未来忍者ヒーロー
ギガガンガー

 俺は、未来忍者ギガガンガー。23世紀からやってきたサイボーグ忍者だ。犯罪結社バクーの怪人から青い地球を守る為、未来忍法を駆使して闘うのが使命さ。

 はるか先の時代で極悪非道の限りを尽してきた奴等が、今、平和な21世紀にまで薄汚い手を伸ばそうとしている。だが俺、ギガガンガーと、スーパー・マシン"スルスミ"、無敵の忍者ブレード"ムラマサ"がある限り、血も涙もない連中に、この世界を渡しはしない!

 日本のちびっこ達、君も、君も、楽しく外で遊び、安心して眠れ。なにかあったら俺はいつでも、どこでも、君等を守るために駆けつける。ただ名前を呼んでくれさえすればいい、未来忍者ギガガンガーと!










 「エディオアァァァァアアアアアアアッ!!!!!」。

 耳を聾せんばかりの絶叫が迸ると、竜巻怪人ヘルサイクロンのボディに青白い亀裂が走り、眩い焔が吹き上げる。一瞬、真夜中の工事現場は純白の光に包まれ、遅れて爆音が辺りに響き渡った。

 闇に染め抜かれたコンバット・スーツが、煌々たる明りの中に、不吉な影となって浮ぶ。凄まじい光量に負けてか、艶消しの腰ベルトがほんの微かに火影を反射する下で、乗り手と同じく漆黒に彩られたバイクが、悍馬の如くタイヤで地を蹴った。化物じみたサイズの排気筒から、圧縮した二酸化炭素が解き放たれ、低い咆哮となって大気を震わせる。

 頼みの綱である怪人の、完膚なきまでの敗北を前にして、犯罪結社バクーの戦闘員は算を乱して退却していった。幾人かは踏み止まり、鼬の最後っ屁とばかり軽機関銃を掃射したが、毎分1200発の速さでばら撒かれる9mm弾の雨も、忍者の振るう利刃の一閃で叩き落される。

 ギガガンガーは、己が駆る鋼鉄の猛獣を後輪で立ち上がらせ、急加速で虚空へ跳躍した。冷たいフェイスマスクの下から、熱い怒りを帯びた眼差しが四方を払い、墨色の装甲で鎧った右腕が必殺の武器"ムラマサ"を高く掲げる。

 「ケーッ!!?」

 「ケケーッ」

 バクーの尖兵は屍漁りの鳥の如く薄気味悪い声を出しながら、林立する鉄骨の間を、蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑い、なんとか恐るべき斬撃を躱さんとした。

 だが機馬と主とは、あたかも1つの生き物と化したかのように易々と障害をすり抜け、敵の背に追い縋ると、脛や肩を容赦なく太刀を浴びせ、打ち倒していく。

 10人近くをしとめたところで急ブレーキをかけると、うち1人の首筋にぴたりと切先を押し当てて、ボイスチェンジャー越しに強い調子で宣言する。

 「今夜はお前らを逃がさないぜっ、バクーの秘密基地の場所を喋ってもらう!」

 「ケケーッ…ケッ」

 尚も蝋燭のように燃え続ける怪人ヘルサイクロンの骸に照らされ、リベットを打ち込んだ柱や梁が、暗がりに赤茶けた輪郭を顕す。妖しく揺らぐ灯の中で、不意に、倒れた戦闘員の埴輪のような仮面が、歪んだ笑みを作ったように見えた。

 カチッと小さなスイッチ音がして、戦闘員の全身タイツ姿が、先程の爆発光と、同じ青白い輝きを帯びる。不穏な徴候を嗅取ったギガガンガーは、素早くムラマサを引くと、低く呻いた。

 「まさか…」

 止める間も無く、身動きの取れなくなった敵が次々と火達磨に変わって行く。勝利者は、刀を背に吊った鞘に収めると、黙りこくって、無惨な燈明の群を眺め回した。

 「くそっ…」

 生半可な手加減から、あたら人死にを増やしてしまった悔しさか、烏天狗を模した厳しい面貌の奥から、つい忍びらしくもない掠れた罵りが漏れる。

 間を置かず、遠くからパトカーのサイレンが近付いて来た。タイムリミットだ。特殊合金を嵌め込んだ篭手がアクセルを1つ入れると、巨馬の如きバイクとその乗手は、赤い回転灯の群を避けるように、彼方の暗がりへと疾り去った。










 「またしてもギガガンガーに敗れただと!」

 本州から約400海里離れた、バクーの侵略拠点、畸巌島の地底ホールに、憤りの声が響き渡る。石畳を敷き詰めただだ広い部屋。中央に築かれた祭壇の上、ねじくれた玉座に腰掛ける大首領アズ・バクーのホログラム映像は、巨きな拳を振り上げ、並み居る6人の幹部へ威すように指を突きつけた。

 「たわけめ!いったい何度貴重な怪人と兵力を失えば気が済むのだ」

 がばと平伏する一同のうち、尤も年長と思われる白髯の翁が、震えながら言葉を返す。 

 「面目次第もございません」

 「白鬼博士!貴様は前回なんといった?」

 「はっ…畏れながら…」

 「今度の怪人ヘルサイクロンこそ、ギガガンガーの息の根を止める刺客になるだろう、そうほざいたではないか!!」

 白鬼博士は首領の癇の激しさを慮って、顎髭を床に擦りつけるようにしながら、いっそう深々と頭を垂れると、まだ反省の意を示すに足りぬとばかり、とうとう蛙のように這いつくばった。

 「はっ。海上の気圧を操り竜巻を起すヘルサイクロンなれば必ずやと、愚考しておりました」

 虚しい釈明を払いのけるように、アズー・バクーのマントが翻り、角を生やした兜が左右に打ち振られると、叱咤は途切れる。頭上に重苦しい沈黙を置かれた老人は、ますます舌を縺れさせながら、早口で弁解を続けた。

 「そのために、建設中の灯台に潜りこみ、港近くまで竜巻を招き寄せたまでは良かったのです。あのまま巧くいっておれば、ギガガンガーを誘き出して始末した挙句、石油タンカーを受け容れるドックは破壊し、修理のままならなくなった幾多の船を洋上に繋ぎとめたまま、容易く奪い取れたでしょう」

 「絵に描いた餅だな」

 隣に伏していいた別の幹部が、くだくだしいお喋りを短く批評する。独り失策を取り繕わねばならぬ破目に陥っている語り部は、きっとそちらをねめつけた。

 嘲りを唇にのぼせたのは、刺青だらけの肌に胸と腰だけを僅かに覆う際どい衣裳を着け、10柄の長剣を佩いた美女、黒薔薇姫だった。

 目上の同僚が投げた殺気走った凝視を、冷徹な眼付きではね返す様は、礼を失しようと放った言を持して、ほんの僅かといえども退くのを恥とするような、烈婦の性が窺える。分を弁えるつもりなど更々なさそうだった。尤も、苦笑いを隠して沈黙を守る他の4人とて、腹の底ではライバルの困憊を喜んでいるのだから、似たりよったりだが。

 白鬼博士は、屈辱のあまり顔色を変えながらも、口を噤んで頭を垂れるよりなかった。首領は2人の幹部の間に張り詰める憎悪を認めてか、黒薔薇姫の方へ首を向ける。

 「黒薔薇、何か言いたいことがあるのか」

 すると麗しき剣士は、結った黒髪を揺すって頭を擡げ、双眸を陰鬱な喜びに煌かせながら返事を述べた。

 「はい。白鬼博士の失敗は、功を急くあまり、敵の隠れた戦力を見誤った為にございます」

 「ほう、その隠れた戦力とはどのようなものだ」

 老人が白髭の間で奥歯を噛み締めるかすかな音を、快く聞き流しながら、黒薔薇は昂然と顎を上げ、声を高める。

 「ギガガンガーは、成程、我等と同じく23世紀の未来よりやって参りました。しかしながら、奴は、秘密基地に本拠を置くこちらと異なり、21世紀の社会に入り込み、正体を隠して生活しております」

 傍らで話を聞いていた、全身毛むくじゃらの巨漢が、岩塊のような拳を床へ叩きつけた。

 「その正体さえ分れば、奴の不意をつくことも可能なのだ」

 「ふん、相変らず図体ばかりだな赤虎将軍。そんな議論はすでに100度も繰り返したわ。こちらに潜伏先を悟らせぬだけの巧妙さを備えているからこそ、あやつは忍者を名乗るのだ」

 解説の途中で嘴を入れられた女は、くるっと横を向いて、小馬鹿にしたようにそう吐き出すと、また祭壇へ直った。

 「奴の狡猾さは、ただ21世紀の人間を隠れ蓑に利用するだけに留まりません。連中の一部を、己のスパイに仕立て上げている所にあるのです。御覧下さい」

 黒薔薇が剣を抜くと、鏡のようにな刀身から五色の光が、壁へと放射される。冷たい閃緑岩の表面は、バケツに水溶いた絵具のように彩りを変じながら、次第に一幅の絵を形作る。

 さきほどの工事現場。だが映っているのは闘いの始まる少し前、ヘルサイクロンと手下が竜巻を制御する為の装置を組み立てているシーンだ。

 白鬼博士は、作戦が盗撮されていたという事実に腸を煮えくり返らせながらも、振舞いには平静さを残して、同僚に尋ねかけた。

 「これがどうしたというのかね?」

 「おやおや博士、老眼で大切なものを見逃したか…あそこをごらん」

 指差された場所へ、幹部の残り5人が一斉に注意を集める。するとなんと画面の右下隅、鉄骨の影に、明らかにバクーの構成員とは無関係そうな、小さな子供の頭が3つ、ちょこんと突き出しているではないか。呆気にとられる皆を尻目に、女剣士は勝ち誇ったように豊かな胸を反らせ、玉座の方へと語りかけた。

 「そう、子供です。白鬼博士はこれを見落とした為に、ヘルサイクロンは作戦準備を完了せずしてギガガンガーと闘わねば成らず、惨敗したのです」

 幹部の1人、白いリネンのシャツを纏った金髪の青年が、得心した風に頷く。

 「左様、誘き出す前に先手を打たれたのでは、如何に竜巻怪人ヘルサイクロンといえど、本領を発揮できぬ。小さな旋風やかまいたちを操ったところで、コンバットスーツを纏ったギガガンガーに勝目は無い」

 祭壇の上のホログラムが肩を聳やかすと、両手の指を鉤爪のように曲げて空を掴んだ。

 「いつも奴に企みを気取られるのは、そのようなカラクリがあったからか!」

 「この子供達はギガガンガーを崇拝しており、"ギガガン少年忍者団"と名乗っております」

 「ギガガン少年忍者団だと!!?」

 半獣半人の怪物たる赤虎将軍は激情を迸らせると、鎖つきの鉄球を肩から外して顔の前に持ち上げ、瞳をぎらつかせながら、ごつごつした棘を睨みつけ、歯軋りする。

 「その規模は!?」

 黒薔薇は嫣然と微笑んだ。

 「部下が密かに調べた所、我等の当面の制圧目標である日本をはじめ、アメリカ、韓国、ブラジルなどに、合わせて2000人以上。インターネットで遣り取りをしながら、バクーの動向をギガガンガーに伝えている模様」

 「おのれっ、身の程知らずの21世紀人共!」

 のべつまくなくしに麝香のような匂いのする息を吐いては、盛んに床を踏み鳴らす怪物の側で、金髪の青年は臭くて堪らぬとばかり鼻へ絹のハンカチをあてると、鬱陶しげに眉を顰めながら、滑らかに言葉を紡いだ。

 「大首領、提案があります」

 「なんだ、銀月公子」

 「少年忍者団員を装って密かにネットワークに潜りこみ、偽の情報を流して、撹乱しては?」

 空いた手の指で、宙を掻き回す仕草をする伊達男に、女剣士はまた、さも軽蔑したとでもいった一瞥をくれ、噛付くように論駁した。

 「バカめ。団員は厳しく審査され、IDを与えられているのだ。日本の警察も成り済ましは試みたが、途中で見破られているのだ。のこのこ侵入すれば、逆にこちらが向こうに手掛かりを残すようなものだぞ」

 その時、すっかり脇に追いやられていた白鬼博士がぼそりと呟いた。

 「では、いつも通り怪人を使いましょう」

 アブー・バクーの巨きな影が頷く。

 黒薔薇は独壇場を譲り渡すまいと、また口を開いたが、側の銀月が苦笑する様に躊躇って、やがて渋々語句を抑えた。翁はそちらを見もせず、しっかりした足取りで2歩前に進み、玉座に跪く。すると重々しい首領の命令が、霜を置いた頭へと投げられた。

 「申してみよ」

 「黒薔薇姫の話では、少年忍者団はかなりの大組織。必ずや中核となる本部があり、リーダーが居る筈でございます。これを襲って、見せしめにすれば、所詮は年端もいかぬ童児の集まり、恐怖に見舞われ、ものの役には立ちますまい」

 「良かろう。黒薔薇、見当はついておるのか」

 僅かに不服そうな色を浮かべながら、女剣士は頷くと、刀身を返した。画面が切り換り、緑の森に包まれた建物が現れる。良く手入れされた木造の棟が広いグラウンドを抱くようにして左右に伸び、側には青黒くコンクリートを舗装し直したばかりの駐車場が在る。中型バスが数台は入れそうな規模で、なるほど何か大人数を収容する為の施設らしい。

 金髪の青年がハンカチを胸ポケットにしまいながら、おかしそうに尋ねる。

 「これが本部?どうも、そぐわない感じだな」

 黒薔薇はふんと鼻を鳴らしたが、沈黙の内に首領から答を求められ、仕方なく己の得た知識を、他の幹部の前で開陳した。

 「人間の子供が、林間学校という行事に利用する施設でございます。ギガガン少年忍者団の団長里見圭吾、副団長猿飛晋太郎、そして忍者団専用VPNの設計者で管理の総責任者を務める沢渡秀人は、いずれも同じ中学校に通っております」

 賞賛するように、しかしどこか茶化すように、銀月公子が口笛を吹く。

 「良く調べたな」

 世辞を言われた方は、刺々しい態度のまま、しかし、多少はまんざらでもなさそうに目を細めて、剣を鞘に戻すと、両脚を開き休めの姿勢をとった。

 「少年忍者団のセキュリティは高すぎましたが、警視庁の方は以前愉快犯のハッカーが作ったバックドアが1つ。そこを突き、電子怪人エシュロンゴーストが、公安部のDBをハッキングしたのです」

 首領は勝利への糸口を掴んだように拳を固めると、部下を労った。

 「見事だ黒薔薇!」

 女剣士は喜々として礼をする。

 「では次の作戦は私に」

 「いや、ならぬ。お前は調査に素晴らしい手腕を発揮した。以後も引き続き少年忍者団の動向を探れ。白鬼博士!」

 「はっ」

 待っていましたとばかりに老人が立ち上がる。

 「次の作戦もお前に任せる。決してギガガンガーに、そしてその耳目である少年忍者団に、気取られぬよう準備を進めよ。どのような怪人を使うかお前に任せる」

 千年の齢を刻んだかの如き皺だらけの相貌を、マッドサイエンティスト特有の恍惚が、醜く緩ませる。バクーの頭脳は、折角の苦労の成果をみすみす攫われる形になった若い同僚を、痛快そうに盗み見てから、両腕を広げて任務を受けた。

 「お任せ下さい。次の怪人は特別製を用意しております」

 関節を鳴らしながら、いっぱいに伸びをし、恋人でもあるかのように作品の名を呼ぶ。

 「寄生怪人ニドヘグフィーバー!バクーの科学力が生み出した悪夢の芸術を、愚民共の閲覧に供してやりましょう」










 沢渡秀人は、草生す斜面に転がって、あくびをしながら携帯電話機の画面を見ていた。虫も少ない高原の昼下りは、ごろ寝に丁度良い按配だった。時折吹き抜ける風も涼しく、汗の引いた肌に快かった。まだ日に温められた大気はぽかぽかと暖かかったが、夜の寒さのせいか丈の低い白詰草の葉は縮れ、草蘇鉄はかなり黄ばみはじめている。

 「ひーでー」

 下方で、同じ行動班の誰かが呼んでいる。

 「…んー」

 生返事をしながら、親指で素早くボタンを押し、メールボックスに入ったメッセージに返信していく。なにも大自然が息づく山中まできて、文明の利器にかかずりあっていなくてもいい気がするのだが、普段の習慣というか、中毒症状というのは、ちょっとばかり新鮮な風にあてられたからといって治るものではないらしい。

 「ヒデッ」

 いきなり頭上に影が差して、秀人は瞬きした。太い眉にどんぐり眼が、じーっと穴の空くほどこちらを覗き込んでいる。班長の里見圭吾だ。への字に結んだ口がもごついてるのは、言いたいことが有る時で、鼻の穴が膨らんでるのはちょっと怒ってるからだ。

 「なに?」

 「ベントー」

 「んー、もう飯にすんの?」

 「つかもうシンが用意して待ってるって」

 「まじでー?」

 もうちょっと、ゆっくりしていたかったなーと思いながら、秀人は跳ねるように身を起すと、圭吾の後へついて斜面を駆け下りた。林道を挟んだ向こうの木陰では、もう独りの小柄な同級生が手を振っている。猿飛晋太郎、ぱっと見は女の子みたいだが、3人でいっしょに風呂も入る仲だし、意外にアレは1番でかい。まぁそれはどうでもいいが。

 「ヒデくん、ごはーん」

 「はえーよー」

 最後のチェックポイントで貰ったおにぎりが6つに、水筒のお茶。ここまでは他の班と同じメニューだが後は中々野趣に溢れてる。串に通して炙ったキノコと、あけびの実、遅摘みの木苺。焚いた火の跡はもうきれいに踏み消され、土をかけられている。

 秀人はキノコにかかった醤油の匂いを嗅いで、ぷっと吹き出した。

 「シンこれ気合入れすぎ」

 「あははー」

 「いただきまふもぐっ」

 挨拶もそこそこにおにぎりをぱくつく圭吾を横に見ながら、秀人は試すようにキノコの端っこを齧った。晋太郎は正座したまま、ちょっと心配そうな上目遣いで様子を伺う。

 尻尾と耳をつけたら、まんま仔犬みたいな有様だ。

 「ちゅふーか…」

 喋ろうとして、キノコの欠片を吹くと、げらげら笑いながら串を地面に刺す。さっそく1個めのおにぎりを平らげた圭吾が、2個めに手を伸ばしながら、何だという感じで首を傾げた。

 秀人は片眉を瞑ると、串と料理人とを見比べて笑う。

 「ちゅーか、シン、そんな見んなって。なんかこえーし。逆に毒とか心配になるんですけど?」

 からかわれたと気付いた小柄な少年は、大粒の瞳を瞬かせると、照れたように首を竦めて、自分の分のおにぎりを取った。

 「だいじょぶだと思うよ。毒とかは…」

 「だから分ってるって、シンの顔が恐かっただけ」 

 醤油塗れの指を舐め回してにやつく秀人の脇から、食いしん坊の班長が別の串を掴み取る。

 「…ふーん。これさっき崖登って採ったやつ?」

 「そう」

 「かなり変な形してんね」

 と云いながら、大きな口で傘を喰い千切り、碌に咀嚼もせず飲み込んだ。

 「けっこう、うまいよ」

 「ほんと?」

 ほっとした感じの晋太郎に、また秀人が茶々を入れる。

 「まぁケーゴだからなー」

 「いやうまいって、まじだって」

 口をいっぱいにして答える圭吾に、残りの2人は顔を見合わせて、ビミョウ、という苦笑いを浮かべた。

 「ま、いいや、シンも食えって」

 「あ、うん」

 世話焼きの少年がようやく飯を頬張ると、相方はまた携帯を取り出して、着信の有無を確かめる。他方、あっという間にキノコも片付けた班長が、それを見咎めて声を掛ける。

 「おいヒデ、電池無くなるぞ」

 「あー。でもさ、団の情報が、何か入ってないかなーと」

 ちょっとネット依存気味の友人に、晋太郎が気遣わしげに忠告する。

 「見付けたら取上げるって柴センが言ってたよ」

 「ばーっか絶対見付からねーって…あ、やべーよこれ」

 いきなり秀人が掌中の筐体を開いて、仲間に差し出す。

 「ほらー国道が土砂崩れで通行止めだって。この前来た台風のせいとか言ってるけど?」

 液晶画面には、ニュースサイトから届いたRSSが表示されている。型通りの交通記事。だが目にした晋太郎は真剣そうな面持ちになって、首を傾げると、四方を囲む山並にぐるりと指を巡らせてから、こくんと頷いた。

 「そんなに緩んでないよ絶対」

 圭吾も食べる手を止めて、口をもごつかせると、深く息を吐いて後を受けた。

 「この近くだろ…俺ら、帰れなくなる?」

 「まー、あと2日あれば何とかすんじゃん?つかそれより明日からバス移動とかなかった?」

 求められるまま携帯を班長に渡した少年は、自分でリュックを漁って、林間学校のしおりを取り出すと、パラパラと日程表の所を開いた。

 「あーやっぱー。明日どうすんだろ…要注意マーク入れとく?」

 答えて、圭吾の大きな手が、似合わぬ器用さでボタンを操作する。

 「入れた」

 秀人は頷くと、端末を取り戻してポシェットバッグにしまい込んだ。

 「んじゃー2時間位したらバクーくさいかどうか、分るっしょ。取り合えずオリエンテーリング終わらせちゃおうぜ」

 「オッケ」

 「うん」

 3人が立ち上がると、1番小柄な晋太郎が先頭に立って歩き始める。橙に黒い斑を散らせた蝶が、彼等を追いかけるように飛んで、路傍に咲くアキノキリンソウを抜け、萎れかけた薊の花から蜜を吸いながら、道標のように前へ前へと羽搏いて行った。

 やがて、はやてが雑木林を揺らし、山鳩が2羽連れ立って叢を離れる。日焼けした首筋をくすぐる涼しさに、しんがりの圭吾が蒼穹を仰ぎ、白い冠を戴き始めた彼方の峰々へと、変てこなおらびを放った。

 誰ともなく駆け出した少年達の影が、踏み分けられた草の上に元気良く跳ねる。

 山の夏が終わろうとしていた。

 だが、訪れるべき実りの秋は、今年ばかり何故か、少し澱んだ色をしているようだった。

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