10
「色狂いの男女と聞いたが,然り然り,腰振り剣法で拙者が斬れるとお思いか」
「如何にも!まずはその悪さをする腕を頂こう」
残月,左門の剣風はあくまで鋭く,尾を引く刀光はさながら無数の月を浮かばせたかのよう.次々迫り来る小さな兇器を払い落とし,かつ着実に敵の退路を断ち,刃圏を閉じる攻防一体の動き.
片や飛鳥の如く舞う童形の暗器使い,片や精妙極まりない歩法で得物を振う魔剣士.戦いは鍔迫りも打ち合いも無く,ただ空振の連続であった.だが両者の一撃一撃には死神が宿り,幼い方は次第に年嵩の方に押され,じりじりと狭い本堂のほうへ追い込まれていく.
「どうした右近殿,息が上がっておるぞ.お主のはたかが独楽遊びではないか」
「貴公…はっ…さらしが…ずれて…なんとも…ははっ」
練達の武芸者同士とて,必ず力の差があり,長引けば均衡は破れる.その瞬間を,白髪の剣客は見逃さなかった.無理に嘲り笑う相手の肩筋めがけ,気合と共に切先を掬い上げる.
がつん,と骨と肉の纏めて断たれる音.緋縮緬の袖に包まれた腕が,くるくると宙を舞う.
「ぎぁあああっ!!!」
「もう一本!」
返す刀を逆の腕へ降ろす.だが,手負いとなった童児は身を捻って脇へ逃れ,無事な方の手で大動脈を抑えながら,足を蹴り上げて下駄を飛ばしてきた.
左門はひらりと躱すと,にたりと笑って己が手になる刀身に舌を這わせた.
「足癖も悪いな.それも頂こう」
「がはぁっ…がっ…図に乗るな…次は貴様が目鼻を失う番だ…」
言葉と共に残った下駄が敵の顔へと飛び,また,易々と避けられる.
だがその刹那,右近は隻腕を振るって別の独楽を飛ばしていた.傷を受けながら,恐るべき軽業である.左門は反射的に太刀の平で弾こうとしたが,先ほどより重い手応えについ指が痺れた.
しかも見よ.永らく殺戮の巷を共にしてきた鋼の牙は,今や真中から二つに折れているのだ.
「…鉛入りの独楽の味はどうだ…貴様の顔に当てられなんだのが無念…」
ぼたぼたと切株から鮮血を滴らせながら,童児は凄絶な笑みを浮かべる.剣士はしばし表情を失ったが,身動ぎするや,小刀を抜様に迅雷の斬撃を放った.
もう一本の腕が宙を舞う.
「次」
悲鳴を上げる暇も与えず,右脚の膝から下を,裾ごと斬り飛ばす.
「ぐぎぃっぎああっ!!」
「やかましい」
再び弧を描く銀光.躄となった少年は四つの傷から血を噴出して雨の石畳を転げ回った.