25.
華奢な肋の奥で,テロリストの心臓が穏やかに,規則正しく打っているのが解る.冬人はじっと全身を耳にして音を聞き取ると,ゆっくり,自らの鼓動をそれに合わせていった.兄と姉は離れた所で見守りながら,互いにひそひそと囁き交わしあう.
「冬人ったら,なにしてるのかしら?」
「しっ,あいつ,猫とか犬を抱いて宥める時,ああすんだよ」
虜囚の顔に初めて動揺が現れた.丸まっこい足の親指と人差指がシーツの端を抓み,強く曲がる.玉のような汗が噴き出し始め,幼茎がびくりと反応する.散々梃子摺った他の三人にすれば,唖然とする豹変ぶりだった.
「…すご…」
「ほんと…あいつ,淫売の才能なら,一番あるぜ…」
「お黙りなさい二人とも.今になってやっと,薬が効いてきただけだわ」
春香は,白々しい嘘で二人を遮った.勿論あれは冬人の力だ.どんな牡でも,どんな牝でも,容易く狂わせる魔性.己の手で作り上げてながら,敢えて正視しまいとしてきた少年.こうして効果を目の当りにすればする程,不安は増していく,私にはもう,あの子を制御できない.
巌のように頑なだったテロリストが,いつのまにやら少年の拙い責めから逃れようと必死で身をくねらせている.いやむしろ,自由になって,相手を押し倒したがってすらいるようだ.
「暴れないで,お願い…気持ち良く,する,から…君が…少しでも…楽に…なれるように…」
あやすように語り掛けながら,髪の毛を梳り,優しく接吻の雨を降らす.チェアラム教にとって忌むべき男同士の性愛に,聖職者は猛り狂っていた.黒炭の瞳が異様な煌きを帯び,食い縛られた歯の間で玉猿轡がぎしぎしと軋む.
「いっぱい…気持ち良くなって…もう,嫌なこと…忘れて…」
心の縺れを解いていくような,丁寧な口調と,優しさの篭った手付き.だが,テロリストにはどんな拷問よりも酷い責苦だったろう.唇の端から泡が吹き出し,縛られた手首と足首が皸を起こしながら捻れ,限界まで突っ張る.
プラスチックの固まりが砕ける,耳障りな響きが起った.ぎくりと,冬人の手が止まる.テロリストは口から鮮血を滴らせながら,粉々になった破片を吐き捨てた.拳と足先が動脈を膨らませ赤黒く変色すると,ゴム製の手械,足枷が,冗談のように伸び,引き千切られた.
「あ…」
他の者達は,虜囚が身を起こした段階で,ようやく異常を察知した.拘束具が,まさか物理的な力で破壊される筈はないとたかを括っていた性で,咄嗟の反応が遅らせた.