1.

 桜吹雪が舞っていた.

 川端の小径を,薄朱の花びらがびっしりと埋め尽くしている.堤に沿って植わる吉野桜から,四方へ伸びた枝は,色鮮やかな天蓋を成し,風の吹く度,淡い香を巻き上げていた.

 爛漫の花霞の下,草鞋が土を踏み拉く乾いた音が,刀の鞘鳴りに入り混じって聞こえる.木漏れ日も朧に翳さす合間に,どこぞ町道場の門弟と思しき風体の若侍が四五人,息を荒らげ,目を怒らせ,利刃を宙に煌かせていた.ぐるり輪を作った切先が示すのは,雛人形と紛うような小さな童女である.どのような所以在ってか,しかし頑是無い子供に剣を向けるなど,凡そ武家の習いに相応しからぬことであった.

「竹島無刀流,竹島右近とお見受けする!」

 徒党の中でもまだ月代の青いのが,憎々しげにそう怒鳴る.娘は少し驚いた風に,掲げた被布の下で面を上げ,硝子玉のような目で周りを見回した.僅かな動揺を表すように,雪柳の柄を散らした着物の裾が衣擦れを立て,真白な足袋に臙脂の鼻緒が食い込む.だが紅を差した唇はちょっと窄まってから,すぐころころと鈴を鳴らすような笑いを響かせた.

「ははは,左様だが…刀を向けつつ声を掛けるのは,随分と無粋なことよ」

「黙れ!女に化けて逃れるつもりだろうが,我等の目は誤魔化せんぞ…」

 噛付かんばかりの勢いで言い募る相手に向って,また無邪気に弄うような問が放たれる.

「失礼ながら,前にお会いしたかな」

「あくまでしらばくれるか!我等が有現流の高弟の顔,忘れた訳でもあるまい!」

「はて,有現流とな…覚えのあるような」

「なぶるか小僧!我が師をその手に掛けて置きながら,よくも抜け抜けと!」

 堪忍袋の尾が切れたとばかり,一人の侍が大上段に刀を振りかぶった.他の仲間は慌てた身振りでそれを制し,何とか引き戻す.

「迂闊に陣形を崩すな,姿形は幼くとも,彼奴は薄汚い飛道具使いじゃ.先生もそれに騙されたのではないか」

 歯軋りしながらも近付いて来ない刺客達に,童児は軽く溜息を吐くと,するりと被布を落とし,手を真上へ伸ばした.不意に,白魚のような指から黒い影が飛び出し,張り出した枝々の間へと消える.

 何か固いものにぶつかる気配があってから,頭上から花びらが雨のように降り注ぎ,雪柳の着物を覆い隠した.ややあって,大振りの枝が地に落ち,勢い良く撥ねて下駄の元に転がる.小さな背は屈み込むと,樹液の滲む折れ目から何かを抜き取った.

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