1.
「殺してやる.あの化け物共を鏖にしてやる」
銃を手にした女が物騒な言葉を呟き,うろうろと飢えた熊のように歩き回る.締め切られた室内には湿気がこもり,むっと蒸し返っていた.空調は止まり,照明は落ち,天井に向って立てられた懐中電灯の反射光だけが,薄闇に閉ざされた部屋の様子を,朧に浮ばせている.
濡羽珠の黒髪と,象牙のような白い肌.袖無しの軍用胴着から剥き出した二の腕は,鎌を持った死神の刺青で飾られている.不吉な佇まいは恰も,触れただけで斬れる鋭利なナイフのよう.歯軋りに歪む容貌はまだ子供っぽさを残し,どうやら20歳を過ぎてはいないと見えたが,弾帯を掛けた肩は,歴戦の古兵と劣らぬ程濃い血の匂いを染み付かせている.
「喋らない方が良いですよ,軍曹殿,酸素の無駄になる」
いきり立つ背中に,抑揚の無い台詞が投げかけられる.若い女下士官は振向くと,憎々しげに声の主を睨みつけた.食いつかんばかりの勢いに,相手は軽く肩を竦め,斜めに担っていた自動小銃をまっすぐ抱え直す.
部屋の隅,通風孔の真下に二人目の人物が蹲っていた.此方は石炭のような黒い肌,茨草の如く縮れた髪に,広い額と厚い唇.はっきりアフロ系と知れる特徴に加え,目にはチンピラめいたサングラスを掛けている.
尤も,彼の落ち着き払った態度には,さして凄みは伴っていない.頬は丸みを帯び,鼻は小さく,今にもグラスをずり落としそうだ.細い体格は規格の合わない軍服に埋まりそうで,背と同じ丈の武器を肩掛けた姿は性質の悪い冗談に見えた.本来はとても兵役につける年ではない.
襟や脇から薫る汗の匂いは,この密室に着く迄にかなりの恐怖と興奮を味わった証だろう.色硝子の奥から油断の無い視線が,外へと繋がる扉を監視している.
軍曹と呼ばれた女は,舌打ちして少年の方ににじり寄る.胸に蟠る怒りの矛先を誰かに向けたくてうずうずしているらしい.引き攣った口元に覗く犬歯は,凶暴な山猫そのものだ.
「ファック!てめぇは隊の仲間が訳の解らねぇ化け物に殺られて,何で三日経った犬の糞みたいな面していられんだ?あ?」
「腹は立ちますよ.でも怒鳴れば部屋の酸素が減る.下手すればあの生き物に気付かれる.ここで死んだら元も子も無い.そうでしょう」
よく通るアルトが,畳み掛けるように反論する.年の離れた姉弟の喧嘩みたいに,人種の違う二つの顔がぶつかり合う.年嵩の方は柳眉を軽く上げ,小馬鹿にしたような表情を作って,それからさっとサングラスを奪い取った.
「レイバンかよ.俺の半分も生きてねぇジャリが…イニシャルまで入ってら,J・J…ママからのプレゼントか?」