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どうやら忠告の甲斐があったらしい.元々意地を張り合わなければ息の合う兄妹なのだ.誇らしく感じながら,春香は隣へ座る.口の周りを白くした少女が蕩けた視線を向けて来る.
「あれぇ…ふゆとは?」
「あの子なら玄関に居るわ…二人とも,少し休憩して頂戴.大切なお話があるの.実は新しい撮影の仕事が入ったのよ」
「さつえー?」
「どんなの?」
二人が同時に訊く.姉は微笑んで,毛髪の間から一本のメモリーカードを取り出した.ソファを見回して家電のリモコンを探し出し,ソケットに差し込むと,壁に貼ったディスプレイにデータを転送する.静電気が弾け,ゆっくりと画面が明るくなった.春香はリモコンで照明を落としながら,やっと微笑んで応えを述べた.
「面倒な仕事ですけどね…これが今回の男優さん」
テレビ画面に飛行機のタラップが浮び,ターバンを巻いた人々が映る.二人が目を凝らすと,やがて二人のターバン男に付き添われて,朱儒のような矮躯の人物が姿を現した.顔は覆布に隠されている.メモリーに入っていたのは盗撮映像なのか,所々ノイズが走る.
「また外国人?あたし達この人とするの?」
「そうよ,でも今度はヨーロッパじゃなくてアジアの人.二人ともチェアラム教は知っている?」
「んー,世界史の時間に習ったかも.あ,夏樹お兄ちゃん,春香姉さまが隣に居るだけで大きくなっちゃったんだ…」
秋音は性戯に夢中だったためか,姉が突然切り出した話に興味を持てない様子で,兄の淫具を掴んで扱きだした.夏樹は可憐な鳴き声を漏らしてから,ばつが悪そうに姉を見た.妹を叱りたいが,さっき腰の低い態度を取れと命ぜられたばかりで気が引けるらしい.
言い付けを守る弟を好ましく感じながら,代りに悪戯娘へ眉を顰めてやる.
「秋音,きちんと話を聞いて」
「でも,冬人が来てないし…あたし,もうちょっとだけ夏樹お兄ちゃんと…」
「冬人なんてどうでもいいでしょう!私は貴女達に話してるのよ」
注意が些かヒステリックに響いた事に気付いて,しまったと口を噤む.不安定になっているのを自覚して,長女は瞼を閉じ,深呼吸した.
「チェアラム教というのはね,原始的で粗暴な割に,とても沢山信者のいる宗派なの」
「テロリストを育ててる所だろ」
「怖ーい」
「そう,でも色んな国の圧力で,最近はどこのチェアラム教も表向きワルイコトは止めたの」
テレビ画面に映る朱儒はターバンの男達に取り囲まれたまま,どこかへ歩き始める.車が目の前に止まるが,彼は手を突き出して謝絶のポーズをした.代りに運転手へ話し掛け,しきりに頷いた.