3.
この唐突な,短い,訳の解らぬ果し合いは,一体何だったのか.
どのような意趣があって,れっきとした武士が,数人掛かりで子供を襲い,しかもあれほどあっさりと返り討ちに会ったのか.易々と勝ちを得た竹島右近という少年は何者で,また不様に敗れた有現流とは如何なる流派なのか.
噂が広まるや,町人はこぞって勘繰りに夢中となった.太平の世でも,武芸者同士は野良犬の如く争うのが性.とはいえ深手を負った侍達は,唯の浪人ずれとは違う.いずれも親に城勤めの役付を持つ,良家の若者ばかりらしい.
ああでもないこうでもないと,話に熱が入れば,大抵事情通と名乗るのが出てきて,聞かれもしないのに講釈を始める.曰く,有現流とは近年売出し中の剣道場にして,当世文弱に流れる士分の性を良しとせず,「実戦派」の武芸を志す流派なりとか云々.振れ込みを信じて,硬骨を任ずる青年が足繁く通っていたものの,一月前に道場主の何の某という人が,遊郭で芸妓を上げて酒宴に興じる最中,闇討ちに倒れる醜態を曝した為,看板を降ろす破目に陥った等々.
では他方,竹島右近の方とはというと,さて此方は流石に,訳知り顔の者達も揃って首を傾げるしかなかった.元服前でありながら,大人を手玉に取る稚児など,堅気暮らしの人々には,理解の範疇を越えている.
尤も当節,得体の知れぬ武芸者といえば,読本か歌舞伎の台本ではともかく,極まって裏渡世の人間である.陽の燦々と照る大通りも,一つ入れば暗い裏小路へと続くように.あるいは,葵,錦,橙,菫と彩豊かな提灯を連ねた大籬が軒を連ねる色町にも,饐えた臭気を放つ女衒屋がしがみついているように.あらゆるものには光と影があり,庶民には容易に把握し得ない草々が,世間には幾多転がっている.
有現流という剣道場は,凶運からか,不用意からか,その一端に触れ,禍を蒙ったのだろう.どの国のどの町の片隅にも,必ず昏い淵がある.其処には竹島右近に限らず,ありとあらゆる面妖の輩が潜んでいる.
今日も,連中の屯する横丁の一つでは,正午を回る前から,酔夢に溺れた老人が蹲って船を漕ぎ,賭場で褌一つに剥かれた若衆が,血走った目付きをしてうろつく.昼は商売をする気が無いのか,店々は鎧戸を締め切り,傾いだ樋には,他所より数の多い鴉が止まって,ひもじそうに鳴いている.うらぶれた小路の,ずっと奥まった所に建つ郭では,嬌声が途切れた試しがなく,酸い汗の匂いがべたつく阿片の煙と混じって,障子と衾の間に篭っていた.