27.
冬人は拒否した.身を丸め,喚きながら,姉の名を呼んだ.
「姉様!姉様!いやだぁ…気持悪い…この子が喋るの止めさせて…」
長女はビデオカメラを回しながら無言を保った.だが,弟を案じる秋音と夏樹は,もはや我慢ならず,矢のように相手ヘ掴みかかる.
気配を読み取った褐色の少年は,矮躯に似合わぬ咆哮を上げ,両手の一振りだけで二人を跳ね飛ばした.子供離れした腕力に加え,敵の重心を利用する熟練した武術の動きが,驚異の業を為さしめたのだ.
「弟が心配なら,何故恥ずべき行いを続ける!この子の肉と魂を貶めたのは,おまえ達自身の賎しさだぞ!!」
怒鳴り散らすテロリストを余所に,春香はカメラに添えた片手を離すと,黒のマニキュアを塗った爪でそっと鞄の留め金を弾いた.逸る気を抑えて,ゆっくり蓋を開き,中からアンプルを仕込んだ短針銃を取り出す.
相手の血走った眼が広がり,女調教師をねめつける.決して怯んではならない.今この瞬間でさえまだ,相手は自分達を八つ裂きにできるだけの膂力を備えている.春香はとっておきの笑みを作ると,いきり立つ少年の股間に視線を落とし,阿りを投げ返した.
「インシュマー様.折角,演説をぶつだけの元気を取り戻して頂いたのですけれど,もう時間が押していますの…三人とも伏せなさい!」
指が引金をひくと,神経系を破壊する劇薬が,インシュマーの裸の胸に打ち込まれる.テロリストは四肢を痙攣させ,白目を向くと,小水を撒き散らしながらベッドに崩れ落ちた.
ひゅーひゅーという乱れた呼吸のほか,寝室には音が絶え,代って海凪のような静けさが満ちる.春香は震えながら,床へ視線を落した.
最初に立ち上がったのは夏樹だった.彼は隣で頭をを抱えている秋音を助け起こすと,二人して,団子虫のように丸くなった冬人の側へすり寄り,優しく抱き締めた.
「冬人,大丈夫か,何言われたんだ…」
「あいつ,姉様がやっつけてくれたから…」
「…っ,あ,も,喋らない…?」
「ええ.テロリストの戯言なんか気にしなくていいの.皆,気違いなんだから」
兄と妹は,末の弟と巴になって抱き合いながら,恐怖を吸い取っていく.奴隷達の無事を認めた調教師は,短針銃を構えたまま,仕留めた敵の躯へ歩み寄った.
幼い聖職者はだらんと舌を出したまま,尻餅を突き,弛緩しきった穴という穴から汗や唾液や排泄物を垂れ流していた.どこもかしこも力を失っているのに,割礼済みのペニスだけが天井を指して屹立している.
「大した生命力だわ…神経が壊れても死なないなんて…ふふ,撮影の方,何とかなりそうね」