11.
「調子づきおって.雑魚が」
帯を締めた脇腹へめがけて爪先を蹴り入れ,泥の撥ねた禿髪を踏みつける.
「越後屋,居るのだろうが!薬を持って来い」
左近の召喚に応じ,桜の陰から猫目の男が姿を現す.
「お見通しでしたか.しかし見事な手際でございました…」
「無駄口を叩かず血止めをしろ.少しでも遅れれば彼奴は助からん」
有無を言わさぬ調子に,越後屋は小さな瓢箪を取り出すと,急いで栓を開けて中身を血溜まりの中の右近に注ぎかけた.どろりとした液体が傷口を覆い,見る見るうちに血を塞き止める.
「身体にも入れろ.このままでは血が足りん」
命ぜられるがまま,越後屋はどこに隠し持っていたのか,極細の錐で肩口に穴を空け,葦の茎のような細い管で瓢箪の口と繋ぐと,粘薬で周りを固めた.左門は施療の光景に尖った視線を投げ掛けながら,噛んで含めるような調子で瀕死の敵へ話し掛ける.
「良く聞け竹島右近.人は手足を斬り飛ばされると衝撃で死ぬ.もしくは痛みで死ぬ.でなければ血の巡りが狂って死ぬ.次に血が足りなくて死ぬ.舌を噛んで死ぬも良い…どれで死ぬかゆっくり見ていてやる…」
「死ぬのは…貴様だ…」
その時右近の口が戦慄いて,含み針を吹き付けた.剣士は指で摘み取ると,最後の抵抗に対して嘆かわしげに論評した.
「まるでなっていない.だが良く動いた.身体は化物だな.私と同じだ」
もう耳に入っているのかどうか,達磨になった童児の呼吸は浅く,瞳孔は開き始めていた.
「桐生様,血に粘りは持たせましたが…後は蘭方医でもないと…」
「よし,駕籠まで運べ.裏小路の医者なら何とかするだろう」
「仕掛の相手を生かしてどうなさるつもりで…」
「越後屋,言われた通りにしろ.」
猫目の男は僅かに怒気を煌かせたが,すぐ右近の軽い身体を抱え上げて石段を下っていった.見届けた左門は散らばった手足を見回し,けらけらと笑った.
「これを送れば,息子を片輪にされた城中のお偉方も溜飲を下げるであろうよ…目鼻で手足を買えるなら,安い物ではないか」
結局,竹島右近は死んだ.