1.
夕焼け空に,煙草が沁みた.
「秋だねぇ…」
教室の窓から,外を眺める女が一人.校庭ではネットのたるんだサッカーゴールが,長く黒い影を引く.どこかで死に損ないの蜩が鳴いていた.
「先生,そろそろ帰った方がいいですヨ」
ぼそっとおかしな喋り方で忠告する,生徒が一人.床に座って,広げたボール紙にマジックを走らせている.
「クラスの子が全員帰るまでは,教室に残ってないとさ」
ふっと紫煙を鰯雲目掛けて吹きつけ,教師は室内を振り返った.形ばかり紅を引いた唇が,薄化粧の崩れ具合とやけに合っている.しかし相手は作業に没頭して,一瞥もしない.
「用務員さんに許可取ってますから,別にいいでスヨ」
黄昏の色が,タンクトップから覗く日焼した膚へかかって,眩しい金の装いを施す.女は目を細めて,忙しなく働く撫肩に見入った.
「学級委員さんは真面目だー.山田君は塾とか公文とか行って無いっけ?」
「行ってませんネ」
他人事のように呟いて,学級委員の山田少年は頭を擡げた.淋しそうな担任の表情に気付いて,ぽりぽりと頭を掻く.
「先生,又失恋でスカ?」
「お,正解だー.さすがに長い付き合いだねー.卒業まで後二年仲良くやろーねー」
「その前にクラス変えありますヨ…でも今日はラーメンなら付き合いますガ」
「あははははーいつも悪いね」
やや上擦った感じで笑う彼女を,山田は軽く首を振っていなした.
「幸楽のチャーシューメンにしましょっカネ」
立ち上がると半ズボンの尻を叩いてゴミを払う.”4年3組もみじがりのもちもの”と書かれた白い紙面には,小奇麗な絵柄でリュックサックやタオルが描かれていた.出来栄えを見回す彼の後ろから,ひょいっと先生のポニーテールが頭を出し,うんうんと頷く.
「出来たねー」
「はい.これで来週はばっちりデス」
「相変わらず絵上手だ.図工得意だもんな.」
「ありがとーございマス」
少年は色取り取りのマジックをランドセルに入れ,ひょいと背負うと,手真似で連れを促した.
「行きましょっか,工藤先生」
「うん」
二人は教室を後にする.他には誰もいない廊下を歩きながら,背の大きい方の手が,小さい方の手に触れて,軽く握る.
「どしたんですカ…」
「今日は先生いつもより淋しいのだよ,山田君」