらうぞ」

「レンス…北トラキアの地はすべて…陛下のもの…掠奪と…破壊を免れる代わりに…この身と王権を差し出します…」

「良いぞ」

「アルテナやリーフは…アリオーンを支える妹弟として育てていただき…感謝いたしいます…キュアンもエスリンも陛下の玩具として…末永く可愛がって下さいませ」

「覚えているな。ランスリッター一人の命につき一夜を予と共にすると誓った事を」

「は…い…」

「お前は四晩で音を上げた。そこにいるエスリンやフィンの名を呼びながら、予の首にしがみつき、自ら腰を振って情けを乞うたのだ」

「うう…」

「…これまで通り。ランスリッターは北を守り、竜騎士団は南を守っている。交易は開かれ、両地の民のわだかまりも解けつつあるではないか。何が不満だ」

「この…屈辱…」

「屈辱だと?」

トラバントの瞳が氷の光を放ち、平手が激しくキュアンの円かな尻を打った。

「ひぃっ!!?」

「南トラキアが耐えてきた暮らしに比べれば、豊かな北トラキアで何不自由なく育ったお前が幾らか誇りを傷つけられようとどうだというのだ?お前は予の靴の下で生まれて初めて土の味を知った。だが遥か以前からトラキア王は禿鷹と蔑まれ、もっと惨めな境遇に耐えてきたのだ」

「うう…変態のくせに…」

「ぬ…エスリンにあれを持て」

すぐにも侍女が、レンスターの雄馬を模した張り型を運んでくる。牝馬の肛孔を抉る尻尾と同じく、バサークの杖を加工した淫靡な玩具だ。エスリンは秘裂に偽の男根を捻じ込まれると、嬉しげに蹄を鳴らしていなないた。

「キュアンを貫け」

「トラバントぉぉお!!貴様ぁぁぁ!!あぐっ!ちょっ…エス…リ…っ!あぉお゛ぉ゛っっ!!」

鼻息も荒くキュアンに圧し掛かると、過たず金輪で飾った花弁の芯を貫く。すっかり準備はできていたらしく、文字通り馬並の剛直はぐいぐいと奥へ入っていった。

「まったく夫婦仲の良い事だ。まぐわらせておくと予の存在など忘れてしまうほどだからな」

竜王は愉快げに二匹の愛玩動物を眺めやりながら、しかし最後の方はやや淋しげに呟く。

「あまり飛ばすなよエスリン。キュアンはこのあと、ランスリッターを率いるフィンを慰めにゆかねばならんのだ。反乱を抑えるためには、奴の罪の意識を常に掻き立てておかねばならん…」

「あぐっ…鬼畜が…ぁぅっ…エスリンっ…すごっ!!あっ…エスリン!エスリン!」

「にしても…まったく悪い夢のようだったぞ。グングニルを受けたお前の胸甲からその馬鹿げた大きさの乳房が覗いた時はな…だが予はあれをダインが与えた好機と見なした。だいたいお前は小さい頃から気に入らなかったのだ。失敗に終わった和平会談の折を忘れはしまいな…」

「ふぁっ…エスリンのぉ…太ぉ…ぁっ…んっ♪…」

「ひゅはん!ひゅはん!ひゅはん!」

伴侶の名を連呼するエスリンは、もうトラキアの愛妾とは言い難いようすだった。というより、初めから槍乙女しか見えていないのだ。

「…聞いていないのか…つまらん…」

だんだん手持ち無沙汰になってきたトラバントは、長衣を巻き付けると立ち上がった。着替えて子供らのようすでも見にいこう。何か嘘寒かった。

「まぁ…アリオーンはここへ来ると元気になるな。北トラキアの気候がよいのかもしれん…アルテナやリーフと会うのも良い影響を与えるし…」

誰にともなく呟きながら奥の間をあとにする。背後ではキュアンとエスリンがいつ果てるともない愛を交わしていた。久しぶりの休暇だ。好きにさせてやろう。だいたいレンスターの後継者は、余り伴侶と長く離れているとぎすぎすしてくる。臥所も共にしようとしなくなるし、トラバントが甘えたい時も膝枕一つ許さなくなる。定期的にレンスター城へ戻っていちゃつかせたり、子供の顔を見せないと、副官としても夜の相手としても役立たずになるのだ。何様のつもりだ。敗軍の将、虐げられる虜囚の分際で。ここへ戻るまでの苛立たしい記憶が次々に蘇る。

”先日まで月のものが重かったのだ。相手にはなれん”

「くっ…」

”貴様は馬鹿か?紫竜山の賊の縄張りで、野外でしたいだと?色事以外に考えられないのか?”

「予とてお前が手に入るまでは…慎みがあったのだ…しかし少しぐらいは…」

”分かった…口でしてやる…だが今回だけだぞ…フィン以外には…こんな…”

「あんな若造の何がいいというのだ。北トラキアの人心を慰撫するためでなければ、空も飛べぬ騎士団などとっくに潰しておるわ!」

”エスリン以外と子作りする気はない。それからお前がエスリンに種付けたら舌を噛み切って死ぬ”

「…控えたではないか」

”寝ているときに耳元で呟くのは止めろ。うっとうしい”

「愛していると言っただけだ!」

拳を握り締める竜王の方を遠くから、ぽかんと小さな影が眺めていた。

「父上?」

「…おお。アリオーンか。だらしない姿を見られたな。あちらへ行っていなさい」

「エスリン様とキュアン様は?」

「ああ、つもる話もあるのだろう」

「また父上は独りぼっちなのですか」

ぐさりと胸に短剣を突き刺されたようすで、トラバントはよろめいた。愛くるしい息子は駆け寄ると手を握る。

「では僕らと遊んで下さい。アルテナもリーフも竜に乗りたいといって聞かないのです」

「うむ…うむ…待て…着替えてからにしよう…二人とは仲良くやっているか?」

「はい!ねぇ父上。リーフは面白いですね。何にでもすぐ夢中になって、また別のものを見つけるとそちらにばかり気が行って、猫のようです。僕も小さい頃ああだったのかなぁ」

お前もまだ十分小さいのだ。と言おうとしてから、父はアリオーンの長兄らしい背伸びを察して、微笑んで頷いた。

「そうだったとも」

「ふふ。僕いつか竜を持ったら、リーフを乗せてやります。父上がしてくれたみたいに。でも今は…」

「ああ分かった…順番にな…順番にだ…」

愛妾を弄んでいる時よりこうして子供らと居る方が心が浮き立つのを感じて、トラバントはもしや己が年を取ってきたのではないかと、何とも言いようのない気分になるのだった。


「シャガール王。この税は高すぎます。あらためて下さい」

「何?これ以上、平民どもを付けあがらせろと…」

「あらためて下さい」

「は、はいぃっ」

妃の優美な脚に頭を踏まれて、アグストリアの王はうっとりとその匂いを嗅いだ。

獅子女王と渾名されるエルトシャンは、うざったげに名目上の夫を眺めながら、十何度かになる暗殺の計画を心のうちに押し込めた。曲がりなりにも主君だ。子種を得るまではと思っていたが、床を共にする気にも慣れないし、ずるずる時間が過ぎてしまった。

「それからヴェルダンには要らぬちょっかいを出さぬように。おのおの方もよろしいですね」

「はい女王陛下!」

マディノ、シルベール、アンフォニー、ハイライン、マッキリーの各諸侯がいい笑顔で平伏する。そろって女王のおみ足の魔力に釘付けだった。さっさと手を振ってシャガール王と共に全員を下がらせると、けだるげに溜息を漏らす。

「豚ばかり…か…」

誰一人まともな騎士はいない。アグストリアの実質の支配者は欠伸を噛み殺した。グラーニェはアレスを連れて里帰りしているし、持て余すばかりだった。夫婦の絆に性別など何の意味もないと、身を以って証明するまでは、あれも随分不安がらせたが。

「ラケシスも居付かぬしな…」

妹、というか弟は相変わらずお気に入りの傭兵と側近の三姉妹を連れ回し、狩りだの遠乗りだの早駆けだの、デルムッドやナンナの面倒もちゃんと見ているのか心配なほどだった。そもそもノディオン王としての自覚があるのかさえ怪しい。まぁ諸侯連合の行政は徐々にエルトシャンの座すアグスティ城に一極集中しつつあるが。しかし兄離れ、というか姉離れが進みすぎるのも淋しい。こちらを女に変えただけで押し倒せると思い込んで、詰め寄ってきた頃が懐かしい位だ。

「来月にはナンナを連れてレンスターに遊びにいくとか言っていたな。アレスもどこかへ連れていくか」

エッダのクロードの元がいいかもしれない。あの荒っぽさを矯めるにはブラギの聖地の荘厳な雰囲気が利くのではないだろうか。そもそも母親が二人いるという特異な環境もよくないのかもしれないが。

「やはりロプト強硬派のはぐれ僧でも捕まえて、元に戻るか」

しかしこの姿の方が、諸侯を言うなりにするには都合がいいのだ。

「まったくキュアンもシグルドも…何故、良い様にされるか分からんな」

男なぞ顎で使えばいいものを。エルトシャンは立ち上がると、肌も露な寝間着に、黒剣だけを帯びて、秘密の通路へ足を踏み入れる。かつてシアルフィ軍からシャガール王を逃したアグスティのからくりだ。辿っていけばクロスナイツの詰め所まで出られる。

「ふふ。久しぶりに…」

見目良い騎士を何人か摘まみ食いするとしよう。手づから鍛えた可愛い部下たちならきっと、この火照りを鎮めてくれるに違いない。ミストルティンの鞘を撫でながら、獅子女王はいかにも肉食獣らしい、獰猛な笑みを浮かべ、暗がりの奥へ消えていった。

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