16.
「貞節の教えを守る田舎の方が首都より強姦殺人は少ない.私が人権と呼ぶものは,西洋人が言うそれとは違う.私にしてみれば,西洋人や,君達日本人の方が,子供を蔑ろにしている」
勝手な言い分に腹を据えかねて,カメラマンが気違い野郎と,罵りを零す.インシャラー老人は耳が遠いのか,何も聞かなかったかのように淀みなく言葉を紡いでいく.
「このホテルに案内される間,沢山の看板を見た.どれも裸に近い女の写真が映っていた.その下を年端もいかぬ少女達が"自由"に歩き回っている.強姦を嗾けているようなものだ」
「千夜一夜に比べればましだと思いますが…」
「何だね?」
「いえ.日本の治安の良さはご存知でしょう.殆どのチェアラム教国より,性犯罪は少ない」
聖職者は懐から別の包みを取り出した.開くと,今度は新聞の切れ端が幾つか入っている.どれも子供がらみの性犯罪ついて書かれた記事ばかりだった.
「年に三百という件数は,少ないとは言えない.私は常々疑問を抱いてきた.多くの国では,子供が陵辱される理由の大半が部族間の血讐だ.ところが日本では,殆どの人々は同じ言葉を話し,同じ考え方をする.何故無惨な犯罪が止まないのか」
「手厳しいですね」
「商品を売る為だ.君等は商品を売る為なら,裸を描いた看板やチラシどころか,ほんの十四,五の子供にテレビで膚も露な格好をさせる.口先で女子供を守れと言い乍ら,一方では,女子供を淫らな目で見るよう自らを仕向けている」
「日本人の女性も皆覆布をつけて生きろと?広告やテレビの娯楽番組を禁止せよと?」
「女の覆布も,男の髯も,信仰が伴わなければ,強制しても意味がない.虚妄に金を払って飛びつくのは,心が満たされていないからだが,それすら自ら悟らねばどうしようもない」
「我々をチェアラム教徒に改宗させたいのですか」
「いいや,私も信徒達も,己を守るので精一杯だ.君達自身が悪徳と手を切ってくれると信じるしかない.そうして貰わねば困る」
「はぁ…」
インタビュアーはうんざりしてカメラマンに目配せする.帰ろう.説教されに来た訳じゃない.矮躯の異国人の方も,二人の無感動ぶりに溜息を漏らす.だが尚も話は続ける.
「早く決心する事だ.私も信徒達も,日本から外へ垂れ流される害毒を,長く我慢できない」
少し興味を惹かれた様子でカメラが老人のアップを撮る.
「警告ですか?日本がチェアラム教化しないとテロを起こす?」