32.
彼等の数は一向に減らなかった.沢山の不審船が,核の火の落ちる前にダマス周辺の住民を逃がそうと密航し,多国籍軍の攻撃に遭って沈んだ.陸路から食糧や医薬品を運ぼうとしたトラック隊は無人戦車の砲列を受けて火達磨となり,荷獣を連れて砂漠を横断し様とした難民は無人戦闘機の餌食となった.それでもテロリスト達はしつこく暗躍し,幾ばくかの信徒を,先進国による"兵器の実験場"から逃がしてしまった.テレビの前でショーの始まりを待つ日本人や合衆国人は,多少がっかりせざる得なかった.ゲームの規模が小さくなったからだ.
しかし,インシュマー側は時間が足りなかった.戦術核が撒き散らす死の塵から,全住民を逃がすのは不可能だったし,そんな権限もなかった.ダマスの政府はならず者への協力を惜しんで,代りに国連へ泣言とやけくその恫喝を交互に述べ続け,先進国の善意に期待したのだ.
だが,政府に帰ってきたのは,"まな板の上の鯉になって,爆弾が降るまで大人しくしていろ"という安保理の通告だけだった.テロリスト達はいよいよ焦り,各国に散らばった青年は急ぎ殉教の地へ向おうとした.まだ,仲間が集まれば悲劇が防げると信じていたのだ.
ハシーム・アル・アフマードもその一人だった.彼はかつてインシュマーの従者であり,今も老師の教えの忠実な弟子たらんとしていた.若きテロリストは,シンガポールの港で船出を待っていた.死の待つであろう,ダマス行きの船を.
『どうしても行くのかね』
港町の支部代表を務める年配の人物が,低く問うた.
『ええ,サイードさん.お世話になりました』
『私は君に,ここへ留まって欲しいのだ.君が,会ったこともない人物の為に命を捨てる必要はないんだよ.インシュマーもそれは望んで居まい』
『ですが,インシュマーはダマスに居られ,皆を元気付けられている.私はインシュマーに会いたい.会って今度こそお守りしたい…』
『インシュマーは守られる必要はない.解っている筈だ.君が彼への罪の意識から死地へ赴くのであれば,私は止めるよ』
サイードの悩ましげな言葉に,青年は歪な笑みを返した.
『そう確かに…インシュ・マー(主の御心のままに)…は人の名では無いから…私達の信仰の証…名を負う一人が死ねば,別の一人が立つ…最後にまたあの物語をしてくださいサイードさん.僕への手向けに.何故インシュ・マーがインシュ・マーと呼ばれるようになったか』
中年の男は肩を落すと,力無く頷いた.