2.

「飛道具とは,このつまらぬ手妻かな?それならば,確かに一月前,どこぞの酒席で,有現流を名乗るご老輩にもお見せしたが…」

 蝋細工のような華奢な掌に,鋳物の独楽が乗ってころころと回っていた.一見他愛の無い玩具のようだが,生木を易々と断ち切る威力を目の当りにして,侍達は顔色を変えた.童児は年に似合わぬ含み笑いをして,鉄の団栗を手から手へと移し替える.

「どうされた,急に黙り込まれて.遠慮めさらず,近くへ寄って確かめられよ.これの威力は,一間離れていようと,二間離れていようとさして変らぬ」

「く…よし…皆臆すな,此奴の脅し空かしは多勢に無勢と見ての策ぞ.一斉に掛かれば何程でもないわ!いざ!」

 半ば自棄とも取れる叫びが上がると,刃群は再びざわめき立って,冷たい輝きを放ちながら肉迫した.まず腕に覚えのあるのが二人,呼吸を合わせて左右から緒太刀を浴びせる.

 だが双刃が振袖を掠めるや,応えるように蜂の羽搏きに似た空気の振動と,骨の砕ける嫌な音が続け様に起り,攻手はいずれも,もんどり打って倒れた.片方は土を掻き毟りながら,血の溢れる眼窩を抑え,もう一方は無惨に潰れた足の親指を庇って,声にならない呻きを漏らす.

 刹那の内に,斬り合いすらなく,朋輩が深手を負う.剣士達は技の異様さに肝を冷し,草鞋を縫い付けられでもしたように,立ち竦んだ.花薫に乗って,甘やかな嘲りが運ばれてくる.

「…かかって来られよ.まだ手妻の種は残っておるぞ…来られぬか?ならば此方から参ろう」

 細い指先がしなる度,礫が旋となって次々空を馳せた.幹の裏へ回り込み,木の股をすり抜け,浮き足立った連中の,頭といわず,体といわず,惨たらしい牡丹の花を咲かせる.

 阿鼻叫喚としか表せぬ,あたかも戦場の如き光景が広がる中,女装の少年だけは返り血も浴びず,多少退屈した態で,指の間で鉄の独楽を弄んでいる.

「貴公等の師は,もそっと上手に躱したが…有現流とやらも,先が見えたな」

 欠伸を漏らし,被衣を拾い上げようとして,土の撥ねに気付いて手を引っ込める.弓を引いたような目尻が,初めて不興げに歪んだ.

「ああ,折角の花見所が腥くなった…しばらくは浄福寺の八重桜の様子でも伺いに行くか」

 艶やかな唇が,誰に向けるともなく呟いて,静かに童歌を口遊み始める.禿髪が鬱陶しさを振り払うように揺すれると,雪柳の着物を纏った影は,淋しげな韻律に下駄の調子を合わせ,もがきのたうつ無数の骸を尻目に,ゆったりと春の小径を去っていた.

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