2.
少年は慌てて取り返そうと手を泳がせる.つぶらな瞳が露になると,もう兵士というより赤ん坊向けの抱き人形だった.女はからかいの笑いを浮かべながら,身をもぎ離し,戦利品を自分の顔に掛けてしまう.
「サンソのムダです,グンソードノ,ってか.バーカ.ガキが一丁前の口利くんじゃねぇ」
「子供扱いしないで下さい.ガニメデの時は,ゾブロフスキー隊長と三人で,敵の包囲を破ったじゃないですか!」
そこまで言って,はっとした少年は口を噤んだ.相手の表情は強張り,怒りに変って悔恨と苦痛が張り詰める.言葉が途切れた静寂に,吐息だけが重なる.
「だが今度は中国人相手とは状況が違う.もうゾブロフスキーの旦那も,爆弾屋のエディも,人斬りムラサメもいねぇ.俺達しか残ってねぇ.合衆国宇宙軍一の『死神小隊』もお仕舞いだな」
喪った仲間を数える陰鬱な声を,少年は遮るようにして首を振る.
「まだです.まだ死の女神(カーリー)レイラ・ディキスン軍曹が居る」
長髪に隠れた女の唇がにっと三日月を描き,手袋を嵌めた指がサングラスを外すと,元あった場所に掛け直してやった.手はちょっと離れてから,また伸びて,くしゃくしゃっと年下の戦友の癖毛を撫でる.
「それと,クールなサングラスのJ・J伍長もな.解ってるさ,お前がチビでも立派な兵士だってのは.俺だって昔は特殊才能育成法のお世話になったんだ…だけどな…」
死の女神(カーリー)レイラの背に初めて,優しい,とでも言ったような気配が降りた.そっとJ・J少年の肩に手を回し,驚きで固まった首筋にふっと息を吹き付ける.
「…まぁいいや…そうだ,な,生きてここから帰れたら男にしてやろっか?」
「え?」
「屁の匂い嗅いだような面すんなって.な?生きて帰ったら,キモチーこと教えてヤる.だから,もーさっきみてーな声出すな…」
やっと何を申し出られているかが解って,瑞々しい黒檀の肌が火照り出す.小さな伍長はすっかり縮こまると,落ち着かなげに見下ろす長身の軍曹に向って,こくんと承諾の合図をした.ぱっとレイラの美貌が喜びに華やぐ.
「アハッ,よっし,もう撤回なんて認めねー.帰ったらマリファナキメてやりまくってやる…っと…」
目に見えない,耳にも聞こえない予兆が,睦言の時間を唐突に終らせる.二人は頷き合うと,互いから離れ,素早く姿勢を建て直す.まずJ・Jがサングラスの縁を懐中電灯の明りに光らせつつ,銃を通風口に向けた.
「上です.振動からして,250kg前後…あいつです」
「くそ…くそったれのミミズ野郎.人間様に盾突いた報いを受けさせてやる」