12.
春香リモコンを操作してテレビを静止モードした.拡大した上で弟と妹によく見るよう促す.
「でも中にはこの画面に映っている小さなお爺さんみたいに,宗教にのめり込み過ぎて頭がおかしくなった人も居るのよ」
「げー,お爺さんとえっちするのあたし嫌だー」
「こいつ,テロリストなの?」
「違うけど似たような者ね.お爺さんは臓器移植と無副作用麻薬の反対論者なの.国連が貧しい国に行なっている"臓器と食糧の交換計画"を憎んでいて,信者に臓器センターへの自爆テロを命じるのよ」
「へー.でもそれなら警察とか軍隊の出番でしょ」
「それじゃ駄目なのよ.このお爺さんを殺すと,余計信者達を興奮させるだけなの」
「チェアラム教って気持悪い―」
秋音はわざとらしくしなを作って春香の胸に飛び込んだ.夏樹は羨ましそうに指を咥える.緊張感の無さに微苦笑しながら長女は,妹の髪を手櫛で梳き,先を続ける.
「皆が皆そうじゃないのよ.チェアラム教徒にも,豊かで治安の良い国に暮らしている,教養の在る人達や,物の解る政治家や軍人はいるの.でも貧しい人たちは騙されやすい」
「どうして?」
「このお爺さんは国連の事務所も無いような僻地に病院を幾つも経営していて,チェアラム教徒の医者を使って無料で診療させるの.そうすると貧しい人は皆そちらへ行くでしょう」
「洗脳ってやつ?」
「そう,それに人的資源取引や職業的性行為を禁じてるのが,不思議と人気を集めるのね」
「でも千夜一夜物語だと,奴隷商人と売春婦がいっぱい出てきたぜ」
「彼はあの本を読んだことも無いでしょうね」
春香が映像を動かし始めると場面は荒野に切り替わり,画質はさらに悪化した.真上から撮影しているショットだ.無理矢理拡大した感じを否めない.
だがあの朱儒は居て,紙切れを片手に滑稽な仕草で何かを叫んでいる.
「今度は何?」
「砂漠に運河を引いているの」
「なんでそんな無駄なこと」
「人気取り.でも余り深く考えない方が良くてよ.宗教家の行動はね.」
優しく言って聞かせるとまた画面が切り替わる.今度は朱儒の傍らで,背の高い青年が自動小銃を手に何かを叫んでいるようだ.しかし聞き慣れない言葉なので良くは解らない.
「何て言ってるの?」
「油のために血を流す者は裁かれよ.地に草木すら生えぬ穢れを撒き散らす者は裁かれよ」
「どういう意味?」