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舌打ちしながら,しかし青年は少し満足そうに笑う.化け物の過剰な毒のお陰で,腸液に濡れた小さな化け物の群が足元へ辿り付く前に,三度目の失神を迎えられそうだった.
三度目の起床は病院だった.
飯綱達也巡査は全身に包帯を巻かれて,個室に横になっていた.傍らには顔も知らぬ壮年の男が腰掛け,駕籠から取った林檎を果物ナイフで剥いていた.白いカーテンを光と風が揺らし,そう遠からぬ所で忙しげに働く人々の足音が聞こえる.
「目が覚めたようだね」
「…あ…はい…ここは…」
「警察病院だ.つまり君は助かった」
「う…じゃ」
頭を動かそうとして,激痛に襲われる.傍らの男は気の毒そうに肩を竦めると剥いた林檎を切り始めた.仄かに甘酸っぱい紅玉の匂いが広がる.
「無理に動かさないほうがいい.神経性の毒物のようだ.後遺症が残る」
「後遺症…あの化け物は?」
「死んでいたよ.君の言ってるのが我々の発見した巨大昆虫のことならね」
「あ,はい,それとその子供…」
「そちらも全部殺したと,現場にいた少年が証言した」
彼は瞼を瞬かせた.畜生,それだけで痛い.全身の神経が毒に傷つけられているらしい.
「じゃぁあの子も助かったんですね」
「現在は少年課が保護している.何れ入国管理局の管轄だろうがね」
「あ,あの…」
「私か?私は公安部の田島という.階級は警視だ」
「公安?…あの,もしかしてあの化け物の専門家でありますか?」
「いや.私の専門は外国人犯罪結社の捜査だ.あの化け物を専門にしてる部署があるとは思えんね.X-Fileならまだしも」
「は?」
「もう40年以上前のアメリカのTVドラマだ.忘れてくれ.むしろ此方としては,君が回復したら色々聞かせて貰おうと思ったんだが.あれは何なのかとかね」
沈黙して,やがて耐え難い痛みを呼ぶ笑いを必死で抑えながら,青年は呟いた.
「あれは,強姦魔です.本官は,性的搾取を受けそうになりました…あの子供の身体を調べましたか」
「乱暴されていたようだね.しかし乱暴というより…なんと言うか…」