1.

 架空(かけぞら)学園 中高等部 風紀委員会 会議室.

 黒い板に白字で書かれた表札を睨んで,一人の男子生徒が襟を正した.竦む足を無理に前へ踏み出して,ドアの把手に手をかける.

「中等部 木根,入ります」

 ぷしゅっと空気の抜ける音がして,扉が開く.エアコンの効いた空気が顔に当って,じっとり濡れた額や顎下を擽った.無理に肩を聳やかしてつかつかと室内へ入ると,嬉しそうな声が出迎えた.

「良く来たな.木根学生…よし,閉めろ1年!」

 扉の裏側に控えていた女子生徒がさっと飛び出してドアを締め,しっかり鍵を掛けると,背中を貼り付ける.おかしな雲行きに危険を感じた男子生徒が,後戻りしようとするより先に,別の大柄な女子生徒が脇から彼を後手に抑え込んだ.

「…さて木根君.手荒な歓迎を悪く想わないでくれ給え.此方は架空学園中高等部6学年の治安と風紀を預かる身だ…君のような,その,危険人物を相手にする時は…」

 笑み含んだ女の顔が,歯を食い縛って痛みに堪える木根の前に近付いた.ほっそりした指が男子生徒の顔からメタルフレームの眼鏡を奪い取ると,後ろにいた仲間の一人に投げ渡す.

「対抗措置を取らざる得ない.何せ風紀委員はか弱い女子ばかりなものでねぇ…」

「だ,だからって,眼鏡を…,いたたたたた」

 口答えは許さんとばかりに大柄な生徒が捉えた腕を捻り上げる.正面の女は,風紀委員長,と書かれた腕章を己の肩まで引き上げて,ふむ,という表情を作った.

「書記,乱暴をするな.中等部文芸部期待の新人だぞ…部室でいかがわしいゲームをやっていたとしても…その腕を折っては我が学園にとって重大な損失になる」

 書記と呼ばれた少女は,残念そうな表情力を緩めた.年若い文芸部員はやっと肺から空気を吐き出し,改めて委員長の方を見遣った.彼女は腕を組んだまま左右を行ったり来たり,演説するような口調で話し続ける.

「作品を読んだよ.最新作はラブコメディだったね.嫌いではない.私からすればテーマ性や人生の悲哀,といったものが足りないようだが…」

「それはどうも…」

「しかし,あれはいかんね.君の…」

 豊かな胸を包むブレザーの胸ポケットから,白い指がメモリー・カードを取り出す.それを見た途端,男子生徒の顔はさっと青褪めた.

「18禁小説は?」

「それをどこで!」

「部室の臨検だ…」

「な!?大体校則では,部室の検査権があるのは顧問と生活指導の教師だけと…」

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