21.
三つの呼吸の不規則さが際立つ.鼻腔を擽る強い花の香に,嗅ぎ慣れない薬品の匂いも混じっていた.
「…こんな真っ暗では話も出来ませんわね.明りを点けましょう.秋音」
蛍光灯が,侵入者達の姿を照らし出す.フーリーと名乗るだけあって美しい.二十歳前後の背の高い女,十五六で,やはり長身の少女,それより一つか二つ下の少女,性別のはっきりしない子供.まるで独りの人間を年代ごとに四つに分けたかのように似通っている.全員が足首まで裾の有る黒い外套を纏っていた.壁のスイッチを押した少女が,笑いながら話し掛ける.
「お爺さん,本当にちっちゃいね.生まれつき?病気なの?」
「失礼でしょう,この方は大切なお客様なのよ」
黙したまま観察を続ける.娼婦か.生活の苦しさから,あるいは単に道を誤まって,あるいは力づくで強制され,大人の女から少女,男や少年まで,身を売るのは珍しく無い.貧民堀で,暗黒街で,麻薬にぼろぼろになって死ぬ人の形をした抜け殻.インシュマーの孤児院や救貧院は世界で何万人もを保護しているが,全体のほんの一部にしか過ぎない.
「無粋なお説教など為さらないで下さいね…私達は今夜をとても楽しみにしていたんですから」
言い募る相手の瞳は異様な精気を佩びている.流れるような身ごなしは,細部に至るまで計算し尽くされ,高度に完成したものだった.だがどこか奇妙な歪みを感じる.
熟練の兵士の中には,人殺しを続ける内,いつしか戦いにしか生甲斐を乱せなくなる者が居た.この娼婦も,彼等とまるで同じ目をしている.答えるインシュマーの声は幾分低く,慎重なものになった.
「では好きな所へ腰を降ろしなさい.君達の声が話をするのを聞き,申し出を考慮しよう」
「お話も楽しいけれど,残念な事に時間がありませんの」
女の合図に従って,二人の少女が進み出る.衣擦れと共に外套が肩からずり落ちると,白い裸体が露になった.聖職者は目を女の相貌に据え,落ち着いて話をした.
「何故急ぐ.初見の者同士が交わす言葉は,実り多いもの,あらゆる喜びに勝るというが」
「いいえ,ずるい方.貴男は巧みな話術で人を導き,説得してしまうと聞いています…まずその危険な武器を封じなくてはね…」
手足の痺れを感じ,よろめく.信じられない思いで顔を上げると,二つの裸体から立ち昇る濃い香に,目が眩んだ.
「私の妹達,秋音と夏樹の身体に別々の香料を塗っておきました.一つ一つにはそれほどの効果はありませんが,二つを同時に嗅ぐと象も昏倒するそうですわ」