未来忍者ヒーロー
ギガガンガー

"ギガガンガーへ
 このまえ返事ありがとう
 すごくうれしかったです
 今ぼくは友だちと長野県にいます
 中学の林間学校だからです
 山とかおじいちゃんの家みたいですごい楽しいです
 でも先生とかがいて忍術練習する時間がないです
 帰ったらまた空蝉の術とか教えてください

 ギガガン少年忍者2号より"

 ギガガンガーこと竜崎天馬が、うんこ座りの姿勢で、いつものようにファンメールをチェックしていたのは、バイク・ショップ「神風」の裏手にある廃棄品置き場だった。

 山か。山はいいなー。

 暦の上ではもう秋なのだが、都会の気温はバリバリ真夏日の連続記録を更新中で、ツナギを腰で結び、上はタンクトップにバンダナという天馬の格好でも、ガレージの中で長時間作業してると、はっきりいってかなり辛い。

 23世紀の厳しい環境で、軟弱な21世紀人なら聞くだけでちびりそうな厳しい訓練を受けた忍者の体躯は、必要とあらば50℃の炎天下で1滴の水もなしに長時間活動できたが、だからといって心頭滅却すれば全然暑くない、という訳ではないのだ。というか、ぶっちゃけ暑いのは苦手だった。

 鼻にたまった汗の雫を、時折指で拭って、年若い崇拝者の元へ送る文面を推敲する。しばらく忙しくキーを打っていると、裏の戸が開き、彼と似たような背格好の先輩店員が顔を出して、犬そっくりに大口を開けた。屋内がどうなっているかは、想像に難くない。

 腰を上げず、頭を下げるだけの挨拶をする。向こうは軍手を嵌めたごつい掌でドアを締め、表の毛羽立った編上げ靴で、樹脂板張りの底を軋ませながら、青黒くくすんだコンクリートの段差を降りてきた。

 「あちーっ、おっす竜崎」

 「あ、おつかれさんっス」

 「まじお疲れだよー。何この暑さ。あれ以上中居たら死ぬって…っと」

 言い様ポケットからタバコを取り出し、うっとうしそうに手袋を外すと、ぽんと上蓋を叩いて、一本を唇に咥えてから、どうぞと箱を押しやる。いい人だ。だが天馬は軽く手を振って断った。相手は特に機嫌を損ねた様子もなく、またポケットに箱をしまって、白煙を一筋燻らせてから、後輩の携帯に目を留める。

 「…なにそれ?彼女?」

 タバコを挟んだ指で差されて、天馬はしゃがんだまま苦笑した。

 「いやダチっス」

 先輩は、脱色した髪をがりがりと掻き揚げて、ふーっと煙を吐いた。

 「色気ないねお前。こんな所でダチとメール?暗くね?」

 「暗くないっすよ別に。めちゃくちゃいいダチなんで」

 屈託のない答えに、年上の青年は肩を竦めると、積上げられたまま錆び朽ち行くバイク部品の群を眺めやった。

 「…あっそー」

 「先輩、前に言ってた彼女とかからメール来ないんスか?」

 オイル汚れの染み付いた指がフィルターを放し、咥えていたものを地面に落とすと、爪先で踏み消す。

 「あれ止めたわ…つかさー、竜崎、来週の土曜電動二輪の試験終ったらさー。合コンしね?」

 へっと間抜けな返事をすると、先輩は眉間に皺を寄せて呟いた。

 「人数あわねーんだわ。つかお前顔はイケてんだろ?その元ヤンっぽい赤頭なんとかすりゃいけてっからさー?な?」

 元ヤンっぽいって、そういうあんたはどうなんだ、という疑問は脇に置いて、天馬は軽く真紅の鬣を指で梳ってみた。やっぱ染めてるように見えるのだろうか。

 「あーこれ地毛なんすよ」

 今度は相手の方が、はっ?という表情になる。23世紀から来た若者は、余計なことを喋ったと悟り、慌てて話題を逸した。

 「いや、合コンってどういう流れで?」

 「北町通りのガソリンスタンドあんじゃん?あそこの近くにボギーズあるじゃん?ファミレスの。そこの店員。出んだな?」

 「えーと。すんませんその日用事が」

 わっかんねーという態度で、脱色した頭がまた掻かれる。

 「用事って?」

 天馬はちょっと詰ってうつむくと、まだ携帯を開いたままにしていたのに気付いて、素早く胸にしまい、空咳をしてから小声で応えた。

 「ボランティア」

 「なに?」 

 「…養護施設の…あー、ほら、親いない子供の」

 流石に引かれたかなと、ちらっと視線を上げると、向こうは不精髯のまばらに生えた顔の真中で唇をOの字にして、彼を見詰めている。

 「龍崎ってさー」

 「っす」

 「絶対女にモテねーだろ」

 「そっすかね」

 やっぱいい人だ。

 未来忍者ギガガンガーは頬を緩め、休憩を終わりまーすと告げて立上がると、仕事場へ向かいながら、辺りに漂う機械油と塗料の匂いを、思いっきり吸い込んだ。










 やがて空が茜に染まり、多くの者が1日の働きを終えて家路を辿る頃。

 人里離れた山間を流れる小川の、しおから蜻蛉が舞う土手を、カーキ色の10tトラックが数台走り抜けていった。

 雑草除けに砂利を引いただけで、凡そ農家の軽トラの他、車輪のついた乗物など何1つ通りもせぬだろう隘路の更に先へと、些か図体の大きすぎる車輌が列を連ね、鬱蒼と黒く森繁る険岳の麓をぐるり巻くようにしながら、危なっかしく進む。

 さながら鋼鉄の大蛇とでもいうべき長い縦隊は、徐々に狭くなる凸凹道の導くまま、そこかしこに転がる折枝や、水溜りに頓着せず、地元の者しか知らないような小径へ折れ、通行止めとある標識まで無視して、きつい勾配を登ると、左右から突き出した笹の葉を押し退けながら奥へ奥へと強引に入り込んだ。

 朽木の幹を組んだだけの封鎖を突き破り、とうとうガードレールどころか木柵の保護もない、切り立った崖の上へ出る。ここから先はもう車道ではなく、登山客が時折利用するだけの林道だ。幅も狭く、間隔を空けず並んだトラックには、退くのすらままならない。

 諦めたように、先頭のトラックから次々とエンジンが停まると、後部の観音扉が一斉に開く。

 コンテナから溢れ出たのは、肌にぴったりしたコスチュームに身を包み、埴輪に似た仮面を被った男達だ。肩には吊帯をかけ、軽機関銃を小脇に抱え、腰にはトランシーバーをつけて、荒事に慣れたらしい所作は、犯罪結社バクーの戦闘員のものに違いなかった。

 完全武装のいでたちをした彼等が、狭い道筋いっぱいに展開し、閲兵式に備える軍人宜しくきちんと3列に整列すると、今度は最末尾の車輌から、ベタンベタンと濡れた雑巾で床を叩くような音がして、中から、ぬっと一際巨きな影が現れる。水掻きのついた肢が地を踏み、次いでこちらも扇のような形をした掌が飛び出て、荷台の縁を掴む。

 一同が神妙に待ち構える内、終に黄土色と青灰色の入り混じった肌が外気に晒され、山の端に消え行く太陽の残照を受けて、ぬめぬめした光沢を放った。

 怪人。バクーの超科学が作り上げた生ける兇器。電球のような2つの眼が、顔の真横から少し上の方につき、ひどく貪欲そうな菱形の口は酸欠の金魚宜しく休みなく開閉している。

 うすらでかい体躯が、左右に揺すれてタラップを降りる度、喉の側で鰓が激しくはためき、大気を吸い込んで肺に酸素を伝えた。陸と海の生き物の特徴を、2つながら備えた異形。手足を支える肩と腰の筋肉のつき方は、辛うじて人間らしさのよすがを感じさせはしたが、背骨はせむしのように曲がり、棘だらけの鰭が妖しく蠢いていた。

 話し掛けても良さそうだと判断した戦闘員が1人、傍へ歩み寄ると、崖下の一角を指を差す。

 「ケケッ、ニドヘグフィーバー様。あそこに見えるのが例の林間学校です」

 「ギョギョ…なるほどギョ。滋味も豊かで、餌も多そうな土地柄。ギョギョ、実に良い舞台ギョ」

 「作戦開始の前に腹ごしらえをなさいますか?」

 「ギョギョッ…そうするギョッ」

 別の戦闘員が2人、特大サイズの強化プラスチック製タッパーを持ってくる。水掻きのついた手が蓋を開け、容器内でうねうねとのたうつ長虫を掴みとり、口元まで持っていった。牙に縁取られた、黒々とした洞穴の奥から、何か管状の器官が伸びて、悍しい生き餌を吸い込む。

 「ギョギョッ、食用ワームに勝るご馳走はないギョ。しかも土や排泄物さえあれば幾らでも増える優れものギョッ。あの施設を制圧したら、さっそくこれをコンクリート貯水槽に放り込むぎょ。後で、食糧の心配をしないで済むギョッ」

 「ケケッ、お任せ下さい」

 「ギョギョッ、それでは作戦の第1段階を開始する。目標は県営学生厚生施設"つばき荘"、命令は単純。子供以外は排除するギョ!」

 バクーの強襲部隊は敬礼すると、殆ど音を立てぬまま、一糸乱れぬ統制で4人小隊に分かれ、ヤモリのように崖を降って、密やかに、何も知らぬ子供達の宿泊所へと忍び寄っていった。










 7時前のつばき荘は、さながら餌時の動物園とでもいった風情だった。市立唐澤中学校、通称唐中の1年生総勢70余名が走り回り、喚き、笑い、意味もなく壁を蹴飛ばし、殴りつける、てんやわんやの騒ぎで、草の間で響く虫の音や、水辺からする蛙の合唱さえ掻き消されてしまいそうな程だ。

 そこらじゅうへ入り込む好奇心の権化共の所為で、管理人が片付けておいた脚立やら雨戸やらがひっくり返り、何だか分らないものが割れ、どこかで愉しそうな悲鳴が上がる。

 害意のある輩が悟られずに接近するにはうってつけだ。尤も、施設内の賑やかさがなくとも、引率の教師連は、およそ外から迫り来る危機になど、気付きはしなかったろう。

 幼き者の牧師にして守部なる先生方はといえば、林間学校だからといって特別きちんと学童の面倒を見る訳でもなく、普段と同様に職員室へ集まって、だらだらと然して何かした訳でもないオリエンテーリングの苦労やら、消化しなければいけないプログラムについての愚痴やらを零していただけなのである。

 勿論例外はあった。例えば、理科教師の柴セン等は、いわゆる熱血型で、生活指導という役割に強い使命感を感じているためか、やれ荷物をきちんとしろだの、班ごとに固まっていろだの、どんな時でも機会を逃さず子供等を捕え、説教し、彼なりの(多少一方通行の)コミュニケーションを楽しんでいた。

 山奥だろうと、街中だろうと、何ら心境の変化も覚えず、型にはまった遣り方を貫くという点では、結局他の大人と少しも違わない訳だが。

 お蔭で異郷を訪れて興奮の坩堝にある生徒も、鬱陶しい看視人のお通りには沈黙し、ちょいと脇へ退いた。だが、所詮どれだけ礼儀正しくしていようと、服装やら態度やらの粗を探すのにかけて20年のベテランとあれば、いずれ誰かを捕まえたのである。

 あまり獲物の選り好みをする方ではなかったが、大抵最初に鼻を利かせる先は、線の細い感じの女子と決まっていた。

 裏若きおとめらの寝所は、西側の棟にあり、壁や天井はまだ昨年塗り替えられた際のよすがを留め、畳も東側より汚れや傷みが少なかった。だが全体が整然としていると、逆に生活指導は仕事がしやすい。

 廊下の奥、埃を被ったホワイトボードが衝立代りになった人気の無い一角で、柴センは2人の犠牲者を前にして、常の如く大袈裟にゲジ眉を挙げてみせた。

 「これは、何だ?」

 警察の証拠物件よろしくご丁寧にビニール袋に入れた6本ばかりのマーカーペンを振ってみせる。年端も行かぬ1年生には、ガサガサッという音すら威嚇のように聞こえる筈だ。

 「マーカーです。何で先生が持ってるんですか?私の鞄勝手に開けたんですか」

 2人のうち、微かに褐色を帯びた髪をおさげに結った少女の方が、頭1つ半分は高い大人の男の顔を真直ぐ見返しながら、逆に問うた。どうも然るべき敬意の感じられない、なまいきな小娘よと、柴センの顎が不興げに引かれる。

 「じゃぁお前のなんだな?こういうの持ってきちゃいけないってしおりに書いてあったろう」

 「いいえ」

 「お前のじゃないっていうのか。じゃぁ誰のだ」

 「私のです。でもしおりにはマーカーペン持ってきちゃいけないって書いてませんでした」

 長身を伸ばし、尚も物怖じせず受け応えする。絶対権力者である教師を前にして、大胆すぎる位だ。連れのずっと背の低い少女は、動揺のあまりずり落ちそうなメガネを抑え、幾分友だちの背に隠れるようにしながら、やばいよ、という風に袖を引いた。

 柴センの眼差しがさらに険しくなり、不意に隣へ移った。

 「持田、お前はどうだ。美村がこれ持って来たのを知ってたのか」

 「あ…はい…」

 「なら校則違反を黙って見てたのか?だったらお前も共犯だぞ。いいか…」

 怯えた反応に、得たりとばかり言い募ろうとする男を遮って、再び美村と呼ばれた少女が口を開く。

 「先生。なにが校則違反なんですか?」

 「ん?なにって、お前そういう態度よくないぞ。なんで悪いことして、先生の話もきちんと聞かないで、そういうふてぶてしい態度とるんだ。今話してるのはこれだろ?」

 差し出されたマーカーペンを眺めながら、美村は語句を接いだ。

 「マーカーは筆記用具です」

 「でもこれ、マニキュアになる奴だろ。文房具って、袋とかには爪にも塗れますって書いてあるだろ?化粧の道具なんか持っちゃいけないのは、これ、お前中学生として当り前だろ」

 「私は筆記用具として買ったんです。それより、先生、私の鞄勝手に開けたんでしょ。それって犯罪じゃないんですか」

 「由香里ちゃんっ」

 舌鋒人を刺すような渡り合いに、堪りかかねて持田という子が声を挙げる。こちらを与し易しと踏んだ柴センは、向き直ると、上辺だけ優しげな態度を作って語りかけた。

 「持田、こういうことは隠してもばれるんだよ。ちゃんと言わないと、明日の朝礼で皆の前で注意することになるぞ」

 「だったら先生が女子の鞄勝手に開けたことも言いますから」

 美村由香里が、友人を護るように1歩前に進んで、粘着質な詰問を切って捨てた。かっとなった教師は、生徒の手首を掴んでぐいと持ち上げる。

 「開き直るのもいい加減にしろ。どうせ爪に塗ってるだろっ。ほらっ!」

 勝気な少女の顔に初めて恐怖の色が浮ぶ。

 「放してっ」

 「先生やめてくださいっ…そのマーカー私が…っ」

 漸く綻びを捉えた尋問者が、嵩にかかって叱り付けようとした矢先、肩に何かが当たって、指が痺れ、するりと獲物を逃してしまった。どこから飛んできたのか、ころころと、河原に落ちているような丸い小石が、床板の合わせ目に沿って転がる。

 ホワイトボードの向こうから口笛が響き、くすくす笑いが後に続く。

 「…激写!暴力教師の淫行ざーい」

 唄いながら、携帯を手にした男子生徒が顔を出す。次いで、にょきにょきと更に2つの頭がプラスチック板の裏から現れ、イジワルそうな笑いを浮かべつつ、指差して何やら頷き合った。

 少女2人は戸惑いながらも、凍りつく教師の脇を抜け、救い主達の方へ逃れる。取り乱した柴センは、数秒してから我へ返ると、新たな3人組を睨みつけた。

 「お前らB組の…」

 「せんっせー、やっばいなー。この前うちの県の高校で生活指導がわいせつ罪で捕まったの知ってるよねー?今教育委員会ぴりっぴりしてると思うけどなー」

 「何を言ってる!その携帯電話、校則違反だぞ!!」

 「あー、写真見ます?」

 先頭の少年が、怜悧な面差しに鼠をいたぶる猫のような態度で、液晶を開く。映っているのは少女の腕を掴んで押さえつける教師の姿だ。

 問題のある場面ではない。熱心すぎる指導の結果がこうした行為に繋がっただけだ。そう胸に言い聞かせようとしても、小学校時代から札付きのちんぴらとして知られるB組の問題児、沢渡秀人に威されると落ち着かない。確かこいつは前にも1人、教師を依願退職に追い込んでいるという噂だった。

 「司法取引しましょーかっ?」

 秀人は妙な提案をしながら、にっと笑って、少女達に軽くウィンクをした。すぐさま美村嬢はつんと顔を背け、固くなる持田嬢を押して、うさんくさい他クラスの奴等から遠ざけようとする。

 柴センは完全に平静を失ったまま、キレイな顔をした仔悪魔を睨みつけた。

 「なにを言ってるっ」

 「俺等、センセの軽犯罪にまでいちいち関ってられないんですよ。丁度いいから、林間学校の間、この携帯電話のこと黙ってて貰えれば、ちゃらってことで、な?」

 同意するように後の2人が親指を立てる。里見圭吾と、猿飛晋太郎。内申書には昔からリーダー格の沢渡秀人とつるんでいると書いてあった。

 「なっ…ふざ」

 「先生、前の学校で女の子殴って親御さんと揉めたでしょ。こういうこと繰り返してると、まじで捕まりますよ」

 「脅迫してるつもりか?」

 「いやゼンゼン?」

 にっこりする少年。たかが写真1枚。臆する理由などない。だがもしあの指が、送信ボタンを押し、碌でもない輩に、余りみっともよくはない己の姿が渡ったら…気を呑まれた理科教師は、場に張り詰める冷たい沈黙に、呼吸困難でも起したかのように息を荒らげ、背を丸める。

 いきなり天井のスピーカーがブツっと大きな音を立てると、学年主任の嗄れ声が鳴り響いた。

 "緊急連絡です。教職員は職員室に集合してください、教職員は職員室へ集合してください"

 天の助けとばかり、頭を上げた柴センは、咳払いをして傷つけられた威厳を繕うと、腰に掌を当て、目を泳がせながら、窮地を逃れるもっともらしい語句を探した。

 「先生は行かなきゃならないから、お前等ももうすぐ夕食だろう。うろうろせずに、早く食堂に戻れ。いいなっ!」

 「…はー?そーですかー?ならまた後で」

 泰然としたまま、再戦を約され、生活指導主任はぐっと喉を詰まらせたまま踵を返し、早足に立ち去っていった。背中に遠慮のない嘲笑が投げ付けられる。

 「びびってんじゃねーよエロ先公」

 キメ台詞を呟いて、仲間にピースすると、秀人は少女達の方へ向き直った。

 「お邪魔しましたっ!」

 「あんた達何で女子棟に入ってんの」

 美村由香里が喧嘩腰に応える。折角助けてもらったのに、と焦った持田が口を挟んだ。

 「ありがと沢渡くん…」

 携帯をしまいながら、少年はくすぐったそうに肩を竦める。

 「んじゃ、これも司法取引ってやつで、女子棟入ったの見逃してくれって感じ?」

 「俺等、この中探検してんだよ」

 圭吾がきょろきょろ周囲を珍しそうに見回しながら後を受けた。晋太郎はじっと美村嬢の方を観察していたが、やがて穏かな声で尋ねかける。

 「美村さん、手平気ですか?」

 「…ありがと平気」

 きつく寄っていた少女の眉根が少し、和らぐ。かなり緊張していたのだろう。壁に肩を凭れて怠げに息を吐いた。心配した友だちが顔を寄せるのを、掌を挙げて大丈夫だからという素振りをして押し留め、今度は逆に晋太郎へ言葉を返す。

 「なんで探検なんてしてんの?」

 「うーん…」

 己への質問と受け取ってか、云い難そうにする秀人。すると持田嬢が唇を開き、ちょっとどぎまぎした風にどもってから、喉を震わせがちに訊いた。

 「もしかして、少年忍者団のやつ?」

 「あ、知ってんだ」

 「そーそーそれ。シンがいちおー見回りたいっていうから、俺等もいっしょになー?」

 圭吾のあけっぴろげな告白に、お下げの女子生徒は目を見開いて、低く囁いた。

 「あっそ、女子棟に入るの、猿飛君が考えたんだ?」

 「えっ!?…僕は外だけのつもりだったです…」

 「同じじゃん」

 やっぱねと溜息を吐いてから由香里は、首を捻って友達を省みる。

 「真奈美ちゃん、食堂行こっか。玉緒ちゃん待ってるんじゃん?」

 「あ、うん」

 女子2人は礼もそこそこに、悪餓鬼トリオを置いて廊下の向こうへと歩いていった。面食らった圭吾は、ちょっと意味もなく足踏みしてから、大音声で叫ぶ。

 「頼むから、スケベとかしゃべんないでねーっ」

 「ばかケーゴ、めちゃくちゃ他の女子に聞こえる!!」

 「あわわわ、ヒデちゃん、ケーゴくん、逃げよっ」

 合図で、3つ影が窓を飛び出した。時を置かず、不審を感じた西棟の宿泊客がぞろぞろと、突き当たりの角を曲がった部屋から様子を見に現れ、開いた網戸に形跡を発見して、華やいだ悲鳴を上げる。

 オリオンが昇る天球の下、県営学生厚生施設つばき荘は、若々しい少年少女達の息吹に満たされ、未だ仮初の安逸を謳歌していた。明るい笑いが零れ、愈々喜びがはじける建物の外では、しかし、闇もまた着々と濃さを増しつつあった。










 薄雲に翳ろう星明りの藪を、黒い塊が幾つも疾り抜けた。

 荒れた杉の植樹林の間、繁殖力旺盛なハルジオンや棘の鋭いアザミ、ツユクサの類と、ササが夜気に濡れる中、トカゲの皮膚のような布地でぴったりと覆った太い肘や腿が、葉を弾きながら駆け過ぎ、あまたの雫を散らす。

 神速の機動を誇るバクー強襲部隊。その先鋒が、施設の敷地まであと20mに迫った時、後方から警告の唸りが投げつけられた。

 「ギョギョッ、止まれっ」

 途端に草の揺れが収まり、前陣を任された戦闘員の1人がしゃがみ込むと、茎と茎の間に、ピンと張り渡されたテグスを認める。

 「…ケケッ、これは」

 「結界ギョッ…ギョギョッ、どうやら少年忍者団は、名前倒れという訳ではないギョッ」

 埴輪の仮面をつけた一団に、動揺の波が広がった。

 「ケケッ、ニドヘグフィーバー様。文教施設の標準的な警備システム程度なら、突破できるつもりでしたが…相手が忍法を使うとなると…どうしましょう」

 禍々しい名の呼びかけに招ぜられるが如く、育ちすぎのハルジオンをへし折って、ぬめりを帯びた肌持つ巨躯が進み出す。寄生怪人ニドヘグフィーバー。今回の作戦の指揮官であり、大幹部白鬼博士をして特別製と形容せしめた、謎の力を持つ異形。

 菱形をした口から腥い蒸気を噴き、突き出た眼球をぐるぐると左右別々に回転させて、彼方此方を窺うと、醜い外面とは裏腹の高い知性を感じさせる喋り方で、部下の不安を一蹴する。

 「ギョギョッ、お前達はギガガンガーを畏れる余り忍法を過大評価しているギョッ」

 「しかし」

 「まぁ待つギョッ、このニドヘグフィーバー様にしてみれば、人間の忍法など全て子供騙し。行くぞ、

 邪界念破!!

 ニドヘグフィーバーが鬨を放つと、まるで陽炎が立ったように景色が歪み、虫の声や草のざわめきが一斉に止んだ。

 説明しよう。

 邪界念破とはニドヘグフィーバーの体内にある「亜次元袋」で生成された「空間歪曲ガス」を、特殊に強化された脳波と共に発散するもので、人や獣、鳥の5感を鈍らせるほか、市外局番電話を繋がらせにくくしたり、ブルガリア・ヨーグルトを苦くしたりといった作用がある。

 「ギョギョギョッ、これで、忍者にとって最も重要な危険察知の能力を封じたギョッ」

 「ケケーッ、さすがはニドヘグフィーバー様!!」

 「なんて素晴らしい技だ!ケケッ」

 「これなら、ケケ、ケケ、バクーの勝利は確実だ!」

 奇声混じりの賞賛を鷹揚に受け容れると、怪人は水掻きつきの指で、前方に聳える建物の中央辺りを示した。

 「警備システムと職員室はあそこに集中してるギョ。電線を切ったら、制圧は速やかに。抵抗する奴はさくさく撃ち殺してしまうギョッ。どっちにしろ子供以外は生き残さないギョっ」

 「了解」

 「では第1小隊は電話線を切断、ギョギョッ、第2小隊と第3小隊はこれと同時に職員室を襲撃ギョッ。第4小隊は正門、第5小隊は駐車場、第6小隊はグラウンドを見張って、子供等が逃げ出さないようにするギョッ。その上で包囲を狭め食堂に追い込むのがベストギョッ。それと第2小隊は忘れずに児童全員分の名簿を確保しとくギョッ」

 異形がてきぱきと命令を下すと、まず第1小隊が結界を跨いで電信柱の方へ消えてゆく。第2小隊、第3小隊の8人は、姿勢を低くしながらじりじりと"つばき荘"の敷地の側へ近付き、1人が工具を取り出して、金網を円く切り取った。

 3分後、明りが消えたのを確認すると、軽機関銃を構えた前衛4人が一気に裏庭を走って、窓の下まで突込む。内部では多少の混乱が起きた様だが、自家発電に切り換るやすぐ収まり始め、非常灯が点ると共に、ちょっとしたハプニングに出くわした中学生特有の、陽気な騒ぎに過ぎなくなる。だが、夜よりの使いが狩へ取り掛かるには充分な隙だった。

 市立唐中の林間学校は、生徒のはしゃく心が思い描きさえしないような、悪夢の狂宴に変わろうとしていた。










 「とにかく、明日は女子棟と男子棟の行き来だけはさせないように先生方全員で…」

 居並ぶ同僚へ向かい、柴センが施設利用の際に守るべき心得を述べていると、急に職員室が真暗になった。夕飯前の緊急ミーティングとあって、やや気も急いていた教師連は、ハプニングに少々過敏な感じで、席と席の間に驚きのさざめきを広げた。

 「停電ですかっ!?」

 「困りますねぇ…」

 不安が深刻になる前に予備電源が稼働し、先程より照度は落ちるながらも、光が戻る。だが極端に闇を畏れる都会人達が、安堵に胸を撫で下ろした瞬間、いきなり銃弾が網戸を貫いて室内へ飛び込み、壁を蜂の巣にした。

 恐怖の叫びを放つ暇も与えず、ずたずたになった窓を破って、異様な服装をした男達が侵入すると、1人が、消音筒つきの軽機関銃を天井に向けて乱射した。喧しさはなくても、空気に伝わる衝撃と、飛び散るリノリウムの欠片だけで、十全の威嚇効果が齎される。

 「ケケーッ、騒ぐなっ、俺たちは強盗だ。頭の上で手を組んで床に伏せろ、早く!」

 文部科学省の薫陶の甲斐あってか、先生方はさすがに団代行動の規律が身についており、感心するような従順さで、次々床へと這いつくばった。

 「これで教師は全員かっ、ケケ!?」

 ごん、と銃口が近くに若い女性教師を小突くと、ジャージ姿が尺取虫のように曲がって、肯定の合図をする。バクーの戦闘員は肩を竦めると、顎をしゃくって、テーブルにのった赤いバインダーを示した。

 仲間の1人が、すぐプラスチックの表紙を掴み取ると、素早くページを繰って内容を検め、ぐるり部屋を眺め回してから、なにか性質の良くない冗談を考えつきでもしたように、含みのある嗤いを漏らす。

 「ケッ、では、出席を採る」

 教師数人ががぎくっとして頭を擡げかけたが、耳元で銃のロックがカチリと鳴ると、無言の重圧に打ち拉がれるが如く、また縮こまった。名簿を手にした戦闘員は、閲兵式の将軍宜しく捕虜の横を行き来しながら、氏名と担任クラス、受け持ち教科を読み上げていく。

 「高崎恵子、1-A、英語…ケケッ、返事は?」

 「は、はいっ…」

 「ケケ、次、吉澤宏淳、1-B、社会」

 「私だ…君たちこんなことをして…」

 軍靴の先が口答えした男性教諭の頬を抉った。折れた歯が肉と血を伴って床へ吐き出され、生まれて此の方、殆ど剥き出しの暴力というものを知らずに居た中年男性は、苦悶と共に床へのたうつ。

 戦闘員は不本意な中断に些か苛立った様子を見せたが、引金に指をかけようとはせず、代りに汚れた爪先を、もがく捕虜の尻へ擦りつけて拭うと、再び淡々と先を続けた。

 「八幡舷、1-C、数I、ケケケッ、学年主任」

 「う、私ですっ…」

 「…柴田健介、ケッ、生活指導、理科」

 「はい、はい!」

 しばらく単調な語句の遣り取りを経、順繰りに人数確認を済ませると、点呼係はバインダーを閉じると、いきなり室内の片隅に設置された監視カメラの方を向いてよしという合図をした。

 折りよく内線のコールがして、最初に天井へ向けて銃を撃った男が、受話器を取る。

 "ケケッ、施設職員詰所を制圧、セキュリティを掌握した。そちらも終わったようだな、ケーッ"

 「了解、厨房の勝手口を塞げ。まだ調理師が居る筈だケッ、我々は生徒の方を抑える」

 学年主任が突如両目をかっと開いて、立ち上がると、両拳を握り締めて激しく迫った。

 「強盗だったら、お金を取れば宜しいでしょう!生徒に何の関係がっ」

 サイレンサーに抑えられた銃声が響いて、血塗れの肉体が床へ転がる。英語教諭が絹を裂くような悲鳴を迸らせたが、すぐまた弾丸が銃身を振動させる短い断続音に遮られ、止む。

 あっという間の出来事だった。柴センは妙に覚めきったまま、同僚の死を受け容れた。八幡、以前は日教組に入っていたアカの爺さん。5年前の教育法改正の時に抜けたが、最期の最期で昔のしょうもない癖が出たな。高崎、嫁ぎ遅れのみそじ女、アメリカ帰りも5年すれば賞味期限切れといういい見本だった。

 俺も死ぬのか。撃たれる痛みを想像して、急に身震いがする。現実感が、肌へ張り付くように甦った。嫌だ。20年以上もこつこつお国の為に尽して来たのに、こんな所で強盗に殺されるなんて不公平だ。

 「ケケッ、おい柴田健介…」

 脂汗を垂らしたまま頭を抱える男の尻を、ブーツが蹴りつける。

 「応えないと、このケツをぶっ飛ばすぞ、ケッ」

 ごくんと唾を飲んで顔を上げると、眼前に、ふざけた埴輪の仮面が在った。いきなり鼻先に銃口を突きつけられ、裏腹に、宥めすかすように言葉を掛けられる。

 「名簿を持って、ついてこい。お前にガキ共の点呼を遣って貰う。生活指導だから、得意だろ?ケッ?」

 理科教師は、笑うような表情を浮かべると、昨日までともに働いてきた男女の屍が累々と横たわる中、殆ど何も考えず、ぜんまい仕掛けの人形のように首を縦に振ってから、やっと命が助かったと悟り、少しの疚しさも感じぬまま、ただ素直な喜びの涙を流した。










 いつまで経っても夕飯の用意ができないので、食堂に集まった生徒は痺れを切らし、決められた座席をたって駆け回り、テーブルに乗っかってジャンプしたり、椅子を積上げて即興のオブジェを造ったり、床に寝転がって世間話をしていた。

 女子の半分位はまだ椅子から離れなかったが、よく見るとテーブルによって人数がばらばらで、どうやら大人が苦労して守らせようとしていた班毎の行動は、崩壊しているようだった。のべつまくなしのガール・ソプラノの囀りに、バクーの戦闘員もかくやという男子の奇声が混じる。

 どこかで手の早い腕白小僧が、気に入らないクラスメートをぶん殴ると、周りに居た連中が輪を作って、愉しげに囃し立てた。他方では、目立ちたがり屋の体当たりで、パイプ椅子を組み合わせたアンバランスなモダン・アートが倒れ、凄まじいカタストロフィの様相に、感嘆の唱和が起る。

 サバト。

 気の弱い大人なら、斯様な野獣の群の世話をすると想像しただけで胸がむかつき、腹の調子をおかしくしてしまうかもしれない。調理師は、唐揚だのフライドポテトだのが冷めぬよう温蔵庫へ運びながら、カウンター越しに食堂の嵐を眺めては、今回のちび共はまた活きの良いなと半ば諦観の念で苦笑しあうのだった。

 ようやく廊下の向こうから、秩序を保つべき教師が1人、胸にバインダーを抱ええながら、戻ってくる。騒ぎを鎮めるにはうってつけ、中学の鬼軍曹役である生活指導だ。だがどうも様子がおかしい。普段の貫禄はどこへやら、なにやら広い額にまばらな髪の毛がちょろちょろとかかって、瞳は血走り、重心は左右に揺れて、酒でもひっかけたような千鳥足だ。

 柴センはホールに入ると、話し掛けようとする調理師の方へは些かも注意をくれず、濁った視線を辺りに投げ、尚も知らぬ態で其々の遊びに熱中する生徒の方へ良く通る声で言いつけた。

 「お話しがあります」

 半数程が席へ戻ろうとするが、まだしぶとく聞こえぬふりをする者も居る。ベテラン教師は咳払いをして、ピンマイクのスイッチを入れると、ゆっくり呪文のような文句を称えた。

 「学習のすすめ」

 「「「「学習のすすめ」」」」

 忽ち少年少女達が鸚鵡返しに応えると、まるで魔法にかかりでもしたように、きちんと定められた位置に就いた。生活指導が拍子を打つと、すぐに子供等の吟詠が始まる。

 私たちは、先祖が大きな理想のもとで、
 すばらしい日本を作ろうと、働いてきたように、
 奉仕の精神で、心を合わせて、一丸となって頑張ります。

 親孝行し、友だちと助け合い、
 間違った言葉を行動をつつしみ、
 社会の決まりを守ります。

 勉強と奉仕を通じて、人格をみがき、
 立派な日本人として、社会に貢献し、
 どんな時でも、日本の平和と安全を、第一に考え
 皆といっしょに、国を守ります。

 そして美しい伝統を忘れず、
 自分の子供たちにも伝え、
 日本の発展にむかって努力します。

 「着席」

 70余名が、命令一下、腰を降ろす。文部科学省の方針で、幼稚園から教え込まれるようになった「学習のすすめ」は、未熟な学童を管理する上で覿面の効果を発揮した。

 「担任の先生方がまだ忙しくて手を離せないので、夕飯の前に先生が出席を採ります」

 審に思った者も居たが、皆かなり空腹だったし、昼間のオリエンテーションの疲れがあったから、一回静大人しくなると、ガス欠状態に陥って、エー、とかいうお定まりの抗議するだけの元気もなかった。

 しわぶきひとつしない静けさを、さして奇異にも受け止めず、柴センははバインダーを開いた。

 「A組から聞くぞー。1班」

 がたっと左端の長卓で少年が立つ。

 「全員居ます」

 「2班」

 2人空けて次の子が立つ。

 「全員います」

 先ほどバクーの戦闘員がやったのとそっくりのペースで、各組の状況を調べていく。遅々とした進みに、次第に我慢が利かなくなって、隣同士がひそひそ話しでもしようとすると、急に点呼が止まり、子供がばつの悪さに黙り込むのを待ってまた再開する。

 3クラス26斑の班長が報告を完了するまで、10分程かかった。

 「…居ないのはB組3班とC組8班か。どうした」

 3人分の空席を見つめ、隣の女子へ視線を移すと、緊張した答えが返る。

 「さっきまで班長の三石さんが居たんですけど、他の2人探しに行きました」

 「三石…美村、持田か…B組は?」

 けらけらと笑いが漏れて、男子幾足りかが顔を見交わす。

 「知りませーン」

 「B組3班は…班長…里見、沢渡、猿飛?あいつらか…」

 呻きながら、教師はバインダーを閉じる。

 「せんせぇ、飯まだー?」

 食堂の右奥の方で1人の少年が声を上げる。柴センは曇った双眸で、もう待てないといった雰囲気の教え子を見回した。

 「ぁぁっ…じゃぁ」

 厨房の方へ振り返った途端、奥のアルミ戸が開き、見たことも無い醜い化物が入ってくるのが認められた。高速9mm弾が鍋や冷蔵庫に当たって火花を散し、直撃弾と跳弾を受けて、調理師が次々に斃れていく。

 カウンターに邪魔され、何が起きたか分らないで居る生徒を背に置いて、ちんけな唐中のユダは肌に粟を生じながら、魚とも蛙ともつかぬ滑った肌持つ怪人の姿に釘付けになっていた。

 扉が開き、不気味な制服を纏った戦闘員が溢れ出す。連中が子羊の群を囲んだ牧羊犬の如く吠え猛り、生徒を脅しつけるのを耳にしきながら、施設で独り生き残った大人である彼は、全てをばかばかしくさえ感じていた。










 「柴セン、マジさいってーや、真奈美ちゃん気にすることないわ」

 C組8班班長の三石玉緒は、鼻息荒く宣言すると、メンバー2人を手招きして、行こうっと促した。ちょっと眼鏡の奥を泣腫らしたまま後をついていくのは、持田真奈美。さっきマニキュア/マーカーの件で生活指導に絡まれたのが堪えて、しばらくトイレに篭っていたのだ。

 横で、へいちゃらという表情をして歩いているのは美村由香里。3人の中では1番背が高く、所作も随分落着いている。とはいえ彼女だって相当参っている筈だった。自分に正義があったって、大人と互角に渡り合うのは、とてもエネルギーを消耗するのだ。

 西棟にはもう人気がなく、3人の声は大きすぎる位の谺になって響いた。お荷物になった観のある眼鏡の少女は、ハンカチを握りながら、疲労より申し訳無さに面持ちを翳らせて、俯きがちに長身の友人へと囁きかける。

 「ごめんね、私が由香里ちゃんにマーカーあげたから」

 「だから、いいって。くどいよ真奈美ちゃん」

 鬱陶しそうに謝罪を振り払う由香里に、玉緒が相槌を打った。

 「せやで。いっちゃん悪いのは柴センやちゅーねん…けどなー、惜しかったわ」

 やや含みのある台詞に、勝気な少女はお下げを揺らし、頭を巡らせて尋ねかける。

 「何が?」

 「んもー、分ってるやん?B組の沢渡ー。折角話するチャンスだったやないの」

 しょげていた真奈美がさっと丸顔を上げ、頬をほんのり染めながら、か細い声を出した。

 「玉緒ちゃん沢渡くん好きなの?」

 「はぁ?あっはっ、ちゃうわ、あほらし。ほらぁ、あいつのやっとるギガガン忍者団。真奈美ちゃんも知っとるやろ?あれ色々聞きたかったんや、新聞部としてなっ!」

 ぐっと日に焼けた腕を交差させてガッツポーズを決める玉緒に、はぁっとわざとらしい溜息をついて、由香里がにべもない答えを返す。

 「ばかみたい…ごっこ遊びでしょ。早く食堂行こうよ」

 「もー、そないに急がんでもええねんで?どうせ先生達緊急ミーティングで遅れるわ。ほら昼ー、国道と、あと反対側の県道が崩れたて、明日からどないしようゆーて相談して、当分かかるよ?」

 得意顔で先生方の裏事情を暴露する新聞部員に、内気な友人は目を白黒させるばかりだ。

 「ほんと?なんで知ってるの?」

 「じゃじゃーんっ、これ、こっそり持ってきとんの沢渡だけやないで!」

 玉緒がピンクの携帯を取り出して、Vサインを決める。由香里も足を留めて小さな万能機械を覗き込んだが、やがて人差し指で画面をつついて、首を傾げる。

 「あんたの待受、すっごい変」

 「ぇっ?スヌーピーやん?」

 「どこがっ」

 当惑した少女は、浅黒い頬を手の甲で擦ってから、ちらと液晶を眺め、忽ち慄然としてボタンを操作し始めた。

 「なんやの、キショッ、ゴキブリみたいっ」

 ケケケッと、乾いた嗤いが廊下の奥から聞こえる。

 「我等の大首領アブー・バクー様の魅惑の待受画像をゴキブリ呼ばわりするとは、本来万死に値するぞ小娘、ケケーッ」

 3人がぎょっとそちらを窺うと、埴輪の仮面をつけた全身タイツの集団が、ぞろぞろ角を曲がって来る所だった。其々が脇に銃を吊るしているのを認めた由香里は、真奈美を守ろうとでもするように立ち塞がる。

 「ケケーッ、活きの良さそうなガキ共だ。こいつはニドヘグフィーバー様も喜ばれるだろうて」

 バクーの戦闘員は両手を挙げ、じりじりと無力な女子中学生に迫った。










 丁度その頃東棟では、ギガガン少年団の3人組が、外の電信柱の様子を見に行こうと、窓から抜け出す準備をしていた。晋太郎と圭吾が、こっそり部屋に持ち帰っていた靴を履く間に、先に用意を整えた秀人はお馴染みの携帯チェックに余念が無い。

 「…ちっくしょー、やられたっぽい」

 いつも余裕たっぷりの電脳少年が、真底悔しそうに呻いたので、紐を結んでいた圭吾は片足だけで立つと、案山子のような格好をしながら訊いた。

 「どした?」

 「バクーのアホに、待受変えられた…あと、ネットにつながんない。電話もだめだわ」

 「あん?衛星ついてるっしょ?」

 「いや、違くて、中継器とか基地局じゃなく、この携帯直接やられたんだわ」

 靴を履きおえた晋太郎が深刻そうな顔付きになる。

 「それなんだけど…」

 「なにが?」

 「僕、さっきから調子悪くて…なんか巧く、人の気配がつかめない…」

 圭吾がようやくデカ足をスニーカーに押し込んで後を引き取る。

 「じゃ、近くに居るんだ…俺等のこと狙ってんじゃねぇ?」

 秀人は何度も携帯のボタンを押してから、諦めて尻ポケットに仕舞った。

 「やばいよ…ギガガンガーに報せないとまじやばいって…っても携帯がダメってことは…さっきの停電も…通信全部やられたってこと?めちゃめちゃ計画的じゃん…団のことバレたってことだよな?」

 ギガガン少年忍者団の団長は、そうだとばかり首を縦に振ると、窓の外へ首を出した。慌てて小柄な副団長が引っ張り戻す。

 「だめだよケーゴくん。バクーの戦闘員居たらどうすんの」

 「ごめんっ…」

 いまいち異常事態の緊張感が伴わない2人の小コントを眺めて、参謀役の少年は溜息を吐くと、うろうろ廊下を行き来した。

 「電話のあるとこまで行くしかないな…時間ねーし…シン、お前いくしかねーよっ」

 晋太郎がちらと外を一瞥してから、友人に向き直る。

 「でもヒデちゃん達はどうするの?」

 「闘うっ!」

 威勢良く拳を振りあげる圭吾の頭をはたいて、秀人が答え直す。

 「どっか隠れてるよ。いつもみたく」

 「分った。でも気を付けてね」

 3人が頷きあった瞬間、まばらな拍手が聞こえた。さっと振り返れば、背後には既にバクーの戦闘員が、廊下一杯に銃を構えて立っているではないか。

 「うっそぉ!?」

 「なんでっ…」

 「…っ」

 小隊長格とおぼしきが、左手を腰に当て顎を反らせると、右腕を槍のようにまっすぐ突き出して、小さな敵を指差し、喜々として告げた。

 「ケーッケッケッケッケ、ギガガン少年忍者団とやら、すでに貴様等は寄生怪人ニドヘグフィーバー様の術中に嵌っておるのよ。ニドヘグ様の邪界念破がお前たちの五感を狂わせ、危機察知能力を低下させた。加えて我等戦闘員の迅速な行動により電話線を切断、周辺半径1km以内の中継器も破壊している。更に更に、車での移動径路は県道、国道、高速道路共に爆破しておいた。もはや逃げ場は無い。しかもこの建物のセキュリティ室も制圧しているのだから、お前達の生殺与奪権は我等バクーの掌中にある訳だ。絶望に身を震わせながら、あの偽善者ギガガンガーの名前でも虚しく呼び続け…」

 長広舌を振るう埴輪の仮面に、クナイが2本突き刺さる。

 戦闘員は、くどくどしい演説を終えぬまま、額から血を吹いて倒れた。ぎょっとした仲間が、武器の照準から目を離した一瞬、猿飛晋太郎の身体が、かげろうのように揺らぎ、心臓が3つ打つより早く、彼我の距離を詰ると、細い脚から旋風蹴を放ち、戦闘員を弾き飛ばす。

 たちまち混乱に陥る敵の真中で、小柄な少年は直立不動の姿勢をとるや、どこからともなく巻物を取り出し、口に咥えて印を切った。

 「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」

 そのまま蜻蛉返りを打つと、短パンにタンクトップという服装は、一瞬で、忍者のいでたちに変わる。太股の付根までを包む短い黒の胴衣と、顔半分を覆う覆面、素肌を覆う粗い鎖帷子、正に漫画や映画に出てくる隠密そのものだ。

 「ケケーッ!?未来忍法っ!ものども、出会えー!クセモノだー!」

 己を棚に上げて叫ぶ曲者の最後の一人へ、鋭い踵落しをかまして黙らせると、黒装束の童児はぐっと親指をたてて、仲間に合図した。鮮やかな技の冴えに、圭吾と秀人は飛び跳ね、痛快そうに拳を握り締める。

 「ばーっか、ざまぁみろ!シンは由緒正しい戸隠流忍者だっての!ギガガンガーだけが忍者じゃねーんだよっ」

 「まー俺等はそもそも忍者じゃないけどな!」

 「あの、2人とも、早く隠れた方が…」

 声の大きさに慌てた晋太郎がぱたぱた手を振って警告しようとすると、いきなり横合いから腥い空気が彼の顔に吹き付け、言葉の残りを途切れさせた。

 「ぅっ…」

 湿り、粘つく笑いが壁を伝って3人を押し包む。どこから聞こえるのか判然とせぬ、おどろおどろしい声音に、少年達が焦って周囲を見回すと、急に視界が歪み、大気が波立って、衝撃が鼓膜を打った。

 「ギョギョッ、部下の帰りが遅いので来て見れば、本命のチビ助に手間取っていたとは…ギョギョギョッ、ギョギョギョギョッ、いいぞ、実に良い。あの小娘共と同様、こちらも活きが良さそうギョッ」

 ペタリペタリと、水掻きのついた足が床を踏み、背鰭が泳ぐように左右へ振れる。対の眼球が3人の獲物を捉え、淫靡な喜びに輝いた。

 「怪…人…」

 晋太郎が交差した腕にクナイを構えながら、呟く。異形は鰓を震わせて嗤うと、水掻きのついた指を蠢かせて、かかって来いというポーズをとった。

 「ギョギョッ、我が邪界念破を喰らってまだ戦意を喪わぬとは、幼いながら中々の胆力…だがお前如きではこのニドヘグフィーバー様の玉の肌に瑕1つつけられまい」

 「シン、逃げろ…やべぇ、ギガガンガーへ連絡しろ!」

 「そうだぜ、そんなカサゴ怪人、俺とヒデだけでぶっころせるっ」

 仲間の警告に躊躇いながら、じりじりっと、少年忍者は後退った。五感が麻痺していても格の違い位は分る。だが、もし今脱出したら、残った2人は確実に捕まってしまう。

 バクーの戦闘生物は相手の迷いを悟って、更に挑発を重ねた。

 「ギョッギョッギョ、ほら、どうした、かかって来い。どの道お前も逃がさんギョッ。1番産みつけ甲斐がありそうだからなー。後、言っておくがカサゴ怪人ではないギョッ。寄生怪人ニドヘグフィーバーギョッ」

 呑まれそうに成る晋太郎を援護し様と、秀人と圭吾が盛んにでたらめを叫ぶ。

 「ギョって言ってるじゃネーか。魚だからギョだろ?」

 「お前の親戚デパートの地下の魚屋で見たことあんだよ、1山100円だったじゃねーか。誰も買ってくんねーからえっらい臭くなってたけどな」

 「ぷはっ、それ魚清?」

 「そう、魚清。まじやばかったよ。なんかすんごいあの、ヒレのところがヌメヌメしてて?」

 「黙るギョッ!クソジャリ…ええい、こうなればとっとと決着をつけてやるギョッ、邪界念破10倍!!!

 亜次元袋に溜め込まれた空間歪曲ガスが、濃密な霧となって噴出し、強烈な脳波とともに廊下に荒れ狂った。目を眩み、激しい耳鳴りに襲われた少年忍者は、もはや猶予なしと判断すると、裂帛の気合と共にクナイを撃ち様、懐中に隠し持った小太刀を抜いて跳躍、切先を化物の額に突きたてた。

 澄んだ金属の響きと共に、折れた刃が宙を舞う。弾かれたクナイが床に散ると、無傷のニドヘグフィーバーは棘だらけの腕で晋太郎の細い胴を締め上げ、内蔵を搾って呼吸を奪った。

 「うぁぁぁぁあっ!」

 「ギョッギョッギョ…ギガガン少年忍者団、敗れたり!」










 「畜生離せよっ、痛ぇなっ!!!」

 「死ねばーかっ、ぐぇっ」

 「っ…くっ…こんなことしたって、ギガガンガーが助けにくれば終わりだからな…!!」

 3者3様に毒づく悪餓鬼を抱えて、戦闘員は食堂に入った。いずれも先ほど晋太郎に叩きのめされた奴で、表情は読めないが、かなりむかついているのだろう。いちいち扱いが粗略だった。

 椅子や卓の脚との擦れ止めに樹脂製のマットを張った床は、放り出された身体を軽く弾ませて受け止めた。後から入ったカサゴ寄生怪人ニドヘグフィーバーは、またあの独特の含み笑いを漏らして、少年達に向け、周囲を見回すよう、手振りで促した。

 身を起した秀人は、くそっと、罵った。同学年の子供たちが体育座りをさせられ、間には軽機関銃を構えた歩哨が立っている。唐中の1年生3クラスは完全に虜にされていた。

 「沢渡君!」

 厨房よりの壁に集められていた生徒の間で、メガネの子が腰を浮かせ、驚きの声を掛ける。側にいた浅黒い肌の少女が慌ててとめようとした時には、勝手な動きを咎めた戦闘員が、可愛らしいスモックブラウスの背中を思い切り蹴飛ばしていた。

 「うぁっ!!」

 「何すんのよ!!」

 側に居たお下げ髪の娘が、友人に対する理不尽な扱いに怒りを爆発させると、すぐさま銃口が其方へ向けられる。

 「待てっ!」

 すっくと晋太郎が立ち上がる。次から次へと互いを庇い合う少年と少女に、怪人は愉快そうに背鰭を波打たせた。

 「ギョッギョッギョ…涙を誘う光景ギョッ…ギガガン少年忍者団、猿飛晋太郎…先程仲間を救うために見せた勇気、ここでも見せてくれるというなら…」

 黒装束の少年からは、平静の気の弱そうな性格は影を潜め、代ってギガガンガーの友に相応しい芯の強さが表れ出ていた。

 「皆を放せよ。お前等の目的は忍者団だけだろっ!?」

 「ギョッギョ…何か要求できる立場と思っているのか…ギョッギョ…だが確かに…お前や他の2人の出方次第では、同級生を解放してやろう」

 「ち、テキトウなこと言って、シン、信じんな!」

 口を挟む秀人を、戦闘員が殴り飛ばす。圭吾が素早く肩を支え、ぎらつく眼差しを投げた。

 「見てろ、ギガガンガーが…」

 「そういう態度を続けるなら、同級生の命はないと思うギョッ」

 70余名が揃って息を呑む。幾ら恐れを知らぬ忍者団員でも、学校の知り合いを人質に取られたのでは、言葉を詰らせ、眼差しを伏せるしかない。

 満足げな様子でニドヘグフィーバーが、椅子に腰を降ろす。ただし、背凭れを使えないので、2脚を寄せ合って長椅子のようにしたものである。

 「では、反省の印を見せてもらうギョッ。猿飛晋太郎。服をすべて脱ぐギョッ」

 「っ…!!!」

 声を失う晋太郎。秀人は腫れあがった頬を抑えながら、、またしても起き上がって怪人を怒鳴りつけた。

 「てめぇ、この変態!」

 「分らん奴ギョッ、見せしめに2、3人殺すギョッ、おい、A組1班から…」

 呼ばれた班のメンバーが悲鳴を上げる。圭吾は、情けないぞ、という眼で他クラスの生徒をを睨んだが、如何ともしようがなかった。

 「わか…った」

 「シン!?」

 「やめろ、こんな奴等のいうこと…」

 「ギョッギョッギョ、子供は素直なのが1番。さ、始めるギョッ」

 少年の手が震えながら腰帯に触れ、結び目を解いて、胴衣の前をはだけた。大時代的な格好だが、鎖帷子の下には白いブリーフを穿いている。墨染めの布地が床へ落ちると、日に焼けた肌が非常灯の柔らかな光に照らされて、ひどく幼げな印象を与えた。

 秀人は歯を食い縛って項垂れた。圭吾に至っては屈辱の余り涙を流している。

 戦闘員がいやらしい口笛を吹き、クラスメートの怯えた注視が集まる中、晋太郎は羞恥で真赤になりながら、腹の辺りで防具の留め金を外すと、昆虫が脱皮でもする様にするりと脱ぎ捨てる。しなやかな四肢が、バクーの尖兵達の舐めるような視線に晒された。

 「ちくしょー…シン…」

 やけくそ気味の秀人の悪態に、圭吾が嗚咽する。

 ブリーフに指をかけた所で逡巡する少年を、無慈悲なニドヘグフィーバーの嘲りが襲った。

 「パンツ1枚の方が人の命より大切ギョ?」

 応じるように、由香里、真奈美、玉緒の傍らに立つ戦闘員が、銃を鳴らす。晋太郎は唇を噛んで、一気に下着をずり降ろした。まじかよ、という囁きが体育座りをした観客の方から漏れる。

 かっとなった圭吾は、同じ学校に通う生徒に向かって叫んだ。

 「シンは、お前等の為にっ…」

 「ギョッギョッギョ…それはどうかな。考えてみろ。貴様等がギガガン少年忍者団などという組織を主催しなければ、同級生はこんなことに巻き込まれなかったギョッ」

 学童の間にざわめきが起り、幾つか八つ当たりの憎しみが篭った視線が3人に突き刺さった秀人は激情を胸の奥へ封じ込めて、なるたけ軽い笑いを浮かべた。

 「よくゆーよな…お前らバクーって、あっちこっちでクソみてぇなことやってるくせに。ギガガンガーや俺等が闘わなきゃ、世界を征服した後、どっちにしろ同じ真似をするんだろ」

 「とんでもないギョッ。我等が大首領アブー・バクー様は慈悲深いお方、大人しく従えば悪いようにはなさらぬ…懲罰を下すのは、お前等のような身の程知らずのならず者だけギョッ。巻き込まれた他の皆はいい迷惑ギョッ、ギョッギョッギョッギョ」

 「てめぇっ!!!!」

 少年が前に出ようとすると、銃口がそれを押し戻す。

 「ニドヘグフィーバー!…ヒデちゃんに何もするな、約束は守ったぞ」

 裸のまま、股間を隠して前屈みになっていた晋太郎が、尚も友を守ろうと、己に注意を引き寄せる。怪人はそちらへ太首を捻ると、菱形の口から腐った魚肉の匂いのする蒸気を噴出して、愉しげに言った。

 「では、テーブルに載って、皆にお前の性器が見えるように脚を開くギョッ」

 女子生徒の間から裏返った悲鳴が上がる。男子生徒も一様にぞっとしない様子で、恨みがましげに同級生のあられもない姿を見詰めた。

 少年忍者は無防備な裸身を瞋恚に戦慄かせつつ、敵を凝視した。

 「ふざっ…」

 「貴様に選択の自由は無いギョッ、おい、その眼鏡の小娘を代りにひん剥くギョッ。その方が男子も喜んでくれるギョッ?」

 「ぐっ…待てっ!…分った…する…だから」

 戦闘員の1人が勢い良く肉の締まった尻を叩くと、手形をくっきり残したまま、晋太郎はテーブルに飛び乗った。厳しい修行によって学んだ軽身の技も今は、バクーの主催する淫靡な宴の見世物にしか過ぎない。

 少年は、冷たいプラスチックの肌触りに羞恥を掻き立てられながら、卓上に座り込み、コンパスのように細い両脚をおずおずと10°程開いた。

 「ギョギョッ、それではちゃんと見えんギョッ、もっとちゃんと開くギョッ」

 はっと白い息が吐かれると、指図に従ってもう5°ほど角度が広がる。しびれを切らしたニドヘグフィーバーが、指を鳴らすと、戦闘員が2人近寄って左右の足首を掴み、ぐいとM字に開脚させた。

 「なぁっ!??ぃゃぁあああっ!!!」

 「閉じるんじゃないギョッ」

 涙目になって股を閉ざそうとする少年に、鋭い制止がかかる。銃口が少女達の方へ向かうのを見た晋太郎は、氷水を浴びたように震えながら、両瞼を瞑って動きを止めた。

 親友の痴態を見まいと、必死で床を睨んでいる圭吾と秀人にも、悍しい猫撫で声の命令が与えられる。

 「折角の仲間の努力から顔を逸らすとは怪しからんギョ。ちゃんとじっくり、友達の変態っぷりを観察するギョッ」

 「変態はてめぇだっ!!」

 反射的に罵倒する圭吾を、怪人は鼻で(鼻がどこにあるかは不明だが)嗤うと、並み居る生徒に向かって質問した。

 「では、生徒諸君に質問ギョッ…変態は、このニドヘグフィーバー様か、あそこで素っ裸のままこれからオナニーショーを始めるギガガン少年忍者団の猿飛晋太郎くんかっ」

 サイレンサー付イングラムが、次々と水平に構えられる。掃射態勢。

 「ニドヘグフィーバーだと思う人挙手ー」

 誰も、身動ぎすらしなかった。

 「猿飛晋太郎くんだと思う人挙手ーっ」

 戦闘員が、組別に分かたれた列の間を歩き回る。何を要求されているか悟った生徒は、初め硬直し、躊躇いながらも、男子の方から1つまた1つと手を挙げ、終には女子も殆どが迎合し、ほぼ満場一致で同級生の変態を断罪した。

 例え強制されたものであっても、唯でさえみじみな格好に誇りを傷つけられていた晋太郎には、耐え切れない光景だった。涙腺が開いて、喘ぎと共に熱い雫が頬を濡らす。幼い心が砕けた瞬間だった。

 「う…うわぁああああっ…あ゛あああっ…ぁアアアア゛!!!」 

 「てんめぇらあああああああ!!!!」

 秀人が走り出すのを、戦闘員は止めようとしなかった。冷静沈着な少年忍者団の知恵袋という役割からは想像もつかぬ兇暴さで、最初に手を挙げたC組の男子に殴りかかり、更に隣へと拳を振るう。やがて周りの生徒も逆ギレを起して彼に掴みかかり、場は乱闘になった。

 「っざけんな、お前等3人のせいでこんなめにあってんだよっ」

 「ちん〇丸出しにして、変態じゃねーかっ、へんたーいっ、へんたーいっ」

 「調子にのってんじゃねーよっ」

 喧嘩に加わらぬ者達も遠巻きに汚い台詞を浴びせる。

 頭の切れるはずの秀人が、まんまとバクーの姦策に嵌ったのを悟った圭吾は、正気に返そうと何か喋ろうとした途端、後ろから戦闘員に口をふさがれ、羽交い絞めにされた。

 代りにもう1人、狂った雰囲気に流されずに居た眼鏡の少女、持田真奈美が叫ぶ。

 「やめてくださいっ、やめてっ…由香里ちゃん、皆を止めて…お願い沢渡くんが」

 お下げの少女は素早く友人の肩を抱いて揺すぶり、黙るように促した。

 「ダメ…」

 「ほんま、あかんよ…あたしらまで目つけられるて」

 三石玉緒も、浅黒い肌に汗を掻きながら座る位置をずらし、監視の男達から取り乱す友人を庇った。

 テーブルの上では、一糸纏わぬ姿の晋太郎が徐々に恐慌の発作から抜け出ると、淫らがましい格好を崩して、暴行の荒波に呑まれた友人の方へ身を乗り出す。

 「ぁっ…ヒデちゃんっ…」

 すると何時の間にか耳元へ迫っていた分厚い唇が、鋭い牙の並ぶ奥から、揶揄を紡いだ。

 「ギョッギョッギョ…やはりバクーに逆らうならず者。あっさり馬脚を現しおったか…助けたいか?…お前なら同級生を力ずくで薙ぎ倒すのは訳も無いギョッ」

 「なっ…」

 「遠慮せずやるギョッ。奴等も目が覚めるギョッ。ギガガン少年忍者団とやらが、結局身勝手なならず者だと…そらっ副団長殿、あの小僧に助太刀したらどうだギョッ」

 秀人の拳が、跳びかかる少年の顎を捉え、地面へ叩き伏せる。なりは左程逞しくないが、飢えた虎のような獰猛さには、どこかしら見る者を怖れさせ、反感を抱かせずには置かない険があった。いけない。本当の敵は、唐中の皆ではないというのに。

 だが彼がどれだけ派手に暴れようと、所詮は多勢に無勢、脅えの揺り返しで、箍の外れた少年達は、最後に獲物を取り押さえ、逆に容赦なく踏みつけ、拳を振り下ろし、痛め付け始める。

 「ギョッギョッ、お前の同級生はバクーの戦闘員よりよほど恐ろしいギョッ。おやどうした、あのままでは友達が死んでしまうギョッ」

 「うっ…ぁっ」

 少年忍者はもう1人の頼りになる団員、圭吾を捜し求めたが、どこにも姿が見当らない。

 小さな掌が拳を作る。やれる。今すぐヒデちゃんを助けられる。でも、それでは…。

 狙い済ましたように、ニドヘグフィーバーが晋太郎の耳に言葉の毒を注ぎ込む。

 「もう1つ方法があるギョ…誰も傷つけずに済む方法が…」

 「…えっ…」

 「お前が…変態のお前が皆の注意を惹けば、さっきの状態に戻るギョッ」

 「なっ…」

 「さっき宣言した通り、オナニーショーを見せれば、皆呆れて喧嘩をする気力も失せるギョッ」

 「そんな…」

 「疑うギョッ?さっきのストリップショーでは、皆がお前を見てたギョッ、それどころか男子の何人かは生唾を飲み込んでたギョッ…さぁどうするギョ、大切な友達が死んじゃうギョッ」

 「な…あっ…でもオナニーショ、って…?」

 ぴたっと怪人が止まり瞬きをしてから、陰鬱に嗤う。

 「知らないギョ…?エロい体してる癖にどうしようもないガキだギョッ。自分で性器をこすって気持ち良くなることだギョッ…ほら、それを掴んで!そう、上下に動かすギョッ…」

 排泄以外の用途で性器に触れるというタブーに、晋太郎が気後れしていると、耳に持田嬢の消入りそうな慟哭が届く。視界の隅では秀人が、血走った目の同級生数人に蹴り転がされ、内臓の納まった腹部を爪先で抉られていた。

 「ほら、早くするギョッ、他に選択肢はないギョッ、仲間を救う為、皆にお前の変態っぷりを見てもらうギョッ!!」

 笠に掛かったニドヘグフィーバーが、気付かれぬように邪界念破を使って、僅かづつ標的の理性を壊しながら、恥知らずな行為へと誘導を試みる。

 少年忍者は十秒ほど逡巡してから、彼の目論見通り息を荒らげ、腰を浮かせ、稚ない容貌に不似合いな巨根を扱き始めた。穢れを知らなかった身体に、背徳の悦びが走り、あえかな喘ぎが生まれる。

 「ギョッギョッギョ、いっつぁショータイム!!!!ギョッ」

 戦闘員が消音筒を外し、軽機関銃を天井へ向けて撃つ。爆竹代りの乾いた炸裂。だが誰もが予想したような、砕けた漆喰の欠片が落ちたり、黒い穴が列をなして穿たれるといった結果はまったく訪れなかった。空砲だ。初めから殺す気などなかったのだ。

 もはやテーブルの上の踊り子には、そうした欺きを察するだけの知性は残っていなかった。初めて味わう快楽に陶然としながら、膝立ちのまま秘具を扱き、舌を突き出して、脊髄を駆け上がる焦熱を少しでも外へ逃がそうとする。

 「ほら、見て貰うようお願いするギョッ」

 「あ、あはっ、見てぇっ、僕のオナニーショ、見てぇっ」

 「ギョッギョ、とんでもない変態ギョッ、皆そう思ってるギョッ、男子はおろか女子の前で、恥かしくないギョ?」

 まだ赤い双眸から、涙がまた流れ落ちる。だが、悲しみではなく、浅ましい歓びの。

 「恥かしいっ、恥かしいよぉっ!!でもぉ、でもぉっ、きもちっ、いひっ…」

 びゅっと精液が飛び出し、床へ零れ落ちる。女子の班から嫌悪の悲鳴と、サイテェ、という感想があがる。だが、少なからぬ人数はまた、爛れた空気に当てられ、異性の自慰に、肌の火照りを覚えてもいるようだった。

 男子の方はもっと如実に結果が表れていた。美少女のような姿形をした同級生が、あられもない格好で官能を貪る光景に、引きずり込まれ、両目を困惑と欲情とにぎらつかせながら、否応も無く股間を固くさせていたのだ。

 怪人は、満足げな含み笑いを漏らすと、すぐさま視線を返し、ずたぼろにされたまま茫然と蹲る秀人を眺め下ろす。どろりとした眼球に軽蔑と憐憫の色を綯い交ぜにしながら、わざとらしい猫撫で声で尋ねかけた。

 「どうしたギョッ、正義のギガガン少年忍者団員。もう暴れないギョ?」

 「っぐぉっ…ぐぅうっ!!」

 「沢渡秀人、悔しくて口も利けないギョ?それにしても、お前も勝手な奴ギョッ、皆が変態だと言ったのは正しかったギョ?なのに皆に殴りかかって、挙句猿飛晋太郎はどうしようもない淫乱露出狂だった…どう責任とるギョッ?」

 そうだ、嘘吐き、という声がする。恐らくは戦闘員の嗾けだったろうが、極限状態に置かれ、やっと責めるべき対象を得た唐中1年生には、もうどうでもどこから飛んだ火だろうと、憎悪を燃盛らせるのに充分だった。

 「どうしてくれんだよっ」

 「猿飛変態だったじゃねぇかよ。嘘吐き」

 「なに切れてんだよっ、ふざけんなっ」

 「死ねターコっ」

 「ざけんじゃねーよっ」

 「キモイんだよ、変態の仲間のくせにっ」

 秀人の顔に殺気が浮ぶ。いい表情だ。バクーで洗脳して、巧く育てれば、優秀な幹部になれるタイプだなと、ニドヘグフィーバーは独りごちた。尤も実の所、そんなつもりは全くなかったが。最高の素材を母胎に使うのを控えるなど、寄生怪人の本能が認めなかった。

 だがまだ、もう少しだ。

 「ギョギョギョッ、変態の仲間は変態。皆と同じフリをしていたから、騙されたギョッ。困るギョッ、こいつにも服は要らないギョッ、いつまでも同じ格好をしていると、いい気になって困るギョッ、身の程を教えてやるギョッ」

 そうだ、という掛け声。またしてもバクーの戦闘員だった。冷静に聞分ければ分るのに。だが、別にどうでもいいのだ。操られたいと、望んでいるのは子供等の方だった。

 少年達の腕が伸び、秀人の着衣を剥ぎ取ろうとする。自慰に溺れた晋太郎はいつのまにか男達にテーブルの下へ降ろされていた。

 「っざけんな、殺す、離せっ、っぜぇええ!!!!」

 リンチの生贄は、打ち身だらけでまともに動かぬ四肢をばたつかせ、抵抗を試みたが、あっというまに素裸にされ、どんと、もう1人の犠牲者の下へ押しやられる。

 「ヒデちゃんっ」

 「シン…ちきしょっ、ケーゴはっ…」

 「わかんなっ、ひっ」

 戦闘員が晋太郎の前髪を掴んで引き摺り上げ、双臀を周りへ見せつけるようにしながら、ざらついたコスチュームに覆われた指先を菊座へ捻じ込む。更に別の男がしゃがみこんで、掌で秘具を包むと、優しさの欠片もない手付きで扱き始めた。

 「やめッ…ぅいっ!!?」

 片割れにも、無数の腕が襲い掛かり、四肢を広げて、若茎や肛腔、乳首を弄り始める。罵り声を放つ唇にはすぐイングラムの銃口がつきこまれ、くぐもった呻きしか放てなくさせた。

 2人は鏡のように向かい合わせにされ、同じ場所を同じ順番で、同じ強さで嬲られた。ギャラリーの前で、はじめ嫌悪に身をもがかせていた気の強い少年は、しかし容易く快楽に咽ぶ友のの姿に次第に朦朧とし始めた。

 秀人が右の乳首を摘まれば、晋太郎も同じ場所を弄られる。

 晋太郎が亀頭の尖端を抓り立てられれば、秀人も同じ痛みを感じさせられる。

 秀人の排泄口を玩ぶ指が2本に増えれば、晋太郎も太い侵入に痙攣する。

 己がされているいたずらを、目の前でそっくり見せていられるようで、どちらがどちらにあわせているのかさえ分らなくなり、やがて、全く同じタイミングで声漏れ、肩が竦み、背が仰け反るような気さえし始める。

 尻孔を解さされて行く寒気のするような感触に、心臓が飛び跳ねると、相手も似た仕草で息を詰めて、震えている。

 「はっ、はっ、はっ、はっ、は」

 「はっ、はっ、はっ、はっ、は」

 ほら同じ。シンと同じ。秀人の胸にそこはかとない安堵が広がる。シンも同じなんだ。同じように苦しんで、耐えてる。だから俺も…

 「気持いいギョッ?変態の猿飛晋太郎」

 「ひゃいっ、きもひー、あひっ、きもひーよぉっ、ヒデちゃぁんっ」

 気持良い?この感覚が気持ち良い?違う。そうじゃない。これは気持良いなんかなじゃない。シン、違う。俺たちは同じだろ。一緒のギガガン少年忍者団だろ?これは…

 「尻を穿られるのまで気持良いとはどうしようもない変態ギョッ、皆見るギョ、これがギガガン少年忍者団の正体ギョッ」

 「ヒデちゃん、ヒデちゃん、ヒデちゃん、ヒデちゃんっ、どこ?どこなの」

 ここだ。俺はここだ。シン。どこにも行くなよ。指を絡め、しっかりと繋ぎ合わせる。潤み、瞳孔の開ききった双眸が、秀人を見上げる。

 「きもちーのっ、ヒデちゃんごめんねっ、もうわかんないんだよぉっ、きもひぃっ、おひりも、おひんひんもぉっ」

 「シン…シンしっかりしっ…あぐっ…」

 「ヒデちゃん、ぼくヘンタイ?こんなのきもちーのぼくだけなのっ?ひぁああっ!ぼくだけぇっ?いやぁっ…ヘンタイいやぁっ、ヒデちゃん助けて…やだよぉっ」

 「大丈夫だから、シン、俺も、同じだからっ、ひっ、ぁっ、いっしょだからぁっ…なっ?」

 「あひっ、ヒデちゃんも、ふぐっ、きもちーのぉっ?」

 ああ、気持ち良い。シン、お前と同じだから。

 「いいよぉっ、シンっ!おれもぉっ、シンとおなじ、気持ち良いぁっ…あぅくぅっ!!」

 「ギョッギョッギョ、ついに吐いたギョッ」

 ニドヘグフィーバーは、水掻きを団扇のように使って風を起し、魚の腐ったような腥い臭いを、艶戯に魅入られた学童の群へと吹きつけた。2人の、否2匹の奴隷が解放され、男子生徒の真中に棄てられると同時に、粘りを帯びた怪人の囁きが彼等の背を押す。

 「ギョッギョッギョッ、変態には変態らしい躾がいるギョッ、さっきみたいな乱暴を2度とさせない為に体で覚えさせてやるギョッ」

 もう戦闘員の合の手は要らなかった。少年達は獣のような呻きと共に、肉欲の虜と成り果てた同級生へ襲い掛かると、若い汗の芳香を立ち昇らせながら、互いを貪り合った。

 異性の狂奔を前にして、女子生徒は皆、或いは顔を背け、或いは嗚咽しながら、嵐が通り過ぎるのを待つ鳩の群の如く、肩を寄せる。

 易々と幼い敵を陥落したバクーの尖兵は、尚も昏い企みを含んだ眼差しで狂宴を眺め回しながら、楽しげに囁いた。

 「作戦の第1段階は成功ギョッ、だがまだまだ、…ギガガンガーを迎える前にたっぷり仕込みを済ませておく必要があるギョ」

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