6.
土間で待っていたのは,大店の手代らしき形をした,猫のように目の細い男だった.場所が,そぐわぬ垢抜けた様子だが,左門の乱れた装いを見ても全く動じないのは,矢張り真当な生業の者では無さそうだ.
「桐生様.お楽しみの所を申し訳ありません」
「ふん,心にも無い事を.仕掛か?」
「はっ…いやその,この越後屋,こうも続けて手前勝手な合力を願いますのも,実に心苦しい次第では在りますが…」
「仕掛だな?誰を斬って欲しい」
「桐生様!」
「ここでは話せぬという訳か.全く相変らず回りくどいな.では屋敷へ戻るついでだ,向うで話を聞こう.駕籠を呼ばせる」
猫目の男は揉手をすると,申し訳なさそうに答える.
「畏れ多うございますが,駕籠はもう此方で用意を…」
左門は鼻を鳴らして,懐手になった.
「やれやれ手回しのいいことよ」
仕方なく,剣士は商人の後へついて,表で待たせてあった駕籠の一つへ入った.駕籠は滑るように動き出すと,滑るように腐りかけた家々を後にしていく.
何も言わぬ内から,少しも迷わず進んでいくのは,予め越後屋が目的地を指示しておいたからに違いない.左門はすることもなくて,暫し退屈そうに外を眺めていたが,やがて着流しの前を開くと,上下に並んだ男根と女陰へ指をそろそろと伸ばして,乱暴に弄り始めた.
「まるで…足りん…もっと,大きな郭にすれば良かったか…」
底無しの蛇淫.縦しんば百人の女を抱える郭でも,受け入れられないだろう.事実町の主だった妓楼は,この白子の出入りを断っていた.幾ら色を売る店でも,建前では芸,粋,華を飾るのが慣わしだ.ただひたすらに性を貪り,挙句妓女を壊してしまうような客は,とても受け入れられない.あの陰気な安郭さえ,もう二度と左門を入れはすまい.
苛立ちながら,独り遊びに耽る異形の剣士を乗せ,駕籠は真昼の市中を駆けて行く.彼等が向うのは,どうやら侍屋敷の並ぶ上町のようであった.木板で仕切られた長屋は,土塀に甍を被せた街路へ変り,辺りからは喧騒が失せていく.
とうとう駕籠が辿りついたのは,森閑たる気配の古邸である.葉の褪せた竹林が春風にざわめき,門からは,真新しい砂利を敷いた小道が屋敷の方まで蛇行している.表札に小さく,桐生,と書かれていなければ,間違いかと疑いたくなる所だ.
二つの駕籠から其々が降り立つと,越後屋は自分の乗ってきた方にだけ待つように命じて,先に立って歩き出した連れの後を追った.