24.
調教師にとっては,酷い屈辱だった.過去失敗を知らずにいた彼女は,見掛け以上に追い詰められていた.弟や妹には告げていないが,まだ他にも薬を用意してある.いざという時,仕事に失敗しても後腐れがないよう,どんな頑丈な者でも廃人に変える代物だ.しかし使った相手はもう,如何なる形の性交も不能な状態に陥る.己の技量が,たかが子供一人に敗れたと認めるしかなくなるのだ.
「…くっ」
しなやかな指先が躊躇うように,鞣革を張った鞄の面を行きつ戻りする.時の砂時計からは,秒という貴重な砂粒が,刻々と零れ落ちていく.迷うだけの暇は最早残されていない.
「姉様,冬人にもさせてみたらどう?」
秋音が明るい笑顔で,提案した.すぐに夏樹が賛成する.
「そうそう,あいつなら巧くやるよ」
「何を言ってるの.貴女達に無理で,あの子にやれる道理があって?」
春香は腹立たしげに首を振った.馬鹿馬鹿しいと断じる態度とは裏腹に,胃の底に穴の開くような不安が生まれる.冬人にさせる.駄目,駄目.絶対に.切羽詰った状況で,まだ未完成なあの子を使うなんて.
長女は扉の側に縮こまる幼い末弟を眺めやる.調教師にとって手ずから仕込んだ血族は有用な道具であり,本来使うのを躊躇う理由は無い.増して冬人は,男女を問わず抱いた相手を欲情させずには置かない素質がある.しかし彼女としては,経験不足や年齢の低さが孕む性奴としての危うさを,仕事に持ち込みたくなかったのだが,今は選択の余地が無い.
「そう,試してみてもいいわね.冬人…来なさい」
低い声で呼ばれると,冬人は喜色を浮かべて姉の側へ駆け寄った.春香はちょっと唇を噛んでから,ゆっくりと指で獲物を指し示す.
「やるべきことは解っているわね?この老人,ではなくて坊やを勃起させなさい.いいえ,それだけでは充分じゃないわね.私達が欲しくて欲しくてたまらなくなるようにしなさい」
少年はベッドの方へ向き直り,自分と変わらぬ年恰好のテロリストの姿を観察すると,ちょっと辛そうな顔つきになった.不要の憐憫だ.女調教師は,背後から鋭い声を浴びせる.
「言うことが聞けないの?」
「い,いえ!あっ…頑張り…ます」
少年は寝台の端から上に乗ると,シーツに膝小僧を埋め,すと縛られた相手の頬へ触れた.
「ごめんね…」
卑怯を承知の上で,形ばかりの謝罪を済ませると,身を寄せて肌を重ねる.次に冬人が取った行動は,夏樹や秋音とまるで違った.すぐには性感帯へ触れず,ただ僅かに膨らんだ胸を,相手の胸に押し当てたのだ.