15.
「私はそうは思わない.聖戦は必要だ.戦わなければ,世界の四分の三は,残りの四分の一の奴隷になる.奴隷の多くが信仰の民だ.これを捨て置くのは主の教えに悖る」
「確かに奴隷制はチェアラム教の国々で復活しています.しかし,それがどうしてあなたが,非チェアラム教の国々でテロを称揚する理由になるのですか」
「奴隷の主人達の首には,別のくびきが嵌り,くびきからは紐が伸びて,大バビロンの商人達の門口へと連なっている」
「例え話は,私達のような日本人には良く解りませんが…」
返事をする代りに,狂気の聖職者は,懐から拳大の布包みを取り出した.手袋をした指が丁寧に布を開いて,中から薄汚れ,割れた注射器を露にする.
「それは中国製だ.見付かったのは,重慶の医療品工場から西へ何千キロメートルも離れた土地だった.これで麻薬を打った十三歳の少年は死んだ」
「はぁ…その国というのは,もしかして世界一の麻薬輸出国として有名な国では?」
「そう.だが数十年前まで,あの国にあれほど大きな罌粟畑は無かった.今は合衆国製の無人耕作機が地を耕し,自動精製工場が収穫を求めて動き回っている」
「先進国の工業製品が麻薬栽培を助長していると?しかし,結局機械を買う側に問題が…」
「あそこは貧しい土地だ.麻薬で巨利を得る北方部族の長さえ,本来何千万ドルもする機械は買えない.彼等が手に入れられるのは商人達が格安で寄越す銃や弾薬ばかりだ」
インタビュアーは混乱して口を噤んだ.どうもこの異国の老人は呆けているらしい.話に取り止めが無さ過ぎる.だが老人はマイクを下げられても喋るのを止めなかった.高性能な集音機器は,嗄れている割に良く通る聖職者の声を拾ってしまう.
「金も物も他所から来る.現地で恥知らずにな仕事に手を染める者達は,所詮外国企業の使い走りに過ぎない.それを拒んだ政府は破壊され,今の政府は金と脅しに言いなりになった」
「明るいニュースもあります.首都では女性達が自由な暮らしを謳歌できるようになりました.貴方の教えに従えば罪深いようですが,実際彼等は喜んでいます.自由化や新たな工業製品の導入が一時的な混乱を齎しても,経済が活発になれば以前よりも良くなるかもしれない」
「それはいつだね?強姦や殺人は何十倍にも増えた.喜んでいるのは首都に暮す一部の富豪に過ぎない.彼等の多くは,外国からの金を使ってせっせと奴隷を作っている.自由化は他の多くの貧民にとっては災いの源だ」
「ですが女性達は,以前は経済的な格差よりも,宗教のせいで学校に行けませんでした.自由化の前は小さな児女の権利が踏み躙られて居たと,数多くの人権団体が報告しています.」